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第51話 俺がお前と出会う時

良祐過去編 理奈との出会い。

第2部です。


お楽しみください

 突如視界に現れた赤髪(完全な赤ではないが便宜上そう呼称する)の美少女は、ニカっという擬音が聞こえそうなほど大きく笑うと、親しみを込めた口調で話し出した。


「アタシは緋達理奈(ひだちりな)。理奈って呼んでくれ。お前、前原良祐だろ?」


 自分のことを緋達理奈といった少女は、俺のことを知った様子で問いかけてきた。

 まぁ、全校生徒の注目の的(悪い意味で)であるから、俺のことを知っていても何ら不思議はないのだが、だからといって噂を聞いてまで俺の所に来ようなどと、教師や生徒に見つかれば自らの品位や尊厳を落としかねない暴挙である。

 もしかしたらこの学校の恐怖の対象である角刈りゴリラと俺にアタックし、勇気ある若者を演じたい脇役馬鹿なのかと思ったが、緋達の瞳には一寸の邪な気持ちは感じ取れなかった。


 ただあるのは、無邪気な……それでいて俺には一切理解できない謎の感情だった。


 それ故か、訳も分からず圧倒される俺は、悪態をつく暇もなく首肯する。

 すると、奴はとんでもないことをしでかした。


「久しぶりだなぁ~! 命の恩人兼永遠のパートナー!!」


 と言って、俺の首根っこに腕を回して抱きついてきた。


「…………………………はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!??」


 数秒の逡巡の末、俺だけでなく教室内にいた女子集団&男子生徒と入り口に屯っていた生徒共は、みんなが一様に絶叫していた。その頭には、3つも4つも疑問符を浮かべている。

 緋達の行動と言葉を向けられた俺は、問題の渦中にいる……というか問題を起こしている緋達に、怒鳴るように早口で聞き出した。


「命の恩人兼永遠のパートナーってなんだ!? 

いやまて命の恩人は良いとしよう。俺も記憶が全然ないから昔何かで助けたのかもしれない。それによって久しぶりの問題も一応の解決はした。……だがな!

永遠のパートナーってなんだ!!? 俺はそんなフラグを立てた覚えもないし立てられた覚えもないぞ!! そんな大事を俺が覚えてないはず無いだろう!! つまり一体どう言うことだ!!」

「うるさいよ! 耳元で怒鳴るな!!」


 緋達は俺に抱きついていたわけで、当然、今までの会話は耳元で怒鳴られているに等しい。だが、そんなことなどどうでもいいぐらいに、目の前に差し迫った問題が俺を駆り立てる。


「わ、わりぃ。でも、どういうことだ?」


 謝ってないように感じるほどあっさり謝罪し、それよりも事実の解明のために息を吐ききらないまま言葉を発する。

 当の緋達(もんだい)は俺の言葉を聞いた瞬間、目を見開くように驚愕の表情を見せた。


「え…………と、お、覚えてないのか?」

「覚えてない? なんのことだ?」


 奴はその表情のまま俺の首から腕を離し、おぼつかない足取りで後ろへ後退した。

 なにやら言ってはいけないような気がしたが、もう一度確認のため言った。


「ていうかお前、昔会ったっけ?」


 すると緋達は表情を驚愕から悲しみに変え、鋭いながらも大きな瞳を潤ませ始める。もうはや俺の株価が急落している気がしないでもない。

 そして耐えきれなくなった緋達は、肩まで伸びた赤髪を振り乱し、一路、教室の外へと駆けだした。


「ちょ……質問……! …………はぁ」


 駆けだす緋達の背中に手を伸ばす姿勢のまま、俺は訳も分からず硬直していた。

 教室内外からもの凄く睨まれたが、俺が睨み返すと全員視線を外した。


 その後、いくら待っても緋達が現れる気配がなく、しょうがないのでその日は素直に帰宅した。問題を先送りにするのは俺の性質上、あまり好ましくはないのだが、俺の言動で傷を付けてしまった以上、俺の言動で傷を抉ることは出来ればしたくなかった。





 ……のだが、


「前原良祐はいるかー!」


 翌日、教室でいつものように体よくダラケていた時、突然、教室の扉が開いて奴が姿を現した。その口調は試○召喚戦争で宣戦布告しにきた哀れな使者のような感じで、しかしながらクラス単位の宣戦布告ではなく、俺個人に対しての宣戦布告のようにも思えた。


「………………はぁ」


 これは先日の印象を覆されたな、と、自分の観察眼も半人前であることを実感させられた。容姿が絶世というほどではなくてもそこらへんのB級アイドルよりかは確実に良好なので、緋達もそういうタイプみたいに猫を被る奴かと思っていたが、どうやら違っていたようだ。

 奴は何も被らず、全て……表情も行動も言動も全て、ありのままで接する元気娘タイプだったようだ。容姿と中身のギャップがここまでスゴい奴はそうそういないだろう。


「……どーーーーん!!」

「がっ!!?」


 などと、緋達の宣戦布告を全く持って無視し、自分の中で思考の網を辿っていた俺に、奴は突然ラリアットで攻撃してきた。突然ラリアットしてきたことに驚くのは普通だが、俺はそれよりもラリアットの破壊力に驚愕した。

 殴られ慣れ、強靱な耐久力を持っているはずの俺が、意識を持って行かれそうになったのだ。数人相手に一方的に殴られ続けても、意識を失うことはないはずの俺が。これは間違いなく、プロの技だ。


「……って! 何すんだよ!!」


 思考を巡らせても事態は解決せず。俺は考えるのを止め、問題児に向き直った。

 道徳心を説くつもりはないが、せめて暴力は止めていただきたい。なんてことを言った瞬間、強烈な右エルボーが俺の頭髪を掠めた。


「今のは忘れていた分だ」


 昨日のことだろうな。と、直ぐに分かった。

 緋達が過去のことにスゴく執着する奴だと言うことは分かった。俺は忘れている側なので、何も言えないし、何かを言う権利もない。だから俺は何も言わず、緋達の言葉を待つ。


「だから忘れていたのは許す。……忘れているのなら思い出させりゃ良い話だしな」


 後半はイヤな予感しかしないような言葉ではあったが、ひとまず許してはくれたようだ。まぁ、俺には全く心当たりがないので自分事のようには感じられないが。

 ともかく俺は「そうか」と言って、自分の机に顔を伏せる。

 現在昼休みではあるが、さっきパンを2個食ったから今はとても眠いんだ。

 しかし緋達は無言で、それが余計に悪いことの前触れのように思えて仕方がなかった。

 もっとも、それは直ぐに降り懸かってくるんだが。


「寝るなよ~」


 とか言いつつ、奴は伏せた俺の後頭部を平手でバシバシ叩いてくる。

 無視してずっと寝続け、数秒が経った。


 バシバシ、バシバシ、バシバシ、バシバシ、バシ……


「やめろ馬鹿!! 気になって寝られねぇだろうが!!」


 怒鳴る俺を無視し、奴は左手に持った正方形の包みを俺に差し出す。

 薄紫の布で包まれたそれは、俺の予想が正しければアレだ。


「さあ、食え!」


 満面の笑みで、緋達は包みを押しつけた。

 間違いない。食え、ということは、アレは弁当箱だ。とどのつまり、手作りベントーということになる。


「やべぇ! 持病の冷え性が!! じゃ、俺帰るわ!!」

「待てぇい」


 馬鹿な! 俺の完璧な逃走術が見破られただと!!

 テキトーな言い訳で逃走しようとしたのだが、全く騙せずに拘束されてしまった。

 俺の持論では、キャラ濃い奴が作るベントーは大抵濃い(いろんな意味で)。

 俺は人生諦めているような表情をしているかもしれないが、人生捨てたくはないのだ!


「食え!」


 しかし拳を降り上げながら強く言われてしまえば、もう為す術がない。

 なんで俺に? という疑問は尽きないが、これを言ってしまえば昨日とさっきの二の舞は避けられない気がする。いらないと言えば、林名高校殺人事件というサブタイトルで、見た目は子供、頭脳は大人な探偵さん物語に登場してしまう気がする。

 つまりは、逃げ場が無いわけだ。真っ向勝負するしかないだろう。


 俺は緋達からベントーを受け取ると、爆弾を扱うように丁重に机の上へ置いた。

 キャラと同じでベントーも濃いんだろうなぁ……などと、ほとんど決めて掛かっていた俺は、包みを解き、蓋を開けて硬直する。

 そこには絶妙な炊き加減の白米に、黄金色の厚焼き卵、薄茶色の唐揚げ、俗に言うタコさんウィンナー、見栄えは問題ないポテトサラダ、などなどなど……。

 三ツ星シェフが作るとこんなんだろうなぁ……と思わせるほどの彩色豊かな惣菜の数々。細やかな配慮が行き届いたバランスの良いメニュー。

 無意識の内に口の端から落ち掛けた雫を拭き、緩み掛けた気を引き締め直す。


 見た目に騙されるな! 緋達だって容姿と内面にギャップがあっただろうが!

 そう、一番の危惧はそれだ。

 大抵、キャラが濃い奴の料理は、一般的に3つの種類に分類される。


 見た目が悪くて味も悪い奴。

 見た目が悪くて味が良い奴。

 そして……見た目が良くて味が悪い奴だ。


 俺が危惧しているのは最後、見た目良くて味が悪いということだ。

 もしそんなことになれば、失神は免れない。最悪、「見せられないよ!」っていうテロップが出る可能性だってある。

 故に、俺はグルメではないけどせめて食べられる物を出してくれよ! と、経の代わりに心の中で108回ほど唱え続けるのも仕方がないことだろう。


「早く食えっ!」


 もはや、一刻の猶予もない。覚悟を決めなければ。

 急かす緋達の声を後押しに、箸を持ち、「いただきます……」と言って、ベントーに箸を下ろしていった。


「さぁさ、感想をはやく」


 意見を急かせ過ぎな緋達はともかく、先ずは無難に厚焼き卵だろう。

 変な隠し味さえ入れてなければ、味が無いだけで済む可能性がある。

 一縷の望みに賭け、厚焼き卵を持ち上げると、俺はそれを口に運ぶ。


「がぁはっ!!?」

「どどど、どうした!?」


 何故か(?)狼狽する緋達を後目に、俺は驚愕の表情で凍り付いた。

 なんだ、この美味さはぁ!!

 固過ぎもなく柔らか過ぎもなく、それでいて絶妙な柔らかさを保ちつつ、程良い食感が食べる物に不快感を出させない精巧な作り。

 何よりも味が1つのはずなのに洗練されていて、噛めば噛むほど旨味が溢れだしてくる。時には顔を変え、性格をも変えてしまうが、本来ある旨味を全くブレさせない。

 全てがマッチした、正に至高の厚焼き卵。

 これが本物の王道の中の王道。ベントーの定番の1つ、厚焼き卵か!


「う、美味い」

「本当か!?」

「あ、ああ……」


 産まれてこの方初めて食べた未知の領域に、精神力がゴッソリ持って行かれた。

 しかし、それを良いとさえ思わせる心地良い幸福感が、俺をベントーへと駆り立てる。


「これ、全部食って良いか?」


 不躾かと思ったが、俺は目の前の未知に興味を引いた。

 濃いキャラの緋達が作るベントーだから濃いんだろうなと思っていたが、この濃さだったら俺は大歓迎だ。

 緋達はそれが当然であるかのように首を縦に振った。

 それを皮切りに、俺は停止していた食事をすぐさま再開し、一心不乱にベントーを堪能していた。





 それから1ヶ月が過ぎた。

 俺は緋達と良好な関係を築けている思う。

 事実、学校内で友人と呼べる者は緋達以外にいない。

 そのことからも、良好だと言えるだろう。


 昼食は専らパンで済ませる俺だが(円さんが作ろうとするのだが、俺が拒否する)、あれからは緋達の提案で作ってきて貰っていた。

 俺も緋達のベントーを食うのに吝かではないので、提案は素直に嬉しかった。

 一時、何故ベントーを作ってくれるのか? と問いかけた時、奴は笑って誤魔化していたが、やぶ蛇になりたくないので俺も追求はしなかった。

 緋達には、何か並々ならぬ事情があるんだろう。と、勝手に他人事のように理解してしまう。


 学校内では、もうはや緋達の噂で持ちきりだった。

「少女が不良と仲良いらしい」とか

「脅迫されて仕方なく従っている」とか

「美少女とラブラブイベントして楽しいか! リア充爆発しろ!!」とか。

 俺の擁護をしてくれる者など当然おらず、生徒共は緋達ばかりをプラスに見る。

 それに引き替え、俺に対しての評価はマイナスばかりが多分に含まれていた。

 ……最後は多分どころか悪意しか感じなかったが。しかも私念だから余計に質が悪い。


 ともかく、緋達の評価が下がらなかったのは唯一の救いではあったが、このまま放置していればいずれ何かが起こりかねない。

 緋達の評価が下がるか、俺の評価がもっと下がるか。

 前者ならば緋達が俺と同等の扱いを受け、後者ならば全校生徒から俺は恨まれることになるだろう。


 どちらにしても、平穏無事、とは行きそうにない。

 そろそろ、潮時なのかもしれないな。


 そう思い始めた頃、唐突に災難はやってきた。


 あれはいつもの如く、教室で緋達のベントーを食っていた時だった。

 突然、閉められていた教室の扉が、大きな音を立てて開け放たれた。

 さして興味もなかったので、扉の方を見ず、いつもの通りにベントーを食っていた俺に、その言葉は向けられた。


「あれぇ? 本当に可愛い娘と一緒にいるよ」

「この声は……」


 聞き間違うはずがない。その声が俺に向けられたものだと理解する必要もない。

 声の主は俺の目前まで来ると、俺の横にいた緋達に顔を近付けた。


「ねぇねぇ。そんな奴と居ないでさ、オレと一緒に遊ぼうぜ」

「そうそう」


 全く気付かなかったが、最初に声を発した奴以外に3人居るようだ。

 緋達はその野郎共に睨みを利かし、「やだね」と簡潔に告げると、そっぽを向いた。


「そんなこと言わないでさぁ」


 なおもしつこくナンパし続ける4人組に、いい加減俺も無視できなくなった。


「止めろ。真東(まひがし)西山(にしやま)南田(みなみだ)北岡(きたおか)


 この4人組は俺と同じ中学出身。

 クラスの中で一番、俺に対するイジメが酷かった奴らだった。

 この4人は一緒にいることが多く、よく東西南北と(秘かに)揶揄されているアホ共だ。


「へぇ、そういう口利いちゃって良いの?」


 その中のリーダー格、最初に言葉を発した真東は、まるで格下相手に……というか奴隷を相手にしているように、俺を見下す。

 ……訂正しよう。奴は俺のことを奴隷と同等の者として見ていた。

 他の3人も同様に、俺を一番底辺だと思っている。


「それがどうした? 東西南北」

「っ! てめっ……!!」


 だが俺には関係ない。

 こいつらが俺のことをどう思ってようが、俺は屈することはない。

 そして、


「調子にのんな! このクズがっ!!」


 たとえ殴られようとも、俺が反撃することはない。

 真東に思いっきり殴られ、俺は物理法則に従って顔を逸らしたような姿勢になった。

 緋達が(何故か)逆上して、真東に殴りかかろうとするのを制止する。


「このやろぉ……!!」


 今にも真東を半殺しにしかねない勢いだったが、俺が頭を軽く撫でると渋々ながら止まってくれた。

 この1ヶ月の間に見つけた緋達の制止方法が役に立ったな。

 俺は東西南北にもう一度向き直ると、全く変わらない口調で告げた。


「今は人目がある。お前らも噂にはなりたくないだろう? 後で相手してやるよ」

「ぐっ……!」


 どうやら威張っている癖に器は小さいようで、東西南北は眼光を鋭くさせながら、教室から退出した。


「だ、大丈夫か!? 前原!!」


 扉が閉められたのを確認した途端、緋達がさっきとは打って変わってオロオロし始めた。


「大丈夫だ。問題ない」

「死亡フラグだぞ。それ」


 などと冷静なツッコミをした緋達には、俺の意図が伝わったようで安堵の表情をしていた。殴られ慣れているからこの程度どうってことはないが、その経緯を知らない緋達からしたら結構痛かったように見えたのだろう。

 ともかく、問題がないように振る舞い、俺はベントーを堪能するのに勤しんだ。





 その日の放課後。

 約束(?)通り、東西南北と人気のない高架下へ出向くと、早速戦闘が始まった。

 もっとも、戦闘なんて大それたものじゃなく、ただの一方的な暴力(リンチ)なのだが。


「おらおら! クズはクズらしくのたうち回ってろ!!」

「これ、ストレス解消に最高!!」

「こいつくそ弱いからタコりがいがある~!!」

「もっと無様に転がり回れよ~!!」


 東西南北の一方的な暴力。それに俺は反撃もせず、ただ殴られ続ける。

 殴る蹴るは当たり前、踏みつけられ、力比べと投げられ、練習台とプロレス技を掛けられる。


「やめろよ!!」


 その最中、付いてこなくて良いと言った俺の言葉を無視し、勝手に付いてきた緋達が悲痛な叫びを上げた。

 何度も、何度も、何度も。

 だから付いてこなくて良いって言ったのに。などと、リンチにされながら思った。


「なんかこいつ、表情が今一つだな」


 すると、真東が俺を蹴りながらそう呟いたのが耳に届いた。

 確かに俺は表情が良くない。リンチにされても、痛そうな表情はするものの、今一つ辛さが垣間見えないからな。

 しかし、それによって誰かが被害に遭うとは思ってなかった。


「あいつを使おう」


 真東のその一言で、他の3人が緋達に手を伸ばす。

 どうやら俺の表情のためだけに(というわけでも無さそうだが)他の奴を巻き込む気らしい。

 俺は肺の中の少ない空気を総動員して、小さく「止めろ」と呟いた。


「黙ってろクズが!」


 だが、わき腹を思いっきり蹴られ、一瞬、呼吸困難になり掛ける。

 そんなことをしている間にあっさり緋達は捕らえられ、両腕を拘束されていた。


「くくっ、こいつをどうにかすればお前も良い表情をすんじゃないか?」


 拘束された緋達の下へ行って、気持ち悪い笑みを浮かべながら真東は俺に言った。

 確かにこの状況、あまり芳しくはない。思わず俺の表情も険しくなる。


「そう、それを見たかった!」


 こいつ、殺すか。

 そんな黒い感情が俺の中で渦巻き、緋達の姿を捉えて消え失せた。

 駄目だ。手を出したら家族に迷惑がかかるし、緋達だって……。

 俺の考えを知ってか知らずか、緋達は唐突に大声を上げる。


「気にすんな!!」

「……ぇ?」


 拘束された人質の決まり文句みたいなものだが、それは俺の思考と丁度マッチし、俺の思考を全て停止させた。


「ドガーンとやっちまえ!」


 意味不明な擬音ではあったが、俺の中でさっきとは全く違う感情が溢れだしてきた。

 東西南北は緋達の「ドガーンとやっちまえ」宣言に大爆笑し、誰に言うでもなく声を張り上げる。


「こいつはなぁ! リンチしてんのに手も出せねぇほど弱いんだよ!!」


 なるほど。東西南北は俺のことをそんな風に評価していたのか。

 それは心外だ。俺は手が出せないのではなく、出さなかっただけだ。

 俺は東西南北を全く無視して、緋達に問いかけた。


「良いのか?」

「ああ!!」


 ほぼ即答だった。いらぬ心配だったようだ。

 俺は東西南北に気付かれないように近くの小石を拾い、ゆっくりと立ち上がる。


「緋達。最初に出会った時、理奈って呼んでくれって言ったよな」


 俺の唐突な話題に疑問符を浮かべているが、緋達はゆっくりと頷いていた。


「じゃ、そうさせてもらうか」


 俺はどこか笑顔のような、それでいて違う表情を浮かべ、緋達に……理奈に言った。


「理奈。指の1本たりとも動かすなよ」


 雰囲気が変わった俺に息を呑む様子が見て取れたが、理奈は俺を信頼しきった、確信的な表情で頷く。と同時に、完全に蚊帳の外だった東西南北の1人、理奈を拘束している西山が笑いながら叫んだ。


「お前がなんて言おうが雑魚はざっ……!!?」


 全て言い切る前に、小石を奴の眼前に飛ばし、目くらまし代わりとして使う。

 小石を避ければ俺が迫り、避けなければ直撃し、目をくらませる。

 どちらにしろ、小石を避けたアイツは迫った俺の右ストレートで地面に沈んだけどな。


「ったく、ギャアギャアギャアギャア喧しいんだよ。西山」


 俺を信じているからか、全く目を閉じなかった理奈の、とても可愛らしい美少女と言っても過言ではない容姿が、顔が、直ぐ目の前で驚きに変わる。

 俺はそれに対し左手で、拘束の解けた理奈の頭を胸に抱き止めた。


「こんな無茶はあまりしたくないんだがな」


 小さく、耳元で呟いた。

 理奈はそれで正気を取り戻し、俺から離れる。

 心なしか、頬が髪と同色のように赤みがかっている。俺は気付かないフリをしたが。


「てめぇ!!」


 と、真東が放心から立ち直り、俺に向かって拳を振り上げた。

 今の俺には制限がない。心置きなく本気を出せる。


 とりあえず攻撃を少ない動作で回避し、右拳のボディブローを叩き込んだ。

 すると、声もなく地面に崩れ落ちる。

 ありゃ~。終わっちまったか。


「2度目はねぇって!!」


 俺が真東の早すぎる死(死んでないけど)に(かぶり)を振っていると、後方から理奈の声が届いた。その声に振り向くと、南田の遺体(死んでないけど)が転がっていた。理奈って以外と強いんだな。

 最後の1人、北岡は驚愕の表情で恐れおののき、尻餅をついていた。


「こんなの聞いてねぇよ!!」


 誰から聞くわけでも無かろうに。

 意味不明な北岡の言葉にため息を吐き、勝者の余裕とばかりにその言葉に付き合ってやった。


「誰から聞いたんだ~?」


 完全におちょくっている口調ではあるが、余裕がない北岡にとってはどうでも良いらしく、律儀に返答をしてくれた。


「角刈りゴリラ」

「……なんだと?」


 まさかここで聞く名前とは思ってもみなかったから、若干驚いてしまった。

 まぁ、こいつが他人に罪を擦り付けようとしている可能性もあるけど、何分角刈りゴリラには借りがある。もしかしたら借りを返せるチャンスなのかもしれないしな。


「角刈りゴリラに命令されてやったんだ」


 命令されてやったけど俺は楽しんでたぜ~。みたいな表情をしてやがる。

 やっぱ話聞かずにブン殴っとこうか。コイツ。

 しかしそれをやると全校生徒の自由がこの先数年間失われてしまう。我慢だ。


「それじゃあ、ブン殴らねぇから話を聞かせろ」


 俺は理奈とともに北岡から話を聞いた。


 それはとても気分が悪くなるような話ではあったが、角刈りゴリラの職権乱用、そして法に触れるレベルの悪事が垣間見えた話だった。

 さて、反撃の狼煙を上げるか。


 俺と理奈は翌日から、角刈りゴリラを陥れるための下準備を始めた。


 ちなみに東西南北はあの場に放置し、北岡は拳骨で懲らしめてやった。

 とりあえずそれで無罪放免。久々に心が晴れた戦闘も出来たしな。

 それに今は角刈りゴリラの方が優先だ。ぶっ潰してやらないと。

いかがでしたでしょうか?


過去編は次回で終わりの予定です。

予想以上に長くなってしまいました。

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