廻り始めた歯車ー日常の崩壊ー
一体どうしてこうなったのか・・・ここに頭を悩ませる一人の乙女がいた。
「桜華様、お食事の支度ができました。」
ミルハの言葉にのろのろと座っていたベルベット生地のソファーから立ち上がり、テーブルにつく。今日の食事もいつものように全てが整えられ美味しそうだ。
ゆっくりと手前にあった柔らかいパンを手でちぎり口に放り込む。食事が進むにつれて目前の桜華の好物である、ひよこ豆らしきもののスープに手をかけようとしたが、何となく今日は食べる気にならない。スプーンを持ってみたものの、即座にテーブルに戻し、食事を終える。
「あら、桜華様。今日は大好物のスープは召し上がらないのですか?」不思議そうにミルハが問う。
「うん、今日はなんか食べる気にならなくて。ごめんね、悪いけど全部下げてもらえるかな? 殿下がくる前に一通り読んでおきたいの。」そういってまたぐったりとソファーに身を投げ出すと桜華は一冊の重厚な本を手に取った。
そんな桜華を労りながらも何処か誇らしげに嬉しそうな侍女達が後片付けをしながら見守る。
桜華自身が感じる穏やかだった日常の崩壊は数週前に遡る。あれは確かティターニアと面談した2日後の午後、いつも通り意気揚々と人気の少ない図書室に向かった桜華を出迎えたのはアクロティヌスだった。
「し、失礼しました?!」思わず反射的にドアを閉めかけた桜華だったが、ばんっと足を挟みつつ、自分の腕をつかむ男の顔をおそるおそる見上げるとそこには顔合わせの儀で見た胡散臭い笑顔を浮かべる殿下がいた。
「・・・・あの、えっと、なんの御用でしょうか・・?」さすがにこの状況で逃げる訳にもいかず日本で培った必殺外用の仮面をかぶり一応義理の父からうるさく教えられた淑女の笑みを浮かべる。つまりは王子と同じ外用の猫の面だ。
「桜華殿とは顔合わせの儀以来、ほとんど対面することが無かったから一度じっくり話しをしてみたいと予々思っていたんだ。それに・・私の娘アンブロシアも此処で君に世話になったらしいから、そのお礼も兼ねてね。」
アンブロシアの名を聞いて、少し警戒を解いた桜華を畳み掛ける様にアクロティヌスは事前に姉から聞いていた桜華に有効だという奥の手を出した。
「それともう一つ・・娘の相手をしてくれた礼に以前から申請されていたアトランティスの古文の貸し出しを許可しよう。」
「本当ですか?!」
そこには先ほど迄自分を胡散臭げに見ていた少女とは到底同じ少女とは思えぬ、心からの笑みを目にした途端何故か心臓がぎゅっとつかまれるような感覚を覚え自分でも動揺するのを感じる。
動揺を悟られぬ様、あくまで笑みを浮かべたまま、アクロティヌスはゆっくりと息を吐き言った。
「ああ、本当だ。ただし、君がその古文を読む間は、私と一緒に居てもうことになる。」怪訝な顔を浮かべる桜華を引き止める様になおも言葉を紡ぐ。
「なんといってもあれらはそれぞれ1冊づつしか現存せぬ貴重な物だ。本来なら王家のものしか読む事を許されぬ物なのだ。それゆえ扱いには気を付けなければいけない。」
「・・それは分かりますけど、王子はとても忙しくいらっしゃる方ですし、わざわざ時間を割いてもらうのは申し訳ありませんし。」なんとか王子との接触を避けたい桜華ではあったが、結局本の魅力と王子の説得に負けてしまい、それを承諾してしまったのが、運の付きだった。
やっと王子が本格的に動き出しました。それに連動して他の側室候補達も動き出します。平穏な日々とおさらばです。