深夜の密談
一人目の候補との7日間を終え、その夜、二人目の候補の部屋に訪れたアクロティヌスは早々に部屋にいた侍女達を下がらせ、差し出された葡萄酒に口をつけた。
「久しぶりだな、オウラニア。こうして二人で逢うのはいつぶりだったかな?」
「そうね、本当にお久しぶり・・・。」アクロティヌスの視線を受け、オウラニアは婉然と微笑む。
「・・あの事があってからお前は滅多に本宮へ近寄らなくなったが・・・、お前はこの話は断ると思っていたのだがな?」
「できればそうしたい所でしたけど、そうも言ってられない事情がありましたのよ。己の運命から逃げる事が出来ないのは貴方も同じでしょう?」かといって運命に翻弄されるだけの小娘ではいられない。それは自分にとっても、そして目の前にいる彼にしても同じはずだ。そう、私たちは強くなると決めたのだから・・あの時から。
「・・・。北の事は少々耳にしている。俺としてはお前が正妃となるのはやぶさかではないのだがな。だが良いのか?お前昔からジュニュファスの事が好きだっただろう?」
「本当に嫌な男ね・・。この後に及んでそういう事を言うなんて。」
「よく言う。お前こそ俺と寝る気はさらさらないのだろう。」
「まあそうね、どんなに顔が良くても貴方だけはお断りだわ。」そういってオウラニアは何かを思い出したかのように美しい顔を歪ませた。
「っふ、まあ良い、話を聞こう。何か策があるのだろう?聡明と名高い北の惣領姫。」
「そうよ。私が此処へ来たのは貴方との直接交渉の為。この儀式の間は鬱陶しい蠅達はついて来られない。彼らがいたらまとまるものまとまりやしない!」オウラニアは吐き出すように言い募る。先ほどまでの淑女然とした雰囲気から口調もややさばさばしたものと変わっている。王子は内心苦笑しつつ懐かしい馴染みの顔を凝視した。
「そちらも相当腐敗が進んでいると言う事か。」
「でなければ、わざわざこんな悪趣味な儀式に参加しないわ。まったく他の候補達も貴方のうわっつらしか見てないのでしょうね。私なら絶対にお断りだわ・・こんな中身真っ黒の腹黒い男。お人の良い女神のようなティターニア様と血が繋がっているとはとても思えないわね。」
「言いたい放題だな・・・。まったく、これでも俺は次代の王だぞ?」
「そうね・・。腹黒だけど政治的手腕は認めるわ。ああでも貴方のうわっつらに騙されてない貴重な候補がもう一人いたわね。」そういいながら面白そうに笑うオウラニアをむすっと睨みつつ聞き返す。
「ポリヒュムニア候の養子の事か?」
「ええそう。舞踏会の時に少し話しをさせてもらったけれど、なかなか面白い娘ね。貴方の側室にはもったいないわ。でもあの子、トトス神が選んだ娘なのでしょう?案外本当に彼女が貴方の運命の相手なのかもね。もしそういうものがあるのだとしたら・・・」まあそうだとしても彼女を落とすのは大変だろうけど・・と心の中で付け足す。
「なんだそれは?」
「あら・・・?知らなかったの?」意外そうにオウラニアが王子を見つめる。
「私が調べた限りではティターニア様が手を回してわざわざポリヒュムニア候の家に迎え入れさせた娘は、巫女のティターニア様が神殿で祈りを捧げてトトス神から使わされた娘だと裏では評判よ?本当は何処の出なのか・・舞踏会の時に色々と粉をかけてみたけど旨くかわされたわ。」
「・・・ふむ。姉上とは一度会って話をする必要性がありそうだな。」まいったと言わんばかりにクロティヌスは額に手を当てた。確かに姉上の巫女としての気質は疑う迄もないが、まさか自分の妃選びにこういった形で関与してくるとはゆめにも思わなかったのだ。オウラニアが言う様に本当に運命などを信じている・・・訳ではないだろうと思いたい。彼女があの事があってから自分の事を気にしてくれているのは分かっているが、この儀がどういったものかを知っているはずの彼女がどこの馬の骨ともわからぬ女を本宮に送りつけてくるとは・・・。私があの娘に惚れるとでも本気で思っているのだろうか?
頭を振りつつ、とりあえずその件に関しては後回しにし、オウラニアの部屋では男女の営みが行われる事も無く交渉と言う名の政治論が明け方まで続く事となる。