Side千早 〜手がかり2〜
体が重い・・・沈み込んで行くような感覚・・・ああ、これはいつものゆめだ・・・
神経を研ぎすまさせて目を開くと眼下に見えたものは今までにどんな映像や本でも見た事のない巨大で優美な宮殿だった。大理石の柱が何本も続き、また白亜の建築物が周りの緑と美しく呼応している。
しばらくの間、その美しさに目を奪われそしてすぐに思い至った。
これは姉がいなくなる前の晩、半年前に見た世界なのだと・・・。
すぐにでも姉を捜しに行きたいが、自分にはゆめをコントロールする事が出来ない。それらが見せるものをただ受け止める事しかできない自分に苛立を覚える。
ふと次の瞬間からだが引き寄せられるようにその巨大な宮殿の一室へと向かう。
その部屋はその白く美しい宮殿とは対照に黒っぽい重厚な家具と訳の分からない品物で溢れていた。
ふと視線を感じて振り向くと奥の厚手のカーテンの向こうに誰かがいる・・。美しく黒い髪・・・まさか?!だがその人物は前髪を長く垂らしていて表情が伺えない。姉とは違うと落胆したがその次の瞬間思いもしない出来事が待っていた。
「・・・・あなた・・誰?」まっすぐに自分に向かって歩いて来た人物の隠された前髪の奥の瞳が確かに自分を捕らえていた。まさか自分が見えるのか・・?しかも彼女が喋っている言葉は分からないにも関わらず、直接心に語りかける様に相手の言葉が理解できた。
「俺が見えるのか?」今迄幾度となく夢見をしてきたが異界らしき地でまさかこんな状態で話しかけられるなどと思いもよらなかった・・・
「見えるわ。でもこんなはっきりとした思念体を見るのは初めてね。このアルティマイナの民では無いようだし・・・。とても興味深いわ・・・ねえ、貴方はどうして此処へ来たの?」
部屋の中に見知らぬ男、しかも半ば霊化している自分を見ても驚く事無く淡々と述べる人物に興味を覚えつつ長い前髪の奥に隠された美しい翡翠の瞳に目を奪われた。
「どうして・・か、それは自分でも分からない。昔から良く「ゆめ」を見て来たけど・・・此処に来たのは、いやこの世界に来たのは2回目だ。俺の事が見える人に出会ったのは初めてだから、本当ならもっとゆっくりしたい所だけど、いつこのゆめから醒めるのか分からないから探しに行かないと・・・」
「探しに?何を?」その人物はゆっくりと首を傾げながらなおも不思議そうに自分を見つめたまま問いかける。
「姉さんを・・きっとこの世界にいる。それは確かに感じられるんだ。桜華姉さんっ!」
次の瞬間目の前にいた黒髪の少女はわかったとばかりに大きく頷いた。
「ああ、だからなのね。貴方、あの人の姉弟なのね。何処かで見たと思ったら・・・。」
「姉を知っているのですか?!」
「ふふ、知っているわ。だって今この王宮で最も話題に登る人物ですもの。あの王子の思い人・・・そうでしょう?」
「そうでしょうって・・・一体どういう?」目前の不思議な人物の言葉を頭の中で反芻しながらその言葉の持つ意味を考える・・・彼女は何と言った?王宮・・王子?!
「あら、何も知らないの? ポリヒュムニア候が養子に迎えた、次期アルティマイナの王アクロティヌスの妃候補としてこの宮殿に来た娘は今や王子の心を掴んで虜にしているというもっぱらの噂、私はどうでも良いのだけど、私のお父様や他の諸候には面白くないようね・・・。でも王子のお心はきっともう決まっているわ。」そう言いながら娘はつまらなさそうに手に持っていた扇をパチンと閉めた。
「は・・?」姉が妃候補?何の冗談だと思いつつ、いつか見たゆめに出て来た姉を見つめていた男の事を思い出した。
「その話、もっと詳しく聞かせてくれないか?」
「良いわ・・・貴方が私の退屈しのぎになってくれるのなら。でも、貴方・・・あまり長くその思念体でいるのは止した方が良いわよ?とても体に負担がかかるもの・・・。そうね、貴方が私の相手をしてくれるなら、良いものを差し上げるわ。きっと役に立つわよ?
そうそう、それから貴方のお名前はなんて言うのかしら・・?私は・・クロエ、古の王家の血、呪術と医術を受け継ぐ一族。」