隠し姫
「失礼致します。私はアクロティヌス王子の側近でジュニュファスと申します。こちらでアンブロシア殿下を保護して下さっていたとか・・・心よりお礼を申し上げます。ふとした隙に寝室から抜け出されてしまったようでずっと探していたのです。」
部屋に入って来た美青年は油断ならない笑みを浮かべている。
「そうでしたか・・。ええと、・・あなたがシアのお父さん・・・じゃないわよね?殿下ってことはこの子、もしかして王族なの?」
「・・はい。そうでございます。」
「じゃあ、ティターニア達の腹違いの妹とか・・・?」
「いえ桜華様・・。僭越ながら、余計な詮索はなされませんよう。おい、連れて行け。」
そういって男は共に来た乳母に声をかける。
近づいてくる乳母から逃げるようにシアは私の足下までたどたどしく走りより揺れるスカートの裾はしを握りしめた。潤む瞳にほだされつい手を差し伸べようとしたが,それよりも早く乳母に抱き上げられ連れて行かれるシアを複雑な気持ちで見送る桜華だった。ついでジュニュファスが出て行った後、憮然とする桜華にミルハがおずおずと話かける。
「桜華様、アンブロシア様はおそらく隠し姫でございます。」
「隠し姫?それは一体なんなの?」
「以前から王宮勤めの侍女達の間で噂になっていたのですが、あの方はおそらくアクロティヌス王子の第一子であられるアンブロシア姫でしょう。」
「・・・は?娘ってあの・・王子の?」
「はい」
「え、でもあの子2〜3歳ぐらいだよね、なに、それって15歳ぐらいの時にできた子供ってこと?!」
恋愛事に疎い桜華は驚きの声を上げる。ええ、それって、つまり中3ぐらいで父親になったって事だよね、どんだけ?!てか子供がいるって事は母親も存在するわけで、え?じゃあなんでわざわざ妃選定なんてするわけ?と頭の中でぐるぐると考え込む桜華を他所になおもミルハは説明を続ける。
「桜華様は確か、舞踏会で王子の幼馴染みであられる北の惣領姫に出会ったといっておられましたが、王子にはオウラニア様以外にもう一人馴染みの姫がおられました。アンブロシア様はその姫がお生みになったお子様でしょう。
私も噂には聞いていましたが,実際にこの目で見るのは初めてです。」
「え、ちょっとまって。その人が居るのならわざわざこんな選定式やる意味はないんじゃないの?!」
「いえ・・・。そのアンブロシア様の母君はもう儚くおなりになってます。」
「それって、亡くなったって事?だから新しい母親が必要なの?」
「いえ、もし桜華様が王妃となられたとしても、アンブロシア様のお世話をなさったり母親として何かを求められるということは無いと思います。」
「・・・どういうこと?」
「隠し姫とはその名の通り、隠された姫、つまり面にでてくる事のない姫の事を言います。今迄もこの王宮の中に幾人かの隠し姫が存在したと聞いております。」
「意味が分からない。どうして隠す必要があるの?仮にも王家の跡継ぎみたいなものでしょう?」
「私にも詳しい事はわかりません。どうしても気になるのであれば、一度ティターニア様にお聞きになってみるのが良いかと。私の口からはこれ以上申し上げる事はできません。」
いやいや、そこまで言っといてそれはないだろうと思うが、ミルハはそう宣言した後,それ以上の事は教えてくれそうになかった。
この幼女との出会い、それは王宮にきてからさほど何事もなく穏やかに?暮らしていた桜華の生活に一粒の石が投げ込まれた出来事、そしてそれは波紋となり広がり桜華の運命を変える一粒となっていく事を知るものはまだいない。