第28話 予想通りのKAIMETSU状態
「せ〜んろは続く〜よ〜。ど〜こま〜で〜も〜。ふう……」
車を走らせること一時間。暇すぎて歌ってみたが、一人だと全く面白くない。
今まで誰かが側に居てくれたからな。一人になったのなんて中学三年以来だ。……ったく。
「もう少しで到着か?」
後方に流れ行く景色の中、おおよその現在地から目的地までの距離はそう長くない。後、永くて十分ぐらいだろう。
さっきから前方にちょくちょく現れ始めたゾンビを轢きながら、辺りの地形を頭に叩き込む。最悪の場合に備えて退路を練っているのだ。さらにみんなが居なかった場合も考えて、次の目的は決めてある。そこに向かうのに最適なルートを算出するのも仕事の一つだし。
「次の目的地はホームセンターだから、東に進めるルートを探せばいいわけだ」
結果として次はホームセンターが妥当だと思った。この辺りにある中で、そこそこ意義のある施設だしな。
食料も近くにスーパーがあるし、武器や寝床には苦労しない場所、さらにはショッピングモールへの中継地点でもある。
東海林市脱出ルートは俺が考えたから、どこまで行けば良いのかも全て俺の頭の中だ。早織がよっぽど奇天烈なルートでも提案してない限りだけど。
「そろそろとうちゃ〜く」
視線の先には、住宅街故に家が連ねられていた道路が広範囲に渡って開かれている。
そして視界に飛び込む赤茶色の建物。六階建てぐらいの本館に三階建てぐらいの副館が引っ付いた、敷地面積をめっさ食いそうな造り。あれが東海林第一警察署。ここ東海林市にある警察署の中で一番大きな署だ。
俺は敷地を取り囲む塀が高いことに感心しつつ、正門から敷地内へ車を滑らせた。
「ゾンビは……いないな」
幸いにしてゾンビは皆無。エンジンを切り、X−7と金属バットを持って車外へ出た。ドアを閉めて鍵をかける。
ここに来たのは初めてだ。いつも家の近くの第二警察署を利用してるから。……いつも何に使ってるかは聞かないでくれ。
ここの地形は把握してない。けど見た限りじゃ、みんなが乗っているであろう軍用車両は無いようだ。
「もしかしたら裏にあるのかも。回ってみよう」
X−7を肩に担ぎ、背中に回して温存する。無駄に弾薬は使えない、金属バットでやるしかないだろう。
俺は銀色の金属バットを両手で持ち、正面に構えて歩き出した。
「いねえな……」
全てではないが屋外駐車場には軍用車両が無いようだ。変な車は一杯あったけど。
もう一度正面に戻ってみるが、それらしき車は一台も無かった。居ないのか?
「くっそ〜いねえのか〜。しょうがない、次行くか……」
さすがに諦めて帰ろうとした時、ふいに銃声が響く。音は一発、音質からして拳銃タイプの弾薬だろう。
「誰か居るのか?」
みんなかもしれない。……そうじゃない確率の方が高いだろうけど。
俺は音源の場所と思われる本館六階に向け走り出す。ゾンビの居ない正面玄関をスルーし、前方に見えてきた二階への階段を駆け上る。
意外ときつい階段走行を不思議なくらい楽に上り一気に四階まで駆け上がったが、それからは誰もが見るも無残なぐらいペースダウンしてしまう。
「ペース配分…………間違えた」
だろうね。と一人で空しく芝居を打ってみたり。…………余計に悲しくなるだけだった。
俺が息も絶え絶えでようやく六階に上がった時には、既に肩で息をしているような状態だった。
そこに一体のゾンビがやってくる。バットを振り上げ、向かってくるゾンビ一体を容赦無く殴打すると、そのゾンビは腐臭と鮮血を撒き散らしながら床に平伏した。それきりもう動かなくなる。
久しぶりの殴打感に感銘を受け、ついつい目的を忘れかけてしまうのは戒めない性。どうぞご勘弁ください。
「疲れて……感銘受けて……大変だな……」
深呼吸も儘ならないその体で、一路音源がした方向へ歩き出す。
どうやら六階は一般人立ち入り禁止フロアのようで、備品庫やら仮眠室、さらには押収品倉庫もあった。
「なんだ……!?」
だが階段から少し進んだ所で異変に気付く。廊下に大量の死体と血痕が放置され、壁には無数の窪みとひび割れが俺を出迎えたのだ。圧巻だったのは床に散らばる物。それは破壊された大量の銃器だった。
「この殺され方……ミュータントか?」
署員らしき一人の女性を覗き込む。その様はリライトの遺体と同様、何かに打ん殴られたような感じだ。
これなら壁の窪みも説明がつく。ミュータントに払い除けられた署員の衝突の跡だろう。
見ることさえ良心を蝕まれるような悲惨な死体が、たいして広くも無い廊下に所狭しと乱雑しているのは地獄絵図以外の何物でもない。ただの目測ならば数は優に三十を超えているのだから。
武器もミュータントに破壊されたのだろう。拳銃が多いのは標準装備だからか?
これじゃあ下の階も同じ様な感じだな。俺は階段だけしか使ってなかったから分からなかったが。
俺は残酷なほど冷静に死体を観察した後、『何の感情も抱く事無く』廊下を進む。死体が無い真ん中辺りを悠々と歩く俺には、多分冷徹な表情が映っているだろう。
さっきの『何の感情を抱く事無く』ーーというのは嘘だ。と言っても、精々『ああ〜、ミュータントにやられたんだな』程度だ。
昔(と言っても一年前ぐらい)冬紀にーー良祐は他人に対する良心が欠けている。と言われたことがある。
奴の話だとーー俺の知り合いと、その知り合いの知り合いには命を賭けるが、何の面識も無い本当の他人は残酷なほど簡単に見捨てているーーだそうだ。つまり、赤の他人は目の前で死に掛けようが殺され掛けようが助けないーーと言いたいらしい。
確かに俺に助ける気は無いが、それが何だ?という話だ。目の前の困っている人は助けなきゃいけない法律でもあるのか?と言いたくなる。それを言ったら冬紀と(何故か)理奈に激怒されたが……。
「俺に正義を求めるのは酷だぜ」
誰に言うつもりでもないが、あえて言うならそこら辺に転がる死体と冬紀と理奈だな。
血で滑りかける足元を正し、死体の海を越えた先に開きっぱなしの扉を見つけて入る。死体の中を歩くと言うのは気分が悪いな。
鮮血が廊下から室内へと続き、まるで俺を誘うように血の道が出来ていた。それを辿り奥へと足を進める。
「誰だ……!?」
どうやらここは仮眠室らしい。ベッドが左右に認識できる。
その中、奥の壁に男性が一人寄りかかっていた。床に座り傷を負っているだろう腹を押さえながら。口の端からは吐血したような跡も見られる。男性は俺に拳銃を構えて睨んでいた。
「前原良祐。人間です」
両手を挙げ、敵意が無いことを男性に示しつつ、男性の腹の傷を注意深く凝視する。
そこには鉄の棒が突き刺さり、ほぼ貫通状態だった。出血量からしても明らかにもう永くない。死は免れないだろう。
「はは、久しぶりに人間を見た気がする……」
男性は拳銃を持った右手を床に落とし、言葉の通りからか少し笑みを見せた。俺も両手を下げ、男性の下まで行く。
「前原君……か。私は大宮元義。大宮とでも……」
聞いた様子でも声量が低い。弱っているのは自明の理だ。
大宮と名乗った男性の脇に行き、しゃがんで声が良く聞こえるようにする。
「では大宮さん。ここで一体何があったんですか?」
単刀直入、回り道無し。彼も自分のことからか何も言わずに本題へ入る。
「なあに。ただタイラントが暴れていただけさ……」
暴君ねえ、バイオハザードと一緒の名称だな。でも確かにミュータントは暴君の名を冠するのには相応しい。仲間も関係無くぶっ飛ばすし。
「それより前原君に言いたい事がある……」
「何でしょう?」
雰囲気が変わった大宮さんに俺も思わず身を固くする。その表情からは鬼気迫った空気と命を賭けた様子さえ感じ取れた。
「奴はまだどこかに居る。ここは危ない。逃げるんだ……」
ミュータントが居るのか!?ちっ、弾薬が少ない今だと分が悪いな。だけど……。
「それは俺が決めることです。そんなことより教えて欲しいことが多々あります」
大宮さんは物怖じしない俺の雰囲気に自然と言葉を失っていたが、俺の発言の意味を考察すると表情を戻した。
「答えられる範囲なら……」
俺は一度頷くと、用件を簡潔に話し始めた。
いかがでしたでしょうか?
混沌を極める警察署!その時出会った男性は?
それでは次回会いましょう!御意見御感想をお待ちしています!