平行を辿る押し問答1
連日部屋を訪れる王子を前に桜華は最近では困惑を隠しきれずにいた。
桜華にとって意外だったのは王子自らがまだ桜華の理解できていない古語や書かれている様々な事柄について熱心に教えてくれたことだった。だが、それと同時に桜華のバックグラウンドでもある地球の国々のあり方、また日本の歴史、政治、鎖国に対しての政策まで毎日数時間にも及び問答が繰り返される。
それと同時に今迄穏やかだった日常は崩壊を遂げていた。
最初に違和感に気づいたのは朝に欠かさず行っている自己鍛練の時、とっさに殺気を感じ飛び退いた場所には矢が刺さっていた。ある時には、図書室の本棚が倒れこみ、ある日には移動中に何者かに階段から突き落とされ、そして今日、たまに部屋に遊びにくる猫に私が手をつけなかった豆のスープを侍女があげた途端、その猫は苦しみ悶えて亡くなった。
これはどう考えても目の前にいるこの男の来訪から生じるありがたくもない余波に違いないのだが、さてどう話を切り出そうかと考えている時に相手の方から思いも依らぬ糸口が開けた。
「今日此処で猫が一匹亡くなったようだな?」
「ええ。私が食べ残した豆のスープを飲んで悶え死にました。」
「そろそろ・・・毒味と警護の数を増やすべきではないかと思うが・・・?」
「貴方が此処にさえ来なくなればそれらは必要では無くなります。」
「つれないな、我が愛しの君は・・。」そういって桜華の顔を覗き込む様にしてもし周りに侍女達が居たなら悲鳴のひとつも上げるような魅惑的な微笑みを浮かべるが、当の桜華は呆れた様に軽く王子を睨みつけた。
「王子自らこの古書について教えていただくのは本当に有り難く思っておりますが、どうやら外野は色々と無い事をあるように勘違いしている様子・・、これ以上被害が大きくなる前に王子自ら勝手に出回っている、愚かな噂を一蹴してもらえないでしょうか?」
「愚かな噂とは・・?」
知っている癖に!と桜華は内心で舌打ちをする。
「私が、貴方の后候補の最有力候補であるとか、貴方の寵を受ける姫だとかもろもろのそういった噂です!」
「別に何も間違っては無いと思うが?」
「なっ、何を言ってるんですか?!冗談にもほどがあるでしょう?」相手の素っ気ない、だが捨てておけない返事につい今迄の王子に対しての敬語が薄れ、素がでてしまう。またそれを面白そうににやにやと笑って眺める男に桜華は苛立を隠しきれない。我ながら未熟だとは思うがそもそも、自分がこんな目に逢うとは露程も考えてなかったのだ。本宮に来る迄桜華の頭の中にあったのは垂涎のお宝とも言えるアトランティスの秘密に迫る古書達、またはそれにまつわる品々の事・・もしも時間を巻き戻せるなら、あのときの自分に拳骨をくれたい気分だった。
「冗談ではない。俺がお前を正妃にと考えているのも、其方の事を愛しいと感じているのも事実だ。桜華がこれほど、政治や歴史に通じているのは嬉しい誤算でもあったがな。それに自分を守る手だても持っている。王家直属筆頭騎士のルワンドが驚いていたぞ?明け方に毒矢で襲われたところを見事はねのけたそうだな?あいにく犯人は取り逃がしたようだが・・・それにしてもその危機管理能力には目を見張る物がある。其方の話から察するになかなかに温い世界から来た割にはそれに見合わぬ度量ではないのか?」
どこから見ていたんだ・・この間の朝の鍛練中の出来事もこの男の側近に見られていたらしい。本当に厄介な事になってきたと頭をかかえたくなる桜華だ。
「あちらの世界でも、色々とありましたから。初めに言ったはずです。私は后などになるつもりは毛頭ありません。弟が迎えにくるまでの間、ここに滞在してこちらの文化や歴史などを学びたいだけだと。いつか帰ってしまう女を后にして何のメリットがあるんですか?大体私じゃなくても、嫁候補は片手に余るほど沢山いるじゃないですか?」
「問題ない。俺が必要としているのは只の馬鹿な飾りの妃ではない。それに帰ると言うが、お前の弟が迎えにくるという保証は何処にある? 姉上に保護されてからもう1年近く立つと思うがよしんばその弟がこの地に来られたとしても、帰れるという保証はあるまい?」