第55話 VSSスナイプゲーム
お楽しみください
ショッピングモールに拠点を置いてから3日目の朝。
俺たちが割り振られた部屋でミーティングをしていた時だった。
「ここから脱出地点まで1日と掛からないだろう? 何故出発しないんだ?」
唐突に放たれた冬紀の言葉で、場の空気が凍り付いた気がした。
確かにここからなら1日と掛からずに隣市に行ける距離だが、そのためにはたくさんの準備が必要なのだ。
ハンヴィーで脱出するにしてもガソリンが無いし、生存者を救出したからハンヴィーじゃ入りきらないし、銃器のメンテも終わってないし、体調も万全ではないし。
等と言い訳を述べてはいるが、本当の理由は別だ。
忘れてた。
安住の地というものを手に入れたせいか、脱出するという最優先事項が思考から欠落してしまっていた。もちろん理由はそれだけじゃないが、一番はそれだろう。
こんな危険だらけの世界で生きていた俺たちにとって、目の前のことに一生懸命にならなければ、いつ死ぬか分からない。
そんな状況で、脱出などという先のことに意識を向ける暇は皆無だったのだ。
先ず生き残る。そして脱出する。
最近の俺たちに、そう考える余裕は無かったということだ。
「考えなきゃいけないよな~。色々と」
バツが悪そうに頭を掻いて、床に広げられた地図を見てみる。
最悪、1~2食食べなければ荷物が随分軽くなるし、その間に隣市に行けば食料なんて山ほどあるだろう。そう考えたとしても、13人が乗れる車両の確保もしなけりゃ行けないし、ゾンビが集っているショッピングモールを脱出しなけりゃ行けないしで、問題は山積みだな。
とどのつまり、現時点で脱出できる見込みは無い訳だ。
生存者たちを見捨てでもしない限り……な。
もっともそんなことを無駄に正義感が強いこいつらが選択するとは到底思えないので、全員で脱出する術を模索しなければならない。作戦立案及び最終決断を決める俺としては、途轍もない重圧だ。
まぁ、俺が1人で抱え込むことは無いから、今はまだ考える必要は無いだろう。
「ともかく今は、生き延びていくための食料物資の確保と安全確保を優先しましょう。脱出は追々考えていくとしてね」
俺たちの頭脳でもある早織の言葉に反抗する者はおらず、みんなが一様に頷くのを確認して、今日のミーティングは終わりを見せた。
生存者が居た場合に迅速に対処するために、日中は交代制でショッピングモール内の偵察をしている。俺はそれのついでに、浴槽の調達を推し進めていた。
しかし今日のように担当が午後からだと、午前中にやることが無くなる。さすがに偵察でもないのに本館をうろつくと非常事態の際に早急に対処できないし、休むための交代制なのに体を酷使すると有事の際に最大限力を発揮できない。
そういった時は専ら、幸田さんにメンテナンスを教えてもらうか、誰かと話をするか、寝るか。後は大抵、早織との講義か論議である。
今日は前者。早織の講義だった。
講義と言うのは銃器の簡易メンテナンス、扱い方、性能特性、その他と、銃器のことばかりだ。とは言っても、銃器のことだけではないけど。
ちなみに今回は扱い方。早織が得意とする狙撃の講義だ。
場所はさっきと変わって警備室屋上。
展望室から伸びたハシゴを上らないと行けない、安全性の高い場所だ。
みんなは風に当たりたい時やショッピングモール外の偵察の時など、外でしか出来ないことをするために利用するのが多い。俺と早織は狙撃実習のためによく利用する所ではある。
諸装備と弾薬を持ってハシゴを上り終えた俺に、同じような装備を持った早織がいつものように口を開いた。
「まずは肩慣らしのゲームをしましょう。ルールは前回と同様」
早織の言葉を引き継ぐように、俺は前回言われたルールを復唱した。
「制限時間は5分。弾薬は8発。固定目標でも移動目標でも構わないが、ヘッドショットに限る。……だっけ?」
最後に確認を取るのを忘れない。
早織は首を縦に振り肯定の意を示すと――ルールを覚えていたことにか――満足そうな表情をして、屋上の端、転落防止用の手すりに歩いて行った。
手すりに触れられる距離で足を止めた早織と同じように左隣に行き、俺たちは抱えていた諸装備を手に取りやすい位置に置く。
これから俺たちがするのは早織が言ったようにゲームだ。
とは言っても遊戯という意味のゲームではなく、訓練という意味でのゲームだが。楽しんでいるという共通の事柄がある以上、そんなことは些細なことに過ぎない。
ルールは簡単。そして単純明快。
制限時間5分の間に弾薬8発を使って、より多くのゾンビを倒した方が勝ち。
ただし、一射一殺を常とし、ヘッドショットだけでゾンビを倒さなければならない。
その代わり、移動する目標でも移動しない目標でも点数に数える。
特に最後は、狙撃経験2回目の俺に対するハンデという意味もある。
俺もそれに甘えさせて貰っている訳だ。
俺は狙撃位置を確定させてそこに陣取り、持ってきた装備の確認作業に移る。
今回の相棒はVSS狙撃銃。愛称はヴィントレス。
箱型弾倉の10発タイプで、使用弾薬は9×39ミリ SP―5亜音速弾。これは通常のボール弾(被覆鋼弾)タイプの弾薬らしい。全く分からないが。
このVSS狙撃銃は半自動消音狙撃銃という銃声を抑えた、遠距離狙撃ではなく中距離狙撃及び近距離銃撃戦用の突撃銃のような狙撃銃なのだ。最大の特徴はその消音性。大型のサプレッサーが大部分を占める銃身に、VSSと併用して開発された9×39ミリ亜音速弾が凄まじき消音性を可能にしている。
9×39ミリ亜音速弾は、ライフル弾でありながら銃口初速が音速を超えず、衝撃波が発生しないため、ソニックブームによる断続的な音波が生じない弾薬。この弾薬と消音器を組み合わせることによって驚異的な消音効果が発揮され、排莢口の真横に立っていない限り、ボルトが動作して弾薬を排莢する際の金属音しか聞こえなくなるという。
銃声の元となる火薬の破裂音をサプレッサーが軽減し、ソニックブームによる断続的な音波を9×39ミリ亜音速弾が抑える。
ゾンビは音で位置特定をするので、俺たちにとってはとてもありがたい特徴の狙撃銃な訳だ。俺がこの狙撃銃を選択したのも、それが要因の1つではある。
俺は予め8発の弾薬を詰め込んだ弾倉を装着し、機関部右にあるレバーを引いて初弾を装填する。これはセミオート狙撃銃だから、弾倉内の弾薬が切れない限りもうレバーを引かなくて済む訳だ。
横目に早織を見ると、同様にVSSの装填が完了したみたいだった。
俺たち2人は転落防止用の手すりから銃口を下の駐車場に向け、寝そべるようにうつ伏せになる。
それで、準備完了の合図となった。
「3」
ゆっくりとした口調で、静寂が支配していた空間に音が落とされた。
俺はSVD(ドラグノフ狙撃銃)で有名なPSO―1スコープを流用設置した狙撃スコープを覗き、それと同時進行で構えを正す。
「2」
低く小さいながらもよく響く声を聞き流しつつ意味を理解する。
そして覗いたスコープの中心にあるT字の交点の少し上を、立ったまま呆然(?)としているゾンビの頭に合わせた。
「1」
大きく息を吸い、苦しくない程度に少し吐いたところで口を閉じた。
用心金から人差し指を外し、そのまま引き金に指を掛ける。
そして――
「0!」
高まった緊張感が声と共に吐き出された瞬間、引き金に掛けた指に力を込めた。
銃声と言えない無機質な金属音が、ゲームの開始を語っているようにも思えた。
最初に放った9×39ミリ弾は、狙ったゾンビの脳天に見事に命中した。
昨日初めて狙撃した時は地面にめり込ませてばっかりだったが、そう考えるとマシになった方だと言えるだろう。
命中したことの喜びを噛み締める前に、俺は次の目標へ銃口を向けた。
次の目標は移動しているゾンビだった。
そいつはスコープの右下に消えるように歩いている奴だったが、速度が遅い上に狙いやすい方向に向かって行っているおかげで、さして苦労も無く照準を定められ、奴の進行方向少し先の辺りを狙って引き金を引いた。そのゾンビはまるで押されたように倒れると、地面に血の池を作って動きを停止させた。
さらに右へとVSSを移動させ、スコープに捉えた突っ立っているゾンビの脳天にT字を合わせる。勢いそのまま引き金を引こうとした瞬間、そのゾンビは唐突に歩き出してしまった。
「っ!?」
引き金を引く指を止めることは無理だと直感で判断し、VSSを移動させて照準を定めようとしたが間に合わず、放たれた弾丸は無残にも地面に穴を作るだけだった。
スコープ内で狙ったゾンビは、相も変わらず元気(?)に歩いてた。
若干どころじゃなくムカついた俺は、そのゾンビをサクっとヘッドショットして次に移る。
その後2発の弾丸を命中させたが、残りの2発を外してしまった。
俺の点数は5体。外したのは3発のようだ。
「……まぁ、そんなとこだな」
「そう。昨日の今日にしては上出来じゃない」
ゲームの終了後、早織に俺のスコアを報告すると、彼女は満足そうに微笑んでいた。
「ちなみにお前は?」
その表情を眺め続けているのも悪くは無いが、それよりも早織のスコアが気になった俺は、頃合を見計らって問いかけた。
早織は自慢げに(大して無い)胸を張り、鋭く目を細めて口を開く。
「必中必殺」
流暢な英語で、成績優秀者の風格漂う発音だった。
俺は悪態をつくよりも先ず、そのことに純粋に笑っていた。
「……流石だ」
それは悪意ではなく、単純な賞賛。
仲間の成長をただ単に嬉しく思っているからこそ出た言葉だった。
「当然でしょ? 私を誰だと思っているの?」
……言ったことをちょっと後悔したのは言うまでも無い。
その時、下へ降りるハシゴから、アーティが“跳躍”してきた。
少なくとも、俺にはそういう風にしか見えなかったぞ?
しかし、横目に早織を見れば、呆れたような不思議な表情をしていた。
「あの子、本当に何なのよ?」
確か一昨日だかも言われた言葉だ。
その問いに俺は力無く首を横に振り、分からないとだけ告げる。
それよりも、と、俺はアーティに向き直って口を開く。
「どうしたアーティ?」
すると、アーティは真剣な表情で、ゾンビが集っている駐車場を指差した。
その方向に俺と早織は視線を向け、そして硬直する。
そこには、大量のゾンビを薙ぎ払いながらショッピングモールへと進む、2メートル弱の大男……ミュータントが居た。
「バカな!? ゾンビで嗅覚は当てにならないはずだ!!」
「いいえ、よく見てみなさい」
驚愕の表情で叫んだ俺の言葉を遮るように、早織が俺の視界を改めるよう薦める。言われた通りにミュータントの周りを見回してみる。と、ショッピングモールへと逃げてくる複数の生存者が視認出来た。
くそ。生存者がミュータントを誘導しているのか。
俺は早織と一瞬のアイコンタクトを交わすと、同時に階下へ向けて走り出した。
「アーティ! 警備室で生存者の警護を頼む!!」
頷くのを確認するのと同じタイミングで、俺はハシゴを伝って下へ降りた。
腕時計で現在の時刻を確認し、今誰が警備室にいるか思い出しながら、展望室の階段を駆け下りる。監視カメラのモニターを見ていた幸田さんに偵察に出ているメンバーの召集を頼むと、俺は声を張り上げた。
「理奈! 姉貴!!」
程なくして隣室から飛び出してきた2人に事情を説明しながら、俺と早織は装備を整える。後は現場で冬紀、サクラ、円さんと合流して、ミュータントを退ける訳だ。
もし生存者がショッピングモールに入ってしまうと、ミュータントは壁をぶち抜いて追ってくるだろう。そうなれば大量のゾンビが館内に侵入することになってしまう。それだけは何としても避けなければならない。
「事態は一刻を争う。今度こそミュータントから仲間を守るぞ!」
「おう!」
「うん!」
「ええ!」
この時を境に、緩やかだった波紋は次第に大きさを増して、俺たちに襲い掛かってくる。しかしこの時の俺たちは、そのことを知る由も無かった。
いかがでしたでしょうか?
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