予感
授業が終わると桜華は帰り支度を始めた。いつもならば、もう少しゆっくりしていられるのだが、午前中に入ってきた母からのメールの為だ。
「東紀さん、今日は早いんだね。」隣の席に座る男子が話しかけてきた。
「ああ、うん。そうなんだ。今日はちょっと用事ができて」
「へえ・・どんな用事?って聞くのはやぶ蛇なのかな・・。」と聞こえるか聞こえないかの小さな声で男子生徒は呟き、桜華に微笑む。
「そうか、じゃあ、今日は図書館の君が見られなくてみんな悲しむだろうね?」
なんの事かと桜華は首を傾げて男子生徒を見つめる。
見つめられた生徒は少し顔を赤くして一瞬気まずそうに目を泳がせると、「じゃあ、また明日ね」と声をかけた。
軽く手を挙げ出て行った美貌の彼女を見つめつつ、男子生徒は苦笑した。図書委員であるだけでなく、本人もよっぽど本が好きなのか、放課後よく、図書室の一角で本を読む彼女を密かに守る愛好会が存在する事など本人は気にもしないのだろう。
たとえ読んでいる本が、某オカルト雑誌、「ムー」であっても、彼女、いや、滅多に学校には顔を出さない双子の弟の千早も含めて彼らがそこに居るだけで、何者にも犯しがたい場を作り上げるのだ。
***
早足で駅へ向かいながら桜華は今日届いた母からのメールの内容を思い出し,ため息をついた。確か、ほとんど約1ヶ月ぶりに届いたメールだったが、内容はというと・・・{ハロー、桜華元気にしてる?千早はまた熱を出したんだって?千早にあんたの無駄に有り余った体力の100分の1でもあれば良かったんだけどねえ。まあそれはともかくとして、大至急手にいれたい資料があるのよ。悪いんだけど、県立図書館までいって、PDFでファイル送ってもらえるかしら?詳細はお父さんからリストが送られてくるからよろしく!それじゃ、今日も元気で頑張るのよ?!おばあちゃまと鈴代さんによろしくねん*chu*}
我が母ながら、毎日メールを送っているにも関わらず1ヶ月ぶりに帰ってきたメールがこれかとがっくりするが、両親の子供に対する愛情が分からないほど馬鹿ではないし、子供でもない。両親が遺跡探索の傍ら、いつも千早の能力からくる体の弱さをなんとかできないかと各地で色んな物を探しては怪しい薬などを送ってきたりすし何より、桜華にとって、両親は憧れの存在でもある。
幼い頃から様々な遺跡やオーパーツなどの話を聞かされ,時には遺跡の発掘にもついて行き、その面白さにどっぷりとはまり込み、進路もこれまた考古学一本と決めずっと考古学の基礎から語学に至る迄英才教育を受けてきた。
将来は両親のような立派な考古学者に!と多少・・いやかなりオタク度が高い知識を増し加えつつ今の桜華があった。
えっと・・これで全部よね?父から送られてきたリストを再確認して、すべてのファイルを送り終えると桜華は窓の外を仰ぎ見た。
「雨・・・?」図書館に入る前は青空だったのが、今は薄暗く雲に覆われている。
今日の予報で、雨なんて言ってたかな・・・。
駅までそう遠い訳ではないので走って行こうと身を乗り出した瞬間、シャンシャンシャンと耳に聞き慣れない鈴の音が響く。慌てて回りを見回すが、突如起こった違和感に目を見開く。
前を通る車、行き交う人々、猫や鳩と言った動物迄すべてが色を失ったように停止していた。
「な・・・に・・・?」
周囲の静けさとは別に耳に鳴り響く鈴の音は高らかに速度を上げて行く。
現実ではあり得ないその状態に危機を抱きつつもあらがえない鈴の音がいっそう高く鳴り響いたとき、少女の意識と共にすべてが消え失せた。