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第45話 ふざけてない!まともにふざけているんだ!

 俺は俺の人生しか歩んでないから分からないけど、多分みんな同じだと思う。


 子供の頃、特に小学校とか幼稚園(保育園)以前の記憶がない。そんなこと。

 俺はそれが他の人より酷いと思う。確証なんて無いけど、俺は小学校2年ぐらいまでの記憶がない。

 気付いたら小学校2年で、クラスの人気者で、円さんがいて、姉貴がいて、そばにサクラがいた。

 だから実質、俺は9年間ぐらいしか記憶がないということになる。


 それなのに、アーティは俺より俺を知っている。


 別に証拠があるわけでもないし、口からの出任せの可能性だってある。

 でも、俺の中の細胞の1つ1つが、それを事実だと、真実だと訴え掛けてくるんだ。

 俺はそれに抗えない。抗うことができない。だから、俺は全てを受け入れるしかない。





「ねぇ、良祐」

「……な、なんだ?」


 アーティは雰囲気を一転させて、ゆっくりと俯いた。

 その様子に先程までの異質感は無い。ただの少女にしか見えないし、感じもしない。


 一転した雰囲気に感化され、一寸一秒たりとも働いてなかった俺の脳がゆっくりと働き始める。

 アーティを見つめ続けていた時、ふと冷静になり始めた思考が少しの異変を感じ取った。


 まさか……アイツ。

 俺の中に流れ込んでくる謎の感情が俺の物でないと感じた瞬間、アーティの雰囲気の意味が分かり始めた。

 ひょっとして、アイツ不安なのか?

 よくは分からないし、その不安が何に対してかも分からないが、それだけは確信できる。


 人間が単純というか俺が単純というか。

 そんな心情を察してしまった俺は、ほぼ無意識に手を伸ばした。


「えっ?」


 右腕で彼女を抱き寄せ、胸に埋める。それはかつて、早織にしたように。

 意味なんてないし、俺もやってからどうしようなんて考えているが、やるしかなかった。

 いや、それしか不安を取り去る術を知らないんだ。だから無意識にやってしまった。


「今更なんだよな」

「……?」


 でも後悔はないし、気恥ずかしさもない。

 ただ俺は、アーティの不安を取り去るために言葉を選ぶ。

 まあもっとも、気の利いた事なんて一つも言えない。それっぽいことだけを語るだけだが。


「お前が俺の12年間を知っているとか、お前が人に替わる人とか」


 本当に今更過ぎる。そんなもの冗談でも笑えねぇ。

 アーティと出会って1日程度。まるで子供の頃から居たような錯覚もするが、それ故に彼女が……アーティがどんな奴か分かってしまう。


「お前は今まで何でも知っていたし、最初から俺の名前も知っていた」


 思えば最初に出会ったときも俺の名前を知っていたし、充電式自動発光体(アーマライト)だって知っていた。


「すんげぇ強いし、俺よりよっぽど大人っぽい」


 最初の建設現場で有り得ない身体能力を発揮し、ゾンビの垣根を踊るように避けたし、バシリスクの頭を手刀でバッサリいった。


「なんで俺はさっきビビってたかなぁ」

「…………」


 アーティがそんな奴だって、強いって、物知りだって、俺は最初から知っていたじゃないか。


「ホント、全部今更なんだよ」


 だから、だから、


 俺は軽蔑しない。

 引かない。

 気味悪がない。

 嫌いにならない。


「だからそんな顔すんな」


 俺はずっとお前の味方だ。そこまで言ったところで、アーティが小刻みに震えだした。

 俺はそれに何も言わない。ただアーティに胸を貸すだけ。


「良祐」

「ん?」


 アーティは顔を埋めたまま、小さく呟いた。


「ありがとう」


 今度はハッキリ聞こえた。何に邪魔されるわけでもなく、よく通る声で。

 俺はそれに驚き、笑った。


「うわっとと」


 そうしていたら唐突に弾かれた。

 何だ? と思ってアーティを見るが、


「早く行くわよ」


 そう言って早々に歩きだしていった。

 でも俺は見逃さなかった。アイツの()からこぼれる雫を。

 何だ。十分か弱い乙女じゃねぇか。全然化け物じゃねぇじゃん。


 拍子抜けというか、安心したというか。


「行くか」


 俺はすんげぇニコニコしながらアーティを追った。





 結果としては正しかっただろう。いや、正しかったはずだった。さっきまでは。


 ショッピングモールの前に陣取ったゾンビの垣根を超えるために、音でおびき寄せる作戦は悪くなかったはず。

 事実、滞り無く作戦は成功した。でも、聞いてない。知らない。”あんな奴”がいるなんて。


「ぐぬぬっ……このぉっ!」


 理奈はベネリで噛みつかれるのを防ぎ、力任せにゾンビを押し返す。

 そして構え直し、引き金を引くが、放たれた12ゲージは目標(ターゲット)の後方にいるゾンビにめり込んだだけだった。


「うわぁ~! ちょこまかと!」


 この行程が何回も続いているからか、理奈は激しく地団太を踏んだ。


「理奈! 後ろ!」

「!?」


 駐車場に響いた冬紀の声に振り向けば、そこにはゾンビが1体、今にも噛みつきそうなほど大きく口を開けて理奈に迫ってきていた。

 しかしそのゾンビは、理奈に噛みつく前に力無く崩れ去った。見れば頭に貫かれた痕がある。


「早織か! 助かった!」


 遠方のハンヴィーの上で、寝そべって狙撃銃(スナイパーライフル)を構えたまま、小さく親指を立てている早織の姿が窺えたから間違いないだろう。

 それよりも今、この事態が非常にマズイ。


 理奈と冬紀がそれぞれで孤立しているのもあるが、ハンヴィーに他の5人が取り残されたままだ。このままだと個別にやられて全滅の可能性大。なんとか立て直さなければならないのだが……


「こう多くちゃ、どうしようもできねぇよ!」


 現在、そうはいかない理由がある。

 それは新たな変異種、走るゾンビの存在だ。


 奴らはたった8体ながらも、ゾンビを殺しなれたはずの理奈たちをここまで追いつめるに至った。

 ヒット&アウェイ。走るゾンビのそのスタイルは、最も効果的で、最も厄介なものだった。


「くっ! このままじゃ……!」


 冬紀の悲観も頷ける。しかし、それを許さない人間が1人。


「諦めんな! 頑張れば何とかなる!」


 ーーーー理奈だ。両親の死からか生に執着する思いが人一倍強い彼女の叫声は、折れ掛けた心をもう一度奮い立たせるのには十分だった。


「でもどうすれば!」


 しかし、奮い立ったところで現状を打破できるわけでもなく、絶体絶命は変わらない。

 刻一刻と追いつめられていく中で、どんどん死が迫ってくる。そして……崖から足を踏み外すように、


「しまっ!?」


 弾薬が切れる。

 理奈は弾薬を入れているポーチに手を入れるが、あるべき物はそこになく、抵抗する術を失ってしまった。


 冬紀が叫ぶ。早織がカバーする。だが、間に合わない。間に合わない、間に合わない、間に合わない。


 …………最後に、死が襲いかかってくる。

 ゾンビが理奈の数十センチ先に迫った時、彼女は思いっきり眼を瞑った。

 終わった。誰もがそう思った。


「きゃあぁぁぁぁああ!!」


 叫ぶ理奈…………に、響く”銃声”。


「…………ぇ?」


 数十センチ先まで迫っていたはずのゾンビは、脳天から鮮血をまき散らし、その場で崩れ去る。

 そして、その向こうにいた人物に息を呑んだ。


「え~っと? 何これ? どうゆう状況?」


 頭を掻きながら右手に”USP”を構えた少年。言わずもがな、良祐だ。

 彼は状況を呑み込めていないようで、頭に?マークを浮かべて首を傾げている。

 後方にいた”白い少女”がアレコレ呟くと、良祐は「おおっ」と理解したようだ。


「仲間のピンチにカッコ良く登場しちゃったわけね。オーケーオーケー」


 変な理解の仕方だった。


「まあ、こいつら()っちゃえば良いってことだろ?」


 そう言うと良祐は、カバンとリュックを降ろして駆け出した。

 向かってきた走るゾンビに足払いを掛け転倒させ、そいつの頭をUSPで撃ち抜く。


「まず、1」


 次に向かってきたゾンビ3体を2体はヘッドショット、1体は腰から引き抜いた短刀を眼に突き刺して倒した。


「4」


 そしてもう1体の走るゾンビを跳び蹴りで転倒させ、頭を思いっきり踏み潰した。


「んで5だ」


 そこまでした頃には、理奈のすぐ近くまで来ていた。


「…………」

「まあ、話は後な」


 良祐は理奈の手を引き、冬紀の下へ駆け出す。

 途中、進路上のゾンビをUSPで退け、冬紀の下へたどり着いた。


「良祐……」

「はいはい、話は後~」


 何か言いたそうな冬紀を遮り、付いてくるように言い渡した良祐は、ハンヴィーの方へ叫ぶ。


「早織! ショッピングモール併設の立体駐車場だ! ねじ込め!」


 それだけ言って、迫るゾンビをすり抜けて走った。

 後方でけたたましいエンジン音が聞こえたことからも、声が届いたことが確認できる。


 良祐は手を引いている理奈を気に掛ける。まだ現実感が無くて放心しているようだ。


「あ~…………理奈」

「……?」


 彼は振り返らず、少し気恥ずかしそうに小さく告げた。


「ただいま」


 すると、理奈は見るからに放心していたような表情を満面の笑みに変えて、


「じゃ、許す!」


 元気になった。


 それから良祐たちは、アーティと合流して職員専用出入り口に駆け込み、早織たちは立体駐車場の中へハンヴィーを押し込んだ。


「冬紀! 俺は立体駐車場のシャッター閉めるから、お前は職員の出入り口閉めとけ!」

「了解!」


 冬紀は近くにあった棚やら何やらを扉の前に置き、簡易的だが支えとした。

 良祐は良祐で事務室のような場所に入り、一際大きなレバーを倒した。それが立体駐車場のシャッターに連動し、数体のゾンビの進入は許したものの、その他のゾンビは完全にシャットアウトしたようだ。


「はぁ~、疲れた」


 こうして局面は1人の少年の参入によって大きく好転した。

 1人も欠けずに生き残ることができたのだ。

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