第52話 事実を消すたった1つの魔法(ほうほう)
過去編終了です。
お楽しみください。
数日後。林名高校校長室。
その部屋で行われていたのは、世にも恐ろしい闇取引……ではなく。
「つーわけで、俺のやることに関して黙認してくれれば、あの牧田教諭をどうにかしてやるよ」
単なる合法的な取引であった。
俺は窓から外を見続けている校長に、ある取引を持ちかけていた。
「そんなことは……」
「出来るだろう? アンタらがやってきたことだろうが」
渋る校長を説得するというか、言い含めるように語り掛ける。
やってきたこと。の辺りを聞いた途端、校長は悪いことをしている自覚はあるのか、押し黙った。
「アンタらは黙認すればいい。後は全て俺がやる」
どうやら教師陣も角刈りゴリラの行き過ぎた行動には頭を悩ませているようなので、自分の手を汚さずに、問題を解決してくれるという俺の言葉には魅力的に見えるようだ。
故に、一生徒の言葉に対し、駄目だとも断言できず、言い渋っているようにも窺える。
「………………良いだろう。好きにしたまえ」
しかしそれも一時の迷い。
ここで駄目だと言うより、角刈りゴリラをどうにかした方がメリットが大きい事を思ったのか、たっぷり時間をかけながらも、最終的には首を縦に振った。
それを聞いて、俺は少し畏まった佇まいでそれを受け取った。
「まぁ、ハッピーエンドに向かいますか」
いつも通りだ。と、小さく呟く。
俺がよくやる美少女恋愛ゲーム……俗に言うギャルゲーと一緒だ。なんて思いながら、俺は校長室を退室した。
数日後。生徒総会。
毎年この時期、体育館で行われる(らしい)生徒総会には、全校生徒に教師陣、校長も出席する、いわば絶好の裁判日和なわけだ。
こんな日に行動できるのが、嬉しく思う!
『……以上を持って、生徒総会を終了する』
壇上で進行をする角刈りゴリラの言葉を皮切りに、俺は列から抜け出して壇上の近くまで行く。
「ああ? なんだ前原。貴様いたのか」
生徒だからそりゃいるだろうに。というツッコミは胸の奥に厳重に保管し、何も言わずに壇上へ上る。
生徒共や教師陣のざわめきが聞こえる中、俺は角刈りゴリラと相対した。
「壇上に上るんじゃない!! 不良が何のつもりだ!!」
だから不良じゃないって。
言わずに、俺は突然、ニッコリ笑って角刈りゴリラを見た。
奴はスゲェ不快な顔をしていたが、必死に堪えて声を出した。
「牧田せ~んせい!」
「なんだその気色悪い口調は! 大体、何故貴様がだんじょ……ぶぇっ!!?」
奴が全てを言い切る前に、俺は角刈りゴリラの顔面を右ストレートでブン殴った。
奴の懐からビデオカメラみたいな物が転げ落ちる。
広大な体育館にいる全員が、その突然の事態に驚愕しているのが窺えた。
そんな中、角刈りゴリラは起き上がると、俺を睨んでギャアギャア怒鳴り散らした。
「貴様!! 教師を殴ってただで済むと思っているのか!!」
あ~うるせぇ。喚くしか脳がないのかこのゴリラは。
俺は奴の懐から落ちたビデオカメラを拾い上げると、角刈りゴリラに見せつけながら話し始めた。
「あれぇ? 何か落ちたぞ? これはハンディカムってやつか?」
「おい! 勝手に触るんじゃない!!」
必死になって止めようとする角刈りゴリラを制止させるように、壇上に上がってきた理奈が俺と奴の間に割って入る。その間に俺は電源を入れ、ハンディカム内に録画されている動画を最初から順に再生していった。もちろん、音量は最大だ。
『……ねぇ、ミキさぁ。好きな人いるの?』
『えー、私はぁ……』
最初に流れたのは女子生徒2人の姿。奥の方にはロッカーが並んでいる。
注目すべきは女子生徒の服装。……間違いなく着替え途中だった。
つまりは、録画場所は女子更衣室。手ブレが皆無なことから、どこかに隠していたんだろう。盗撮だな。
整列している生徒の中から、「えっ? あれって更衣室の会話じゃ……」「私たちの声だ……」という呟きがあったことからも、間違いはないだろう。
さすがに見続けるわけにもいかないので、さっさと次へ進ませる。
『……おらぁ!! なに口答えしてんだよ!!』
『ごめんなさいごめんなさい……』
次は男子生徒が暴行を受けている映像だった。
最初の声が角刈りゴリラだろう。次に流れたのは男子生徒の悲痛な謝罪か。
視線だけを角刈りゴリラに向けると、酷く青ざめた顔をしていた。
そろそろいいかな。
俺は再生を停止し、ハンディカムの電源を切った。
そして、強い眼光で角刈りゴリラを睨む。
奴は一瞬怯んだものの、すぐに強く睨み返してきた。
「前原!! こんなことしてただで……」
「それはこっちのセリフだ。こんなことしといてただで済むとでも?」
そんなデジャブを感じさせるような言葉を遮り、未だ心が折れない角刈りゴリラを追い詰めていく。
「これはアンタの解任決議の証拠品として校長先生に提出する」
それだけ言えばもう、絶望的な表情をしていたが、心だけはまだ折れず、打開策を模索しているようにも見えた。
「貴様になんの権限があって……」
「なにを勘違いしているんだ?」
「あっ?」
奴は俺を査問官とでも思っているのだろうか?
俺はただの高校生。林名高等学校の一生徒だ。そんなものではない。
つまりは、
「俺はただ単に拾い物をして、持ち主を特定するために再生したら大変な物が映っていたから、それを校長先生に渡した。というだけの話だ」
何も問題はあるまい。
しかしそれを言っても諦めない角刈りゴリラは、少ない脳みそをフルに活用して何とかしようとしていた。そして、1つ思い付いたようだ。
「貴様は拾ったと言ったが、俺を殴って奪い取っただけだ。これは十分な窃盗だぞ!」
まぁ、確かにその通りだ。窃盗と言われても反論は出来ない。
ていうか角刈りゴリラ。それじゃあ、俺も何かしらの罰を受けるが、お前の罪は晴れないぞ。結局のところ道連れが精一杯だ。
だが、そんなことどうでも良いのか、これでどうだみたいな目で俺を見ている。
さて、どうしようかな……と。
視線を横にズラすと、理奈が心配そうな表情でいた。
はぁ、打開する方法をちゃんと考えてはいるが、これは完全に全校生徒と教師陣任せだぞ? まぁ、どちらにしろやらなければ俺が終わるだけなんだが。
渋々、と言った苦い表情で、俺は壇上の上のマイクに向かって言った。
『はぁ、このままじゃ牧田先生を解任できない。とは言っても、俺が殴った証拠が牧田先生の証言だけじゃ立証も出来ない。これは証言を集めるしか無いみたいだな』
ここで俺は賭けに出た。
もし、誰も俺が角刈りゴリラを殴っていると証言しないのなら俺の勝ち。
逆に、誰か1人でも殴ったと証言すれば俺の負けだ。
負けた場合は角刈りゴリラは解任、俺も同様に何らかの処分を受けるだろう。
しかし勝った場合、角刈りゴリラ1人の処分で済む。
さっき解任できないと言ったのは嘘だ。
本当はここまで林名高校中に知れ渡ってしまったのだから、校長も重い腰を上げざるおえない。俺が勝っても負けても、角刈りゴリラは解任される。
だがこう言っておくことで、角刈りゴリラに苦痛を味わわされてきた奴らは、角刈りゴリラの解任のために俺に味方してくれる可能性がある。
しかしそれと同様に、俺にも良い噂は無い。
これの意味するところは、俺の破滅も望んでいる奴がいるということだ。
一か八かの大勝負。チャンスは一度きり。
『俺が牧田先生を殴ったところを見た奴はいるか?』
一瞬の静寂。
生徒と教師は俺の言った意味を考え、結論を出した。
理奈と一緒に体育館中、視線を巡らす。
全員が全員、俺たちを見ていた。
そして、手を高く挙げている奴を探す。
1年生は…………いない。
2年生は…………いない。
3年生は…………いない。
最後に教師陣は………………いなかった。
俺は満面の笑みで、角刈りゴリラに向き直った。
「この体育館中の誰も見てないそうだ。つまり、俺が先生を殴った証拠は……ない」
言葉に出すと、より実感が湧いた。
悪い噂しか流れていなかったはずの俺に、みんなが味方してくれたのだ。
全員が共通の利害を抱えたことによって、事実が1つ、呑まれて消えた。
角刈りゴリラは今度こそ本当に終わった表情で、うなだれていた。
これで全部終わり…………にはならない。
まだやるべき事がある。
「牧田秀雄。まだ1つだけチャンスがある」
うなだれていた角刈りゴリラは、その言葉に顔を上げた。
この場にいる全員が、何事かと息を呑む様子が分かる。
「アンタが金輪際悪事を働かないと言うのであれば、然るべき手続きの下、辞職という形でやめることが出来る。この場合、アンタの名前に傷が付くことはないし、犯罪者として逮捕されることもない」
これは取引。
解任という一方的な形での終着だと、林名高校の教師が盗撮諸々の罪で逮捕され、林名高校の悪評が増えてしまう。それだとハッピーエンドではない。
しかし今回の騒動を黙認し、角刈りゴリラが自分で辞職するのであれば、角刈りゴリラの悪評も増えることはないし、逮捕されずに済む。尚且つ、逮捕者を出さずに、林名高校の悪評の原因である教師が辞めたとなれば、この高校の株も上がり、数年掛ければ以前のランクまで上げることも不可能ではない。
「しかし解任だと、アンタは犯罪者として世間を賑わすことが出来るぞ。もちろんその様子は、アンタが知ることの出来ない鉄格子の奥だがな」
これは裏を返せば、逮捕される代わりに林名高校の悪評を増やす……つまり、復讐のチャンスを与えていることにも等しいのだが、
「………………金輪際、悪事は働きません」
こんな脳みそまで筋肉で出来ているような奴にそんなこと考える頭があると思えないし、今は絶望の中に沈んでいるからまともな思考が出来るとも思えないけどな。
「OK。後は校長先生や教師陣に任せるよ」
そこまで言ったところで、生徒共から嬉嬉とした声が巻き起こった。
全校生徒が角刈りゴリラにどれほど苦しめられていたのか、この様子を見る限り想像に難しくない。
「良!」
巻き起こる声に耳が慣れ始めた頃、壇上の理奈が俺の下へ駆け寄ってきた。
呼び名が変わっていることは、勝利の褒美として受け取っておこう。
「やったな!」
出会ってからしばらく経つが、その中で一番の笑顔を見た気がして、俺も自然と笑みがこぼれる。自然に笑ったのなんて、どの位ぶりだろうか。
すると、理奈が拳を突き出してきた。
俺は少し迷ったものの、最終的には拳同士を合わせて笑った。
事後報告としては、角刈りゴリラの辞職は今すぐとは行かないので、まだ少しの間、教師を続けてもらうこととなった。
悪事の方は問題ないだろう。
俺が目を光らせている限り、奴は敗北を思いだして何もしないだろうから。
それからもう1つ、変わったことがある。
それは……、
「おはよう! 前原!!」
「おはよう! 前原君!!」
「ああ、おはよう」
みんなが俺を怖がらなくなったことだ。
以前の悪評は嘘のように消え、全校生徒からは親しまれるようになった。
まだ若干の凝りがある奴もいるが、概ね良好だと言えるだろう。
これも、生徒総会の事と、それから…………理奈のおかげだ。
そりゃあ、いくら利害が一致したとはいえ、全員が全員俺に賛同するわけ無いだろう。どうやら理奈が手回ししていたみたいだ。俺の知らない内にイメージアップの作戦活動をしていたとか。
まったく、余計なことを…………いや、今回は素直に助かったしな。
感謝しておこう。
なんだか、理奈が来てから生活が様変わりしたな。
以前の方が良かったとは言わない。
やっぱ人間、1人でいるよかみんなでいた方が楽しいしな。
「なぁ、良」
「ん~?」
廊下を歩いている時、隣にいた理奈が俺の顔をのぞき込みながら問いかけた。
「いくら角刈りゴリラをどうにかするためとは言え、あれはやりすぎじゃなかったか?」
確かに一理ある。が、角刈りゴリラを退治するだけじゃ、意味がない。
それだと「角刈りゴリラが辞めたのか。へぇ~」で終わってしまう。
しかしあのような場所で、あのような手段で勝利すると、「自分も角刈りゴリラとの勝利の要因だ」と言う風に自覚が生まれる(明確にそれである必要はない。ただそれに似たような自覚が生まれることに意義がある)。
そしてその自覚が、また角刈りゴリラのような人間が現れた時に、何事にも屈しない精神力となってその人物の糧となるわけだ。
「それに」
「……?」
そこまで語り終えたところで、一度区切るように一呼吸する。
理奈に向き直って、自然と笑った。
「自由がなくなるって、“そんなの悲しいだろうが”。それならそれを奪った奴には相応のことをしなきゃな」
そう言うと、理奈は数秒ほどポカンとして、満面の笑みで頷いた。
「そうだな!」
いかがでしたでしょうか?
無理矢理過ぎでしたかね?
次回からは現代に(1年後だけど)戻ります。
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