クロエメライナの事情1
クロエは読んでいた本から目を離すと寝台から離れた窓の外へと目を向けた。先日出あった面白い男の事を考えると心が踊る。彼はこの退屈で陰謀に塗れた王宮で屈折していた日々を期待へと変わらせてくれたのだ。
もともと、クロエの一族は王家から幾人もの直系が嫁してきた名家である。遥か昔には呪術を担う一族として、そして今現在では多くの優秀な医師を排出している名門貴族、自分はそんな家の長子として産まれた。
家の家督は4歳離れた弟が継ぐ事となっており、次期王となる皇太子が決まってからは、その花嫁候補としてあらゆる教育を徹底的にされてきた。
その中には相手となる王子を確実に落とす為の秘薬を使った房術やあらゆる毒薬の知識まであり、それらを優秀な成績で修めた自分に対して多大な期待を寄せられている事は分かっていたが、はっきり言って気乗りはしなかった。確かに王子はアルティマイナの至宝の宝石と呼ばれる王姉のティターニア様そっくりの稀に見る美貌でその危うげな美貌は観察している分においては最高である。
だが、見る分には良いとしても恋愛対象としてはどうかと問われると、彼は私の好みからはいささか外れていた。私は幼い頃から見えざる者を見る眼に長けており、オーラを見る力もあったのだが、王子のオーラはそれこそ太陽の様に強大で輝きまくりたまに見るのであればともかく、毎日あのような気に当てられて生活するには疲れすぎる。妃なんてとんでもないし、則妃でもごめん被りたいところだが、そんな事は言えるはずもなく父が放った監視の手前、出来るだけ他の者と同じく王子に近づいてアピールを繰り返す毎日。だが、聡い王子は本当のところ、私にそんな気がない事を気がついていたのだろう、憂鬱でしかなかった王子との初夜の順番が廻って来た時、無理をしなくても良いと言われた時には心底ほっとしたものだ。一応しきたり通り、1週間は毎晩自分の元へ通ってきていたが、実際の所その間、彼が自分に触れる事はなかった。
さすがに父からの監視も王子が部屋にいる間は届かないがかといって、彼のオーラが消える訳でもないので、違う意味において疲れたのは仕方がないのかもしれない。王子が通ってきた1週間の間表面上はとりとめの無い話ばかりをしていたが、時には鋭い問いを幾つか投げかけられる事もあり、それだけで彼が表面上取りつくっている優面だけの人物でないことが伺い知れた。
私の小さい頃の夢は自分を可愛がってくれた祖父のような偉大な医師になることだった。残念ながら、自分の立場上それは許されることではなかったが、一度願った夢はそう簡単に諦められるはずもなく、親の目を盗んであらゆる書物を読みあさり、時にはお抱えであった、医師に質問等を繰り返したりして自分なりに勉強してきたのだ。
父はそんなことは望んでいないだろうが、妃、もしくは側室候補から外れたら医師の道に進むつもりでいる。実のところ,自分にはある目標がありそれを叶えるためにおいてはこの妃選定の場はある意味願ったりした場でもあったのだ。だがそれを王子に言いだすまでにはかなり時間がかかった。自分のもとに通ってくる最後の夜、それを打ち明けた時、とても驚かれたが同時に私の考察に対する様々な回答に興味を持って下さり、約束してくれたのだ。この選定の儀が終わった後、アンブローシア姫に付けられている医師の一人として迎えられる事を。
祖父は長い間、呪いとも恐れられたあの能力について研究を続けてきた一人者であったが、幼い姫の処遇に心を痛めながらも何もできなかった自分をとても責めていらした、その祖父の研究を父に内緒で私が受け継いでいたのだ。それを聞いた王子はとても驚きながらも初めて胡散臭くない本物の笑顔を向けてくれた。
確かに王子は私の好みではないが、さすがに心からのその笑顔にはぐっとくるものがあった。
もうひとつ、私の好みといえば実のところどんぴしゃりな人間がいたのだ。それにあった時、私の心は大きく音を立て思わずすり寄ってほおずりしたくなる動作を抑えながら私と同じ黒髪を持つ少女を凝視した。
弁解するが私は決して同性愛嗜好ではないのだが、彼女の放つそのオーラを目にした途端、その類い稀な能力のかけらに気がついたのは私ぐらいではなかったと思う・・。それが桜華と呼ばれる同年代の少女だった。
もし彼女が男であったならそれが例え王子であったとしても逃しはしなかったものをと口惜しく思ったがしばらくの間私はその少女を観察することに努めた。私と同じくどうやら恋愛的な意味において王子にはまったく関心が無さそうな所が面白くもあり、それ以上に人間離れした感の鋭さには舌をまくばかりだ。
時折、生身の体から離れ近づこうとしたこともあったが、結界のようなものに阻まれ近づく事も難しいが,見える訳では無さそうなのに、時折訝しげにこちらを凝視された時には胸が躍りそうになった。
どうやら王子も桜華に興味をもっているらしい事が分かった時にはさもありなんと思ったものだ。きっと王子は彼女を正妃として迎えるだろうとその時に思ったが現実にその方向に向かっているらしい。そんなとき、ふと部屋の中で違和感を覚え振り向いた先にあの男がいたのだ。