訪問者
顔合わせの議が終わった後には、貴族達への妃候補のお披露目が待っている。いつもならば、ほとんど公式の場に姿を表さないポリヒュムニア候も、今回に限っては養女となった娘の後見人として久しぶりの社交界に顔を出すと巷ではもっぱらの噂だった。
「は〜・・・」桜華は今日数えるだけで10回目の大きなため息を吐いた。
「桜華様、そんな盛大なため息をつかれなくても・・」
「だって、今日はお義父様がくるんだよね。」
「ええ、舞踏会の前に、こちらに顔を出されると聞いてますからもうそろそろいらっしゃるのではないでしょうか?」
「いちいち様子見に来なくても良いのに・・・。」
「何をおっしゃっているのです。バシル様は本当に実の娘の様に桜華様を目に入れても痛くないほどに可愛がっておいでです。この度のお支度もどの候補に負けないものを揃えて、張り切っていらっしゃいましたものね。さすがに桜華様とお離れになる時は少し寂しそうでしたわ。あの侯爵様がこんなにも溺愛されるなんてって侍女仲間の中では有名な話ですのよ。」
「いや,溺愛っておかしいから・・。」
「何をいっている。そこの侍女の言う通り、私がお前を溺愛しているのは周知の事実ではないか。」
「お義父様!」突如部屋に入ってきたのは年の頃、60歳前後のグレーの髪を綺麗になでつけた品の良い紳士だった。
「久しぶりだな、娘よ。」
「久しぶりっていっても出発前に会ったと思うんだけど・・。」
「愛しい娘の姿を3日でも見ないと寂しくて溜まらないよ。さあこちらに来て顔を良く見せておくれ、桜華。」
どの口が言ってるんだ・・・と正直半分あきれながらこちらの世界で義理の父?となったバシルの元へと近づく。バシルの後ろで小刻みに肩を震わせながら笑っているのは義理の兄となった三男のアドニスだ。
目の前に立つ桜華に目を向けにやりと笑いながらバシルが問う。
「顔合わせの議はどうだった?王子・・・アクロティヌスをどう思ったかね?」
「あー、ええとそうですね。一言で言うならうさんくさい人でしょうか?」
「お、桜華様!」慌てたようにミルハが叫ぶ。
「がっははは!」だが同時に答えを聞いて笑い出したバシルの声に遮られる。
「さすが我が娘だの・・。くっくく、そうかうさんくさい男か、、まあ確かにな。」他の者が聞けば不敬罪だと追求されそうな話題を平然と口にする桜華達に周りにいた侍女達も多少呆れ気味に眺める。
そんな雰囲気を払拭するようにアドニスが朗らかに口を挟む。
「父上、いくら父上でも王子に対して失礼ですよ。まあ、確かに彼は一筋縄では行かない所もありますけど、根はとても優しい子です。」
フォローを入れるアドニスに桜華は、そういえば、アドニス兄さまって王子と一緒に勉強されてた仲なんだっけと思い出した。義父に教育を施されただけあって、一癖も二癖もあると思った感想はあえて言わないでおく。
「ふむ、まあこれから3ヶ月の間お前の目であの小僧を判断するが良い。きっと面白い事になろうて・・。」
「別に何も面白い事なんてありません。ティターニアだってこの茶番が終わったらきっとそう思うにちがいないわ。」
「まあまあ、桜華、この王宮では大変な事もあると思うけど、きっと君に取って有意義なものも見つけられると思うよ。」そういって微笑むアドニスに桜華は少しひるむ。24歳の男盛りのこの義兄に桜華は弱かった。義父も分かっていてアドニスを連れて来たに違いない。
結局舞踏会が始まる時間まで、訪ねてきた義父にまたしてもみっちりと行儀作法と講義を聞かされた桜華だった。