クロエメライナの事情2
不思議な男だった。姿ははっきりと見えるが本体との繋がりが気薄なのが見て取れる。あまり長くこの状態でいると危ないだろうと思いつつも自分をまっすぐと見つめてきたその瞳から眼がそらせなかった。体が芯からぞくりと痺れる。ああ、自分の待っていたのはこれだったのだと狂喜に似た感情が支配したのだ。
そしてまた一目見た瞬間に感じたこの奇妙な訪問者が纏うオーラには見覚えがあった。そう、よく似ているのだ・・・あの桜華という娘の纏うオーラに。
千早と名乗った男は突如姿を消した姉を探して此処迄来たと言い、急ぎ姉を探しに行くという男を引き止めつつ、詳しく事情を聞き探りを入れる。そう噂されているのは知っていたが、どうやら本当に彼らはこの世界に属するものではないらしい。が、そんな事は自分にとってはどうでも良い事だった。しかし彼の話を聞くうちに分かって来た事もある。本人は知らなそうだが私の見る限りその力の有り様から見ても祖を同じくする民の末裔であることは一目瞭然だ。まあそれは自分のようにその者の本質とも言えるオーラを視る事の出来る者以外には分からないのかもしれないが。
今迄、魂だけの存在には幾度かであった事はあるが、自我を持ちこのように会話が出来るものなどいなかった。また、千早の方も彼の能力は未来予知であって、このような事態は初めてだと混乱していたようだが、自分と話すうちに色々と考え込むような仕草を見せる。そしてどうやら自分の置かれた状況や私への対応を考えながら話す所を見るになかなか頭の出来も良いらしい。こちらが一つでも多くの情報を引き出そうとすると同時に相手側も周到にある部分はうまくはぐらかしながらお互いの距離を計っていた。
こんな希有な魂に出会えた事を幸運に思いながら私は彼が最も危惧しているであろう、彼の姉の情報を提示した。桜華と呼ばれる娘が王妃、または側室候補として本宮入りしている事。そして彼女が望む、望まぬに関わらず、今もっとも王妃の座に近いと噂されている事などを。
彼は今迄で一番驚いた顔をしたがすぐに矢継ぎ早に質問をしだした。
「やっぱり・・あの男か」小さく呟いた千早の声を聞き不思議に思い聞き返すと、丁度約半年前、彼女の彼らの世界から無くなる前の日に見た夢の事を教えてくれた。私が語った王子の特徴から思いあたったらしい。
桜華自身が望まぬ婚姻なのであれば、身内としても認めるつもりは毛頭ないと言いきった男、そして其処迄想われる彼の姉を少し羨ましくも思いながら私はあえて黙っていた。もう遅い。王子があの娘を手放す事はないだろうという事、そしてこの私がそうであるように・・。
しばらくすると、だんだんと彼の体が薄れ始めてきた。どうやら本体へ戻る時間が来たようだ。とりあえず私は姉を心配する千早にある条件を出し、それを飲んだ彼に自分が調合した体と魂の繋がりを強くする香といくつかの薬草を持たせた。完全に彼の姿が消えてしまう前に握らせた包みは彼と一緒に消えたのでちゃんと持っていけたのだろう。
聞いた所によるとしょっちゅう熱を出して寝込む虚弱体質らしいがそれは一重に彼の能力と体の使い方とがうまく合わさっていない事もあると考え、とりあえず持たせた薬でどのくらいの効果が望めるか、また戻って来た時に聞ければ良いだろう。もし薬が合えば随分と力も安定するだろうし、それにそう遠くない未来に彼もまた姉のように今度は魂だけでなく実体を伴ってこのアルティマイナへ訪れる事になるだろう・・・それは確信に近い。彼もまた選ばれた者なのだ。この閉塞した国を救う手助けとなる者達・・。
これからの事に期待を膨らませ、私は眠りについたのだった。