策略
遅くなりました。>_<
「どういう事なの?」薄暗い部屋に響く主のいらだちの籠った声に控えていた女はぶるっと小さく身震いする。
「これで何度目の失敗だと思っているのかしら?本当に食事に混ぜておいたのでしょうね?」
「も、もちろんです。ですが・・・、薬を混ぜた物に関しては毎回いっさい手をつけないのです。」
「毒見をするものは居ないのでしょう?毎回毒の入った皿だけを抜かして食べるなんて芸当ができるはずもない。だとしたらお前が本当に毒を入れたのか疑わしい事だわ。」
「そんなことは決してありません。どうか、もうしばしお待ち下さい。今迄の事は偶然でございます。今度は、一皿ではなく、全ての皿に・・・ですから今度こそ!」
女は床に這いつくばる侍女を尻目に先の尖った己の靴で、侍女の手を踏みつけた。
侍女が小さく声をあげるのを冷ややかに見下ろし言った。
「もう一度だけチャンスをあげるわ。もし、今度こそ成功しなかった場合にはわかっているでしょうね?」
「・・・もちろんでございます。」指先に走る激痛に耐えながら床に這いつくばった女が答えた。
侍女が出て行った後、女は部屋の片隅に飾られていた花を抜き取り握りつぶす。
「本当に忌々しい女・・・。どうして王子はあんな女などに・・。」
当初、王姉ティターニアと、後見人であるポリヒュムニア候を後ろ盾にして、后候補の選定式に割り込んで来た女・・。容姿は確かに美しいとはいえ、どこの馬の骨かもわからぬ養子など敵ではなかったはずだった。
今迄政治の局面に表立って出て来た事のないポリヒュムニア候が後ろ盾になったことで、一時は対峙するすべての貴族間に緊張が走ったが、顔合わせの儀を終え、また舞踏会が終わってしばらく立つ頃にはその女は完璧に候補から落ちこぼれた存在だったのだ。
それなのに・・・情勢が変わってきたのはつい最近の事だ。それまで、王子は候補達をこれといった特別扱いもせず、同等に扱われて来た。それぞれの候補が王子に最大限のアプローチを仕掛けているにも関わらずだ。
先日、4人目の候補との1週間の伽が終わり、今度は自分の番と言う時になって、王子の行動に変化が訪れた。
何を思ったのか、毎日あの忌々しい女の部屋へ通うようになったというのだ。
この事について出足をくじかれたと思ったのはもちろん自分ばかりではない。他の候補達にとっても寝耳に水であった。
その事をサロンで聞いた時、唯一、北のオウラニアだけは面白い事を聞いたとばかりに笑っていたが、こちら側にとっては冗談ではない。
王子の幼馴染みであり王妃の最有力候補と呼ばれていたオウラニア姫が実際のところ、王子との結婚に否定的であると分かった後、どれだけ自分たちがその情報に沸き立った事か。もし側室になれたとしても、王妃と側室の実権の違いは比べる迄もない。これから王子が夜自分の部屋を訪れる際、どうやって王子を口説き落とそうかと考えていた矢先、王子がすでに候補としては忘れ去られていたはずの女の元へ足しげく通っているとの知らせがもたらされた。
しかも、偵察に向かわせた者曰く、それだけでなく、あの王子が、熱心にその女を口説いているというのだ。
最初はどんなガセネタだと嘲笑に伏したが、事実、王子はその女のもとに毎日通う様を見て、それが真実だと知った。
何故?と考える余裕もなく、限られた時間の中で順番の廻って来た夜伽の時間を駆使して王子にもその本意のある所の探りを入れるがのらりくらりとそらされ、熱い塊に翻弄され朝を迎える。
邪魔者は早めに駆除するのが好ましい、そう思っているのは自分ばかりではないだろう。噂がささやかれるようになってから、あの女の元に他の候補達からの刺客も差し向けられるようになったはずだが、他の陣営よりも手薄なはずの女は今日も何も無かったかのように王子を出迎えていた。