第21話 死を乗り越えてもう一度……
おはにちは!らいなぁです!
今回の話は小林邸脱出その後です。あまり文字数はありません。
俺たちはとある軍用車両らしき車の中で、物凄く暗い空気に包まれていた。
車両はハンヴィーだろうか?もしくは民間のハマーかもしれない。ただ、天井口があるからおそらくハンヴィーだろう。
あの後、この車に乗り小林邸を脱出。今は安全を確保した立体駐車場の一階、その端のほうに車を停めていた。
だがまあ、車内の空気は決して良くないよね。当然だけど。
俺は空気に耐え切れず、思わず車外へ飛び出る。重すぎるんだよ。
誰も声すら掛けてくれない。まあ良いんだけどね。俺はそれだけのことをした。
とりあえず屋上へ行こう。今は風に当たりたい気分だ。俺は屋上へ向かった。
屋上へ上がると、東海林市の町並みが鮮明に視界に飛び込む。空は憎らしいほど澄み渡っていた。
「くそっ……」
屋上に来たのは失敗だったかもしれない。東海林市の風景が鮮明に視界に入るから。鮮明に視界に入る……言い方を換えれば現状すら眼に入るということだ。
あちこちに死が蔓延している。腐臭と鮮血と歩く死体が町中に広がり、未だ消えないいくつもの火事が町を少し熱気で包む。
八月三日である今日。俺たちは三種類目のゾンビ……「突然変異体」によって、大事な人を二人失った。
あれから数時間経った今でも、心の傷を癒せずに……。
視線を小林邸の方へ向ける。とてつもなくデカイ敷地がまるでジャングルだ。
しかし一号館は見えなかった。崩れたかな?俺は黒煙が立ち上る一号館方面を視界に映すが、木々のせいで良く見えない。
しょうがないから別の場所を見ようとする。東海林市内をグルッと見回すと、ここの地形が良く分かる。
左手にエメラルドブルーの海。右手に町を包む山々。町の真ん中を貫くように、大きな川が山から海へ繋がっていた。
山の頂上には世界的商社「ラグナロク社」の研究所が堂々と鎮座している。
ラグナロク社は世界的な超有名メーカーで、日用雑貨から軍用銃器までほとんどの物には手を出しているだろう。
俺が着けている耐ショックの腕時計もラグナロク社製だ。税込み千五百九十円。もう一年ぐらい愛用している。
よく見れば研究所は無事だ。あまり人が居ないと聞いたことがあるからな、ゾンビも手を出さなかったんだろう。
そこに一陣の風が吹く。頬を撫でる風がふと冷たく感じた。
頬に手を当てると水の感触がする。知らないうちに泣いていたのか。
俺は袖で涙を拭い、空を仰ぐ。澄み渡る空が何かを映しているように見えた。
それは誰かの顔だった。しかし誰の顔か良く分からない。でも多分、悲しい時は一緒に居てくれた大事な人なんだろう。
誰だっけ?そう思った時に、誰かから声を掛けられた。声の感じからして早織かな?
「あんた…………こんな所で何してんのよ」
やっぱ早織だ。俺は振り返らずに返答する。
「さあ……何だろうな?」
俺自身、何で屋上に来たのか分からなかった。そのことから出た言葉だったんだろう。
すると早織の声音に変化が生じた。泣き掛けだった声音は少し怒気を孕み、俺に当たるように静かに問う。
「贖罪のつもり?」
俺、神やキリストはあまり信じていないんだがな……。でもどうだろう?
「案外そうかもしれない。無意識の内に贖おうとしていたのかも」そう言うと、早織は声を荒げて俺に掴みかかってくる。
「じゃあ死ねよ!」
「!?」
屋上の縁まで押された俺は、まさに断崖絶壁に立たされているみたいだ。
背後には、死へと繋がる奈落の穴のような地面が見えた。そこには数体のゾンビも徘徊している。
「お母様と田代のために今すぐ死ね!罪を償え!!」
確かに、それも一つの手かもな。こんな地獄の中、数%しかない生存確率を信じて東海林市脱出に全力を注ぐより、今すぐ死んで楽になったほうが幾分もマシだ。
体の力を抜き、重力に流されて落ちようとした俺の頭に、一つの言葉が響く。
《死ぬ人間をどうにかするより、今生きている自分たちをどうにかなさい!!》
香澄さんの言葉だ。体から抜けたはずの力が戻ってくる。俺は体勢を戻し、早織を見据えた。
「ごめん。それは……出来なくなった」
「どうして?」
依然変わらない早織は、香澄さんと同じ不思議な眼で俺を見ている。
その視線をしっかり受け止め、俺は早織の目を見て、早織の心に、どんなことがあっても変わらない思いをぶつけた。
「香澄さんが生かしてくれた」
そうだ、あの人は俺に何かを求めていた。USPで早織を守れとも言った。
「田代さんが生かしてくれた」
そうだ、彼は俺に戦う術を教えてくれた。身を持って本当の強さを見せてくれた。
「だから俺は、生かされたこの命で、みんなを守るんだ」
全てを聞き終えた早織は、小さく何かを呟いて怒気を解く。
「ごめんなさい。あんたのせいじゃないのは分かっていたんだけど……」
しょうがないさ。俺だって同じ立場なら、そうしていたかもしれないし。呟いて、ふと思う。
そこで俺はあることを思い出した。確か昨日のアレが録音されていたはず……。
右ポケットからケータイを取り出し、ICレコーダーを起動させた。早織に聞かせよう。香澄さんのある意味で遺言を……。
「これが、香澄さんが早織に残した最後の言葉だと思う」
俺はICレコーダーを切り、ケータイをポケットにしまう。
早織は…………泣いていた。
再生途中から涙目に変わり、次には溢れた涙が地面に落ちていた。
最後まで聞くと号泣どころの話じゃない。言うなれば極泣だ。
「香澄さんは病気のことを踏まえた上で俺にこいつを録音させたんだ」
遺言代わりに。そう言うのは自重しとこう。
「香澄さんは早織のこと、大好きだったんだな」
とは言ったものの、当然のことか?母親が娘を大好きって?
俺はしばらくその様子を見ていたが、突然早織が俺にタックルをかましてきた!
「うわっとと!」
と思ったが違ったようだ。早織は俺の胸に顔を埋め、小さく胸貸してと呟くと、それっきり動かなくなった。
「……おう」
動かなくはなったが、彼女が泣く声だけはしばらく響いていた。
俺はただ、早織の頭を撫で続けることしか出来ない。それから数分はずっとそれだけだった。
早織がようやく泣き終えた頃、屋上に四人の人影が上ってくる。……みんなだ。
「遅かったから探しに来たぜ!」
開口一番理奈が親指を立ててそう言った。
「悪い悪い」
平謝り程度だが、とりあえず謝っておこう。無いよりかはマシだ。
「屋上で何してたんだい?」
冬紀が爽やかに問うが、言えるわけ無いだろう。早織が泣いてました〜とは。
「まあ、東海林市を見ていた」
こんなとこだな。横の早織も目線だけ俺を見て、感謝しているように見えた。
「全くも〜心配したよ」
相も変わらず呑気な姉貴の声が体の力を抜けさせる。
「ごめんなさい。ここまで永く話すつもりは無かったんだけど……」
早織も申し訳無さそうに謝罪する。最初の頃の早織と比べて随分態度が緩和されたな。
「無事で何よりです」
円さんも心配してくれたのか……。何だが悪いことしたな。
「え、ええ……」
珍しく早織の歯切れが悪い。さっきのことを思い出しているのだろうか?
「ははっ、まあ戻ろうぜ。二人が生かしてくれたこの命、これからどう使うのか決めないとな」
全員が首肯し、下に下りる階段に向け歩き出す。どうやらみんな各々で死を乗り越えたようだ。
俺も歩き出そうとするが、袖を早織に掴まれて途中でストップした。
「どうした?」
振り返り、早織を視界に捕らえると、彼女は俯いていたため表情が見えない。
「その……ありがとう」
それだけ言うと早織は、みんなの後を追って階段へ駆け出す。気のせいか頬が紅潮していたような……。
「…………どういたしまして」
走る彼女の背に向けて呟いた。慣れない感謝は恥ずかしいからな。そんなもんだろ。
俺も後を追って、止めた足をもう一度歩かせる。仲間って良いなぁ。
棚引く風が前より心地良い。頬を撫でても前のような冷たさは感じない。
八月三日午後三時二分。俺たちは初めて、大事な人たちの死を経験した。
同日午後六時二十六分。俺たちは結束を新たに、もう一度戦場へ向かう。
目指すは、東海林市の脱出だ。今度こそ、守ってみせる。
いかがでしたでしょうか?
ICレコーダーが役に立った回でしたね。
物語的に言えば次回は新章突入です。以前までが小林邸編ってところですか?
死を乗り越える主人公たち!その先に待つものとは?
それでは次回会いましょう!御意見御感想をお待ちしています!