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第50話 若かりしあの日(去年の事だけど)

良祐過去編 理奈との出会いです。

お楽しみください。

 あの後俺たちは食料調達を終え、ひとまずの飯にした。

 夜が深まっていたこともあって、食い終わると自然とみんな寝床についた。聞いたり聞かれたりは、まぁ、明日に持ち越しとなるだろう。

 ともかく俺は今日、とても懐かしい夢を見る事となった。

 多分……と言うか確実に、理奈との会話が要因だろう。別に俺としてもいやな思い出でもないから問題ないしな。

 さて、若かりしあの頃の出会い(去年のことだけど)でも思い出しながら見てみますか。





 2011年4月初頭。

 この日は東海林市立林名高等学校の入学式だった。


「良祐さん良祐さん! 忘れ物は無いですか!?」

「朝からうっせーよ! 忘れてねぇから静かにしろ、馬鹿!!」


 産まれてこの方ずっと住んできたあの家の玄関で、円さんが、今と変わりない容姿と言動を容赦なく俺に圧し当ててくる。

 だがあの時の俺には、それが何よりも厄介で、何よりも滑稽に見えた。

 それは円さんに、ではない。…………俺に対してだった。


「じゃあ良祐さん! 私、準備してきますね! 待っていてください!」


 うざったらしく恋人のように身の回りの世話をする円さんに、あの時期はスゴくムカついた。過去のことから完全に心を閉ざしてしまった俺は、物事を卑屈に捉えてしまうのだ。

 そのせいで、円さんが俺に向けてくれる思い、感情といったものは、全て、俺に似ている……というより俺が似てしまった、父親に向けられたものだと勝手に解釈してしまい、勝手に苛立つ。

 その悪循環に陥り、最後は耐えきれなくなり、


「誰が待つかよ」


 俺が物事から逃げ出す。

 円さんの恋人親子が見ていられなくて、見ていたくなくて、俺は逃げ出すために早々と玄関から飛び出した。


 高校への通学路を他の学生と歩きながら、両手をポケットに突っ込んで考える。


 今日がいわゆる高校の初登校の日、高校デビューと言えばいいのか。

 そんなものには欠片も興味もないし、そこらへんのお気楽な学生共とは違って「友達出来るかな?」などと幼稚なことも考えていない。

 ただ俺が考えていることは1つ。高校3年間という時間を如何にして潰そうか、だけである。

 入学する当日に終わりを考えているのは、世界を探してもそうそういないだろう。だが俺には興味も関心もとっくのとうに無くしたので、高校なんて早く終わらねぇかなぐらいにしか思ってない。

 本来なら、入学すらしたくなかったのだが、円さんと姉貴に凄まれてしまえば従うしかない。これからは俺だけで生きていけるかもしれないが、ここまで育ててくれたのは円さんと姉貴なのだから、恩を徒で返すみっともない真似だけはしたくなかった。


 人の思考を邪魔するかの如く、周りの学生共がヒソヒソ何か話し始めた。

 ウザいことこの上ないのだが、十中八九俺のことだろう。


 黒の詰め襟制服を着崩し、染めているのではないかと思うほどの茶の頭髪。

 睨むような鋭い眼光。死んだような、触れたものを全て切り裂いてしまう意志を持った瞳。父親譲りである凛々しい顔立ちも相まって、周りの奴らには俺が不良にしか見えてないだろう。

 事実、聞く耳を立ててみると、


「なにアイツ……不良? こっわ」

「問題起こさないで欲しいよね」

「ていうか学校来んなって話」


 などと、エンドロールのテロップで男子高校生A、女子高校生Aと表記されるような、脇役みたいな残念な人生を送るであろう、残念な学生共が、とても下らないことを話していた。

 はっきり言って時間の無駄だ。俺は不良でもないし、問題も起こさない。

 問題を起こすのはいつも、決まって周りだ。


 こういう学生共の根も葉もない噂。

 見た目だけで全てを判断するクソ教師。

 そして……不良生徒。


 こいつらの連携具合と言ったら軍隊顔負けだ。それぐらい面倒くさい。

 まず不良生徒が、俺に変ないちゃもんをつけて、リンチにしようとする。

 次に学生共が、それに尾ひれ付けて噂する。

 最後に教師が、噂を聞いて内申点を下げ、手に負えなくなったら停学、行くところまで行けば退学である。


 本当に……面倒くさい。

 学生共も無駄な時間を過ごすぐらいだったら勉学にでも励んでろ。

 そう言いたくなるぐらい、周りから向けられた好奇な目が鬱陶しかった。

 本当に…………面倒くさい。


 そう呟きながら、またも俺は早歩きで逃げ出す。


 こういうのは関わらない方がいい。

 あの連携をこの身で体感し、本当に淵の淵まで追いやられた俺が出した結論はそれだった。

 実際、林名高校だってギリギリ入れた一番良い高校だった。本来なら、俺の学力があれば、もう2~3ランク上の高校だって入れるはずだ。それでも入れなかったのは、当然、内申点のせいだろう。

 内申点などには興味はないんだが、問題を起こすと迷惑が掛かる奴らがいる。

 他人ではなく、身内にだ。もはや脅迫の一種ですらある。

 しょうがないから、俺は関わらない道を選んだ。逃げ出したのだ。


 俺はまたも卑屈に捉え、そして、程なくして学校に着いた。


「おい、お前!」


 林名高校は本来、中の上程度のランクであったはずだった。

 それが何故、中の下程度にまでランクが落ちてしまったのか。

 理由は諸説あるが、俺はこいつのせいだと思う。


 角刈りヘッドの体育会系体育教師。兼……保健医。

 林名高校内だけでなく、諸高校、果てには中学にまでその名を轟かす最凶災厄の教師。角刈りゴリラ……牧田秀雄(まきたひでお)だ。


「何ですか?」


 明らかに俺を見ている角刈りゴリラを無視するわけにもいかず、視線だけを向けて用を促す。それに対し、何か(かん)にでも触ったのか、きたねぇ唾を散弾のようにまき散らしながら奴は俺に怒鳴り始めた。


「なんだ、そのトゲのある言い方はぁ……! 大体、この髪はなんだ? うちの高校は染髪禁止だぞ!」

「地毛です」


 角刈りゴリラの散唾攻撃を一定の距離を保つことで回避し、うざったらしく馬鹿まるだしのことを言っている奴に即答で返した。そしてもう用はないなとばかりに校舎へ歩き始めた俺の肩を、奴は強く握りしめ、制止させる。


「何ですか……?」


 いい加減我慢の限界がきた俺は、少し強めに用を促した。

 すると待ってましたとばかりに角刈りゴリラは、スゴく気持ち悪い笑みを浮かべ、肩を掴んでいる方とは逆の腕を振り上げた。


「教師に対する口の聞き方がなってないなぁ……!」


 腕を振り上げればやることは1つ。奴は俺を殴り飛ばした。


 これだ。林名高校はこの男……角刈りゴリラがやることを黙認している。

 裏取引があったとか、角刈りゴリラは実の所良いとこの出とか、校長を脅しているとか。生徒共の中では様々な噂が飛び交っているが、真実として証明されたものは1つたりともない。

 そして角刈りゴリラの暴挙を黙認している高校に、未来ある中学生が入ってくるだろうか? 入ってくるのは他の高校に落ちた残念な受験生だけであって、他の高校に落ちたということは当然、頭の出来が良い方ではない。

 ならば必然、高校のランクが落ちていく。

 そんな問題の元凶に登校初日眼を付けられた俺は、さながら哀れな生け贄といった所だろうか?


 ああ、本当に………………面倒くさい。


「はっはっは! 俺がいる限り、貴様ら不良共に居場所はない!」


 だから不良じゃないって。

 そう言ってやるのもシャクだし、どうせ信じてはくれないだろうから何も言わない。……ただ、


「それじゃ、さよーならー」

「あっ、待たんかゴラァ!!」

「そうだ、忘れてた」

「あぁ?」


 やられっぱなしって訳にはいかないけどな。

 俺は右手の鍵を角刈りゴリラに放り投げた。奴はそれを手に取り、叫ぶ。


「これは俺の車の鍵!! 貴様いつのまに!!」


 そう角刈りゴリラが叫んだ時には、俺はもう校舎の中に消えていた。

 また…………逃げ出したのだ。





「いってぇ…………あいつ、思いっきり殴りやがって。頑丈さが取り柄の俺でもいてぇもんはいてぇんだぞ」


 入学式が終わり、新入生初めてのLHR(ロングホームルーム)の最中。

 窓側から3番目、一番後ろというなかなかの好ポジションを獲得した俺は、若干青くなった左頬を押さえつつ呟いた。


 もはや角刈りゴリラは許せないかもしれない。

 傷を付けたとかそういうことは別に良いんだが、入学式という新入生だけでなく在校生や保護者、学校のお偉い方が出席する衆人観衆の真っ直中で、今日初登校の新入生がいきなり左頬に青胆つくってれば、イヤでも注目を浴びる。

 つまり俺は、登校初日に林名高校関係者から不良だと認知されたことに等しい。

 初日からケンカに勤しんでいる危ない奴だと思われたに違いない。

 毎度の事ながら出席していた円さんにも迷惑が及ぶだろう。


 ……よし、ぶっ殺すか。あの角刈りゴリラ。

 しかしそれをすると余計迷惑が及ぶので、ここは我慢して貰うしかなさそうだ。


「はい、次は前原君!」

「あぁ?」


 突然担任教師から声を掛けられた俺は、反射的に凄んだ声で反応してしまう。

 見れば同級生共から向けられる圧倒的視線。異物を見るような蔑みの眼差し。

 凄んだ声を向けられた担任の女教師はスゲェ怯えた眼で何度も謝罪をしてるし。

 はぁ、俺ってそんなに怖いか? 普通の表情をしているはずなんだけどな。


 視線を女教師の後ろの黒板へと向けると、そこにはデッカく「自己紹介」と書いてあった。どうやら俺の番まで回ってきたから声を掛けたようだ。

 俺はしょうがないから立ち上がり、極力周りを見ないようにした。


「前原良祐。言っておくが俺は不良じゃない。髪は地毛だ」


 早口でまくし立て、さっさと席に着いた。

 俺の時間を設けた所で誰も俺と友達になろうなんて奴いないし、それに何れ俺の名前は全校生徒に知れ渡ることになる。

 学校一の不良として。

 学校一危ない奴として。

 これがいわゆる、一種の風評被害ってやつだろう。

 と言っても、元から友達を作る気もないし、良い子ぶるつもりもなかったから別に構わないんだけどな。


 「じゃ、じゃあ……次の子お願い」という、未だ怯えた様子の女教師の声を聞きながら、俺はまた思考に耽っていった。





 入学式から1週間が経った。

 もはや俺は学校内で知らない者は居ないほどの有名人にまでなっていた。

 風評ってもの凄い効果があるんだな。と、つくづく実感してしまった感想をこぼす。


 ああ、面倒くさいことになったな。なんてことを、教室の自分の席で思う。

 視線だけを窓の外、憎らしいほど澄み渡った青空へと向け、ボケーっと考え事をする。それに意味はなく、急がれるべき用事でもない。

 休み時間であるはずの教室はガラーっと閑散で、隅の方に3~4人程度の女子集団がいるだけだった。いや、訂正しよう。何人かの男子生徒が机に突っ伏して寝ているみたいだ。

 教室の入り口には好奇心から俺を見に来たであろうあらゆるクラス、あらゆる学年の生徒が、通行の邪魔になるほど溢れ返り、「時間を無駄にしてんなぁ」と思わずには居られない惨状となっていた。


 もっとも、俺には関係ないし関係したくないし気にしたくもない。

 だから俺は、窓の外を見たまま馬鹿みたいな表情で時間が経つのを待っていた。


 しばらくそのまま固まっていると、何故か、教室の入り口の方が騒がしくなり始めた。角刈りゴリラでもやってきたのか? と思ったが、耳を澄ますと「危ないよ」とか小声で言っているのが聞こえた。

 角刈りゴリラが心配されるはずがない。ということは、別の誰かだ。

 まぁ、俺には関係ないし興味もないから放っておくんだが。


 しかし、とある足音が俺の近くでピタリと止まった。

 そして、俺の視界の右端から“赤みがかった何か”が出現した。

 俺はそれに驚きはしないが、その“赤みがかった何か”の正体を探ろうとはする。

 程なくして、それが“赤みがかった長髪”だと気付いた。

 珍しい髪色だな。最初の印象が俺の中で生まれた時、それは視界の中央まで移動して、その長髪の主を俺の眼前に晒した。


 その長髪の主は…………人懐っこい雰囲気の、美少女と言っても過言ではない少女だった。

いかがでしたでしょうか?


次回も過去編です。

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