小さな出会い
本宮に飛行機に似た乗り物で到着して1週間、桜華はぐったりと逃げ込んだ図書室の一角で盛大に息を吐いた。
「騙された・・・。」
本宮、それは大理石とあの伝説の鉱石オルハリコンで作られたというその城はまさにため息がでるような代物だった。王姉ティファーニアが住んでいた城も筆舌に尽くしがたい豪華さだったが、こちらはそれに加え荘厳さが勝っている。規模もすさまじく、王宮内を自動で走る乗り物で行き来するほどだ。
最初は見るものすべてが珍しく興奮していたのだが、すぐに1週間後、つまり今日の妃候補お披露目会の為の準備だとミルハと同行した幾人かの侍女に捕まり、念入りに毎日香油を塗り込まれ、衣装合わせ、それに見合った宝石選びなど毎日ああでもない、こうでもないといじり倒され、たった一つの望みであった貴重な考古学的お宝については、まだ許可が降りていないからと諭され、がっくりしたのだが、その代わりと言って、素晴らしい蔵書のコレクションを誇る図書室へ案内されたのだ。
図書室といえども、ただの一室ではなく、それこそ吹き抜けの丸いドームの何階層に至る迄すべてが本で埋め尽くされている。
管理人に読みたい本を教えると瞬時に探してくれるが、まだ文字も勉強中なのでそこまで難しい本は読めない桜華はゆっくりと色んな本を見て回るのが好きだった。
それにしても、歴史のお宝に目が眩んで一瞬で即答してしまった妃選びに参加してしまった事をその詳しい内容を聞いてしょっぱなから後悔する桜華だった。
その内容は事前に桜華が聞いていたら絶対に承諾しないものであり、この半年で桜華の性格を見抜いていたティターニアの作戦がちだったかもしれない。
本当に自分の浅はかさをなおすべきだ。どうも古跡や古文、それらに関する考古学の謎などを目の前に持ち出されると後先考えずに飛びついてしまう。弟の千早にもあきれられている桜華のたった一つの弱点と言っても良い。
妃選定の儀は3ヶ月に渡って行われるという。今日がその最初の顔合わせの議だ。この3ヶ月でどの候補が一番妃に相応しいかを見極めるという・・・それは良いのだが、問題は・・・。
「そうそう、桜華様、王子が桜華様のお部屋へお泊まりになられるのは最後の7日間と決まりましたので報告しておきますね。」とミルハがニコニコ顔でのたまったのが始まりだった。
「は?何の事?」
「ですから、王子がお泊まりになられる時期の事ですが?」
「何ソレ・・泊まるってこの部屋に?なんで?」
「あれ?聞いてませんでしたか?選定の儀式の中で王子はそれぞれの候補達と7日間ずつ夜を共にするのですわ。」
「つまり、この部屋で一緒に寝るってこと?」
「そうですわ。」
「・・・ただ一緒に眠るって言う意味じゃないわよね、ソレって。」さすがに鈍いと言われる自分でも気がつく。
「まあ、桜華様ったら!」周りの侍女達もささやかに笑っている。
「聞いてないわ。それって拒否できるの?」
そんな事を聞かれるとは思わなかったのだろう、ミルハは吃驚した様子でなだめかかる。
「だ、大丈夫ですわ、桜華様。王子がきっと優しくして下さいますから,何も心配はいりません。」
「そういう問題じゃない!大体結婚前にそういうのってどうなの?もし自分の伴侶にしたい相手じゃない人が妊娠でもしちゃったらどうするのよ?」
「その場合は側室に迎えられる事になりますわ。」
唖然とミルハを見つめるが相手は当然の事と言ったように微笑んでいる。駄目だ、話にならない。こちらの世界もティターニアを見る限り一夫一婦制かと思っていたが違ったようだ。
「ティターニアの弟が皇太子なのよね?じゃあ、もしかして他に異母兄弟とかもいるの?」
「はい。ティターニア様とアクロティヌス様の母君であられるソニア正妃の他、幾人かの側室を娶っておられますので、10人ほど異母兄弟がおられます。」
「10人・・。それって多いのか少ないのかまた微妙な人数ね。ふうん、じゃあ、ティターニアのお母さんってこの王宮内にいるんだ?」
「いえ・・ソニア様はアクロティヌス様をお生みになったあと、お亡くなりになられましたので・・・。」
「え?そうなんだ・・。それは悪い事聞いちゃったな。」
桜華は頭の中で色々な事を考えながらこれからの対策を練る。桜華が最後ということは、その王子様とやらと直接対峙?する迄には2ヶ月半の猶予がある。いざとなれば急所を蹴り上げて逃げれば良いのだ。が、できれば話の分かる人物であってほしいと願う。6人も候補がいるのなら、桜華一人抜けたぐらいで文句は言わないだろう・・たぶん・・・。
それにしても・・と今日の為に飾り付けられた自分の格好を見て桜華は恥ずかしさでいっぱいだった。アトランティスでの正装、それは金糸と銀糸を織り込んだ美しい一枚布を同様の帯と宝石のついたブローチで止めるもので、最初にティターニアが着ていたトーガのような服装がこれだったのだ。
あの千早が言っていたコスプレってこれのことだったのかと自分の格好をまじまじと見ながら思う。
普段は私たちの世界の洋服に似たもう少し手軽なものを着ているので、こういう格好をすると恥ずかしさが倍増だ。
胸のすぐ下で帯を巻くため、やたらと胸が強調されてしまうことや、きわどい部分から足が出ている所など、本当にこれが正装なのかと疑いたくなる。どこぞのRPGの踊り子がきていそうな感じだ。
その時、後ろでコトリと小さな音がした。
振り向くと、蜂蜜色の綿毛のようなふわふわした髪をもつ小さな女の子が本の隙間から自分を見ている事に気がつく。薄い緑色の目をもつとても可愛い女の子だった。だが、目が合った途端、少しおびえたように本の陰に隠れてしまう。
何か怖がらせてしまったのだろうかと思ったが、その後すぐに侍女達に捕まってしまい、気にはなったがそのまま引きずられるように顔合わせの会場へと向かったのだった。