第48話 怪しい所は無い。だからこそ怪しい時もある
お楽しみください
俺は歩きながら、無くなり掛けてた弾薬を再装填するためにクルツから弾倉を外す。弾薬ポーチから新しい弾倉を取り出すと、無くなり掛けていた弾倉をポーチにしまった。そして新しい弾倉をクルツに装着し、コッキングレバーを引いて弾薬を装填すると、クルツを肩に掛け直した。
今度はレッグホルスターからUSP自動拳銃を引き抜き、安全装置を解除、遊底を少し引いて薬室に弾薬が入っているか確認する。中には何も入っていなかった。
遊底を元に戻し、安全装置を掛けてベルトに挿し戻す。
諸装備のチェックを終えて、前方を歩く男性に視線を移した。
「あの……」
「ん? 何だい?」
彼は後ろに振り向かず、前を見たまま答えてくれる。
そう言えば、と名前を聞いてないことを話すと、少しして返答が返ってきた。
「私は幸田唯正。先だって言った通り兵器製造の工場員だ」
返答を受けて、俺たちも名前を告げる。……藤崎の名前が覚えられない。
それはともかく、幸田さんはアーティの名前を聞いた時、驚愕の表情で凍り付いた。
「アルテミス……?」
「どうかしましたか?」
後方に続く冬紀が幸田さんの異変に声を上げる。しかし彼は直ぐに元の表情に戻ると、何でもないと手を振った。
「いや、変わった名前だなと思ってね。神話の女神の名前なんて」
まぁ、もっともだ。外人でもそうそう居ない名前だしな。
当の本人は素知らぬ顔で一番後ろを歩いてるし。
会話に一区切りついたところで、俺は別の話題を幸田さんに振る。
「ちなみに生存者は幸田さん以外に何人居るんですか?」
予め知っておきたい意味で問いかけたのだが、返ってきたのは予想していなかった言葉だった。
「いないよ」
「……ぇ?」
まさかの言葉に開いた口を閉めるのを忘れてしまう。きっと今俺は、相当バカみたいな表情をしていることだろう。しかしそれは、けして間違ってない反応のはずだ。現にみんな(アーティ以外)、俺と同様の表情をしている。
「どうして?」
サクラがふと出した言葉に、幸田さんは補足で言葉を継ぎ足した。
「ああ、誤解しないでくれ。私が来た時には誰も居なかったんだ」
なるほど、幸田さんは最初からここに居た訳じゃないのか。恐らく逃げてきたのだろうが、ここにはもう既に生存者は居なかった訳だ。どこかへ行ったか、はたまた全滅したか。どちらにしろ前者の確率は低いだろう。これほど良い場所を手放す理由がないしな。まぁ、問題が無ければの話だが。
「私が考えるに、防犯シャッターが下りた時には既にゾンビが内部に進入していて、それに気付かずに寝泊まりをした生存者から感染が広がったと考えている」
そして……全滅した。辻褄は合っているな。間違いないだろう。ただ、何か引っかかる。幸田さんは口調も優しく、発言も行動も何もおかしな所はない。でも信用できない。発言の裏にスゴく高圧的で人を見下しているような感じが…………しないでもない。
『良祐』
と脳内にアーティの声が響く。どういう原理なんだよ。
「何だアーティ」と脳内で返答すると、程なくして彼女はたった一言だけ告げた。
『その男には注意しなさい』
それきり声は聞こえなくなった。前々からこんなことはあったが、未だにどういう原理なのか理解できない。それはともかく、アーティが言うんだったら幸田さんは怪しいのだろう。信用するにはまだ早いってことか。油断せずに接するしかないな。
「さぁ、着いたよ」
幸田さんがとある通路の奥で振り返った。どうやら警備室に着いたみたいだ。
彼の背中にある扉には、関係者以外立ち入り禁止と書かれたプレートが鎮座している。そのことからもここが警備室というのは本当のようだ。幸田さんは警備室の鍵を開けると早く入るように促す。俺たちは俺を先頭にそれに従った。
「うわぁ……」
「スゴいですね……」
姉貴と円さんが感嘆の呟きを漏らす中、彼は警備室の鍵を閉め、監視カメラのモニター前のイスに深く腰掛けた。手に持っていたバットを杖代わりに俺たちを見据える。
「まずは隣の部屋に荷物でも置いてきなよ。話はそれからだ。
聞きたいこと、あるだろう? 僕も何で銃器を持っているのか、聞きたいなぁ」
異様な雰囲気を醸し出す彼に、俺は言いようのない気持ち悪さを感じた。
「そうか……そんな経緯があったんだね」
すべてを語り終えた俺たちに、最初に言った言葉がそれだった。彼からも同様に話を聞いたが、要約するとこうだ。
彼はラグナロク社の軍事科学部門、その主任研究員なのだが、とある先方とのミーティングで日本に帰国した際、ゾンビ発生に遭遇。山の上にあるラグナロク社研究所から命からがら脱出した。しかし町にもゾンビは溢れていて、為す術も無く呆然としていた頃、ショッピングモールを発見。研究所から持ってきた試作サンプルを片手にここに駆け込んだと。そう言うことらしい。
試作サンプルも敵との戦いで壊れ、いよいよヤバいと言う所で俺たちが来た。と本人は語っている。それが事実かどうかは定かではないが、嘘をついているようにも見えなかった。
「私は武器もないし戦えないから、もし良かったら君たちの銃器のメンテナンスをさせてくれないか?」
俺たちの銃器がまともにメンテナンスされてないことを見越しての発言なのだろう。
「本当ですか!?」
「マジで!?」
「本当に!?」
冬紀、理奈、早織は一斉に声を荒げる。どうやら自分たちが使っている銃器に不安な点があるようだ。余談だが、早織は銃のフルメンテナンスが出来ない。いくら子供の頃から田代さんと一緒でも、小さい脳で複雑な機構のメンテナンスは理解できなかったようだ。……話を戻して。
「もちろん、君たちが良かったら……だけど」
その言葉に俺とアーティを除く全員が了承した。だが俺は首を縦には振らない。
アーティは銃器を使ってないからともかくとして、俺は信用できない奴に自分の銃器を触らせるのはどうかと思う。自分と……仲間の命を守る銃に何かあったら、その先には死しかない。故に俺は1つ提案をした。
「俺にメンテナンスの仕方を教えてくれませんか? ここから先、1人でも出来るようにしておきたいんです」
さぁ、どういう反応に出る? 化けの皮だけは剥がすなよ。利用できなくなってしまうからな。
「良いよ。じゃあ君の銃器は君がメンテナンスしてみよう。大丈夫、ちゃんと教えてあげるから」
「…………あ、ありがとうございます」
まさか普通な反応が返ってくるとは思わなかった。てっきり何かしらアクションを起こすと予測していたのにな。意外な反応に少し呆然としてしまっていた。遅れて感謝の辞を述べると、彼は良いんだよと言って笑っていた。
はぁ、身構えていただけに少々空回ってしまった。んだよ、ったく。
「それじゃあ、早速取りかかろう。と、その前に……」
「?」
イスから立ち上がった幸田さんは突然動きを止めると、申し訳なさそうに俺たちを見た。
「今まで私しか居なかったからね。その……食料が……」
なるほど。突然人数が増えたから食料が足りないって言いたいのか。
「わかりました。整備していただけるのですから私たちが行ってきます」
すると勝手にサクラが請け負ってしまった。俺の存在価値って……。
「ありがとう。調達メンバーはリーダーさんに任せるよ」
何て幸田さんは言っているが、当然だ。さっき出会ったばっかの奴にアレコレ指示される謂われはない。……つい毒づいてしまうのも致し方無いとしてスルーしてくれると助かる。
とりあえず俺はみんなに向き直り、確認事項をいくつか述べる。
「んじゃまぁ、行きたい奴はいるか?」
シーーーーーーーーンっ。逆にスゲェぐらいの圧倒的な静寂。ま、だろうね。わざわざゾンビの中に潜入したい奴なんかそうそういないぜ。このままでは話が1ミクロンたりとも進まないので、俺だけで勝手にメンバーを選出する。
「理奈、サクラ、円さんは俺と食料調達。他は情報収集と待機。メンテナンスを教えてほしい奴が居たら幸田さんと話つけてろ~。異論は~?」
誰も反論しないので、これで決定だな。
「じゃあ、調達メンバーは各々の装備の確認、所用があるなら終わった後にここに集合。以上! では解散!」
みんなバラバラに解散し、各々でしたいことをしている。
調達メンバーの3人は、隣の部屋に装備を取りに行ったみたいだ。
「信頼されているんだね」
幸田さんにそんなことを言われるが、俺にはあまり自覚がないしな。
今までだってこう言ったらちゃんとやってくれる奴らだったし、反抗しても最終的には俺を認めてくれた。俺がどんな無茶をしても真摯にぶつかってきてくれるし、期待をしたらその分以上の成果で答えてくれた。
俺にとってはそれがアイツ等の見方だし、それがアイツ等の普通だと思っている。
「それが友達で、それが仲間ってものだからでしょう。多分」
俺はそう返答し、アーティの方へ歩く。すれ違いざまに、誰にも聞こえない程度の小さな声で呟いた。
「こっちは任せる。何かあったら知らせてくれ」
発した俺ですら聞こえるか危うい程の言葉を、アーティは髪をかきあげる動作で了承してくれた。
俺はそのまま、自分の装備を取りに俺たちの部屋へ向かった。
いかがでしたでしょうか?
…………ヤバい。終わりが見えない。
御意見御感想お待ちしてます。