第53話 べ、別に俺はロリコンじゃないからねっ!
お楽しみください
何となく思い出した。
あの後は角刈りゴリラの辞職と同時期に姉貴が赴任してきたんだよな。
冬紀と出会ったのも生徒総会すぐ後だし。
懐かしいなぁ。東西南北と角刈りゴリラは今頃、ゾンビになってるだろうけど。
……ていうか理奈との出会いってあんなんだっけ?
ベントーの存在感ありすぎてすっかり忘れてた。
確かに出会うよりも前に出会っているっぽいこと言ってるな。
また忘れてた。
ああ~、また忘れたなんて言ったら今度こそ怒鳴られるんじゃねぇか?
何て事を考えながら、俺はゆっくりと体を起こした。
いつものように寝間着から制服に着替える時間の短縮のため、制服のまま寝たのだが、当然のように至る所シワだらけで、更に洗えなかった制服は連日連夜の酷使のせいでボロボロの上汚れていた。
風呂も入ってないから髪もベトベトで、少し気持ち悪い。
頭を掻きながら風呂入りてぇなぁ。何て事を思う。
ふと、寝息が聞こえた気がして辺りに視線を向けると、みんなが無防備に寝顔を見せていた。
右手につけた腕時計で時刻を確認する。5時29分だった。
この時間の見張りは姉貴だったか? と思って、起こさないように布団から抜け出し、俺たちが借り受けた部屋の出口まで歩く。
扉を潜る前に、視線を理奈に向けた。
無防備に、尚且つ寝相良く寝るあいつに、どこか直視し続けると冷静な思考が保てない気がして、頭を振って扉を潜った。
「あっ、おはよう。よく眠れたかな?」
扉を閉めるのと同時に、監視カメラのモニターの前でコーヒーを飲んでいた幸田さんに声をかけられた。
安全性のために俺たちが1つの部屋を借りてる中、別部屋でノンキに寝てやがったんだろうなぁ。何て事を思ってしまった自分に苦笑しつつ、彼の問いかけに律儀に答えるために口を開いた。
「程々に。……ですけどね」
わざとらしく肩を竦め、自前のインスタントコーヒーを作って眠気覚ましに飲む。完全にブラックではないが、少し濃いめのコーヒーを飲んでいく内に、冬眠していた思考力が蘇ってきた。
「ああそうそう。君のAF VW03だけどね、見た限りじゃあ直すのは一苦労だよ」
AF VW03……ああ、Xー7か。
そういえば前日、見てくれと頼んだ記憶がある。
Xー7はどちらにしろ使うには危うい武器だったし、直してくれるなら直してくれるで頼むつもりだった。直らない限りよっぽどの事でもないと使わないし、それなら幸田さんに任せても問題ないかなと思った訳だ。
「それだと俺には荷が重すぎますね。お願いしても良いですか?」
「ああ、構わないよ」
彼はイヤな顔1つせず、快く引き受けてくれた。
俺は俺で、コーヒーを一口口に含むと2階への階段を上っていく。
2階と言っても警備室の真上に作られたものではなく、展望室とでも呼べる休憩スペースだった。ここは建物の構造上、警備室の真上に作ってしまうと、ショッピングモールの4階売場と重なってしまうのだ。故に少しズラして作ることにより、スペースの無駄なく広さを確保できるというわけである。
さらに言うと、展望室からハシゴを登っていけば、屋上に出ることができる。
そこは本館の5階のイベントスペースではなく、別の屋上だ。
そこに行く方法は、展望室に備えられたハシゴしかない。
「姉貴」
「あっ、良ちゃん。おはよ~」
「はい、おはようさん」
展望室には姉貴が寝てないか見に来るつもりだったのだが、どうやらいらぬ世話だったようだ。姉貴にはちゃんと年長という自覚が芽生えたみたいで何より何より。
俺がイスに座った姉貴に近づくと、突然、顔をしかめた。
理由は分かっているのだが、実際にやられると凹むな。
「俺ってそんなに臭うか?」
誰にも聞いたことはなかったのだが、改めて聞いてみた。
すると、姉貴は全力で首を縦に振り、これでもかという位に肯定をした。
やっぱ臭うのか。そりゃあ風呂入ってないし、ゾンビという腐臭の塊と戦っているし、下水道行ったからしょうがないけどな。
残ったコーヒーを一気に飲み、コーヒーカップをデスクに置くと、肺の空気を全部出す勢いの大きなため息を吐いた。
「何とかしないとなぁ」
昨日話を聞いた限りじゃ、俺以外だとアーティ位しか風呂入ってないみたいだ。
何でも俺と別れた後にサクラの家行って、風呂を堪能してきたらしい。
俺は風呂入らなくても気にしないし、アーティも同様だろうが、他の女性陣が問題だ。いつ、何を言い出すか分かんねぇ。早急に対処しなきゃな。
「つーわけで、どうにかしてくるわ!!」
「え? 良ちゃん!? 良ちゃ~ん!!」
唐突に階下に降りてった俺に手を伸ばすように、姉貴が訳も分からず叫んでいた。
MP5Kを持って警備室を飛び出したのは良いが、どうするかな。
幸田さんが言うには警備室にも温水が出る様にはなっているけど、肝心の浴槽が無いということだった。それなら持ってくるか。と意気込んで出てきたが、俺1人で持ってこれないだろう。
そう今更気づいたが、完全に手遅れだった。
「小さい奴だったらいけるか?」
もはや意地でも持って帰ってやる。なんて思ってしまったのが間違いだった。
しょうがないから浴槽コーナーでも見てくるか。と、一路4階へ目指す。
その途中、前日に幸田さんから貰ったケータイが独りでに震えだした。
これは連絡用に借り受けたケータイで、四六時中モニターを見ている幸田さんが何かを発見したり、問題が発生した時に連絡がくるようになっている。
「どうしました?」
ポケットから取り出し、通話ボタンを押して耳に当てた。
てっきり幸田さんが出ると思っていたら、通話口から聞こえたのは意外にも姉貴の声だった。
『良ちゃん! 大変! 女の子が!!』
ただならない姉貴の声に、誰かがヤバい状況なのが直ぐに分かった。
「分かった! どこだ?」
『4階の工具売場!』
場所を聞くなり、俺は一目散に駆け出す。
4階なら向かっている途中だったから、直ぐに着くはずだ。
俺の予想通りに、程なくして目的の場所に着いた。
「誰かいるのか?」
手っとり早く叫んでみる。
すると、泣き声みたいなのが売場に響いてきた。
それはとてもうるさく、一瞬耳がイカレるかと思ったほどだ。
泣き声の発生源らしき場所へ走っていくと、そこにいたのは1人の少女と、
「だいじょ……うぶ……か?」
2人のむさ苦しい男だった。
少女の方は幼稚園位の年齢だろうか?
むさ苦しい男たちは、双方とも20~30位だろう。
そこで何が行われていたかというと、泣きわめく少女をむさ苦しい男たちが宥めている(?)構図のはずだ。
ただ何分、男たちがむさ苦しい上に体躯がデカく、気持ち悪い表情をしているので、少女のことをより悪化させているようにしか見えない。
なるほど、確かに「大変」だ。
そして俺の見立てだと、あの男たちはロリコンだろう。
これは…………放っておいても良いかな。
『ダメだよ!!』
未だ切っていなかったケータイの通話口から、姉貴のツッコミが聞こえた。
モノローグって近くにいなくても読めるんだな。初めて知った。
とりあえず姉貴にもツッコまれてしまったので、むさ苦しい男たちを説得し、少女の救出に成功した。ただ、
「べ、べつにたすけてほしかったわけじゃないんだからねっ!」
助けた少女にツンデレられた。
いかがでしたでしょうか?
ツンデレっていないんですよね。
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