遊び人な令息は、婚約者に浮気された令嬢が放っておけない
ラウルが彼女と出会ったのは、従兄弟に招かれたパーティに参加した時の事だ。
特に目的もなく、ただ娯楽を楽しむための催しを夜な夜な開くのが貴族の間で流行しており、そこかしこの屋敷で行われている。
騒がしく、羽目を外しやすい環境のせいか時にはトラブルも起こるが、普段味わえない刺激を求めて、こぞって多くの貴族達が参加した。
かく言うラウルもその一人だ。
その日もそれなりの量の酒を呑み、ぼうっとする頭と熱い頬を冷やそうとバルコニーに出ると、金髪の女性の姿が目に入った。
その女性は手すりに手を置き、眼前に広がる庭園を眺めている。
ラウルは酒の力で、気が大きくなっていた。
その女性の横に並ぶと、手すりに頬杖をついて彼女を見つめる。
余程庭園に興味があるのか、ようやくそこで彼女はラウルに気付いた。
開かれた緑の瞳が、月に照らされてきらりと光る。
「素敵な庭園ですね」
「…え、ええ」
こちらを向いた彼女は、好みの容姿をしていた。
ラウルは何も考えずに声を掛けたが、これは思わぬ成果だと思う。
「お好きなのですか?」
「…あ、いえ、その…」
何故か言い淀む彼女に、ラウルは首を傾げる。
ラウルがこういったパーティーで女性に話しかけることは、これまでも何度もあった。
大概相手も酒で気が大きくなっている事が殆どで、こんな突拍子のない出会いにも抵抗がない人達ばかりだった。
その為、この様な不慣れな対応をされると、この場では逆に不自然に映る。
「初めてですか?こういったパーティは」
「…はい」
(やはりそうか)
そう思ったラウルは、目の前の人物の装いを見る。
ドレスは極力肌を見せない様なデザインになっており、髪はきっちりと結われていた。
このパーティに参加する様な女性は、胸元が大きく開かれたデザインを好み、髪は結われていない事が多い。
公式な場での舞踏会とは違う装いができる事が、この様なパーティが人気の理由でもあるのだ。
だがある意味新鮮ともいえる。さらにラウルの彼女への興味がふつふつと湧く。
「ラウル・ケインズと申します。このパーティの主催者の従兄弟にあたります。
今までも何度か参加してきましたが、あなたの様な美しい方は初めてお見かけしました。一体どういった伝手で?」
「…なぜ言わなければならないのです?」
彼女は、ラウルの問いかけをはっきりと拒否した。
実はこのパーティは、主催者の知り合いでないと参加できない。
友人の友人で、辛うじてセーフ。そのまた友人となるとアウトだ。治安が悪くなりがちだからこそ、こうした統制がとられている。
意外にも、信用だけで成り立っていた。
だからこそ、見慣れないこの金髪の女性がどういう伝手でここにいるのか、ラウルは気になった。
本気でこの女性を口説くか否か。それを見極めるためにも必要な情報だったのに、ばっさりと切られてしまう。おかげで一瞬で酔いが覚めた。
これはしつこくすればする程、嫌がられてしまうパターンだと、ラウルは察する。こういう時は諦めも肝心だ。
(この様な美しい女性が、この世にいると知れただけでも、良しとしよう)
さっさとそう切り替えて、ラウルは頭を下げて言った。
「大変失礼致しました。どうか私の名前だけでも覚えて頂ければ幸いです。では、またどこかで」
そう言って礼をした時、庭園から木々がざわめく音がした。
動物だろうかと、音の鳴る方へ思わず視線を向けると、彼女がラウルの両肩に手を置いた。驚いたラウルは視線を戻す。
「…ごめんなさい!」
彼女は小声でそう告げると、ラウルの肩をぐっと下へ押した。何が起きたのか理解出来ぬまま、二人でその場にしゃがみ込む。
「…な、なに」
「しっ!」
彼女が口元に人差し指を当てて、静かにしろと言わんばかりにそう言った。訳も分からず黙っていると、人の声が聞こえ始める。
「…ほら、誰もいないじゃない」
「おかしいな…人の声がした様な気がするんだが」
男女の声だ。どうやらラウル達の声に気付いて、庭園の物陰から出てきた様だった。
うまく月夜の影が二人を隠してくれて、こちらには気付いていないらしい。ラウルは手すりの柱の隙間からそっと覗く。
(あの男…見た事あるな。隣の女性は知らないな)
男の方は誰かが連れて来て、一度話した事があるくらいの人物だった。すっかりこのパーティの常連になっていたらしい。
「…ねえ、いいから続きをしましょう?」
「…いいけど…声を出すなよ?」
「ふふ…誰のせいよ」
そして二人は先ほどよりももっと奥の方へと、姿を消していった。
「…あの、どういう」
事情を問おうと彼女を見た。それだけで全てを察した。
「……っ」
大粒の涙が彼女の瞳から溢れている。呆然としていると、彼女は自身の手で強く涙を拭って言った。
「巻き込んじゃってごめんなさい。どうかここで見た事は、内密にお願いします」
そしてすっと立ち上がると、その勢いのままどこかへ行ってしまう。
ラウルはあまりの展開の早さに脳が追いついておらず、やや遅れてから立ち上がった。慌てて彼女の後を追う。
「お、ラウルどこにいたんだ?」
「ラウル!こっちで飲みましょうよ」
「どうした?ラウル」
会場に戻ると、矢継ぎ早に知り合いに話しかけられ、適当に応対するもどんどん彼女の背中が遠くなる。
途中からは全てを無視して、人をかき分けながら追いかけたが、結局捕まえる事はできなかった。
それが彼女ーーロザリー・デルエストとの出会いだった。
彼女の名は、主催者の従兄弟から聞いた。
ラウルは庭園ですっかり楽しんで帰って来た例の男を指差して、あいつに婚約者はいるのかと従兄弟に尋ねた。
その返ってきた答えが、ロザリー・デルエストという訳だ。
恐らく彼女は自分の婚約者が女遊びに興じていると聞いたか、調べがついたかで、真相を確かめにきたのだろう。その結果、真っ黒だった、という訳だ。
突然だったとはいえ、ハンカチの一枚すら渡せなかった事をラウルは悔いた。
ただ、自身の手で強く涙を拭う彼女の姿は、とても印象的だった。
あの服装と髪型からして、奔放という言葉とは無縁の人生を歩んできたのだろうとラウルは推測する。正直、そういった女性はどちらかといえば苦手な筈だった。
それなのに、何度も思い返している自分がいた。
それからひと月が経過した。もちろん彼女がパーティに来る事はなく、相変わらず男は女遊びをしているし、婚約が解消されたという話も聞かない。
潔癖そうな人間なのに、好き勝手させている事が意外だった。おかげで、ラウルの苛つきは溜まる一方だ。
だが内密に、と彼女に言われている以上、何も動けない。せめて彼女に一目でも会いたいと思っていたら、パーティ会場の出入り口で、外側からこちらを見ている人物をラウルは見つけた。
「あの」
「!?」
その人物は女性だった。
声をかけると大きく肩を跳ね、こちらを見る。見覚えのある緑の瞳。待ちに待った彼女が、そこにいた。
「その格好…」
そこまで言ってラウルは言葉を失った。
前回会った時の格好とは打って変わって、頭に頬被りをし、胸元が大きく開いている。ラウルは思わず目を逸らし、ジャケットを脱ぐ。
「あ、あの」
「いいからこれを。それと、こっちに来て」
ラウルはロザリーの肩にジャケットを掛けると、手を引っ張って人目のつかない場所に連れていった。
「あの、この間声をかけてきた方ですよね…?」
しばらく進んだ所で、ロザリーにそう言われて歩みを止める。ここまで来れば大丈夫か、と思いロザリーの方へ振り向いて言った。
「そうです。改めまして、ラウル・ケインズと申します。どうぞよろしく、ロザリー・デルエスト殿」
「…なぜ私の名前を?」
「さあ、なぜでしょう」
そう言っておどけてみせると、ロザリーがむっとした様にこちらを睨む。
(…かわいいな)
咄嗟に顔を逸らして目を伏せる。少し心を落ち着かせてから改めて正面を向くと、ロザリーが問うた。
「…彼は、今日もここにいますか?」
「その様ですね」
ロザリーの婚約者は今日もやって来ては、遊びに興じている。恐らく結婚前の、最後の羽目外しをしている様だ。
正直この業界では珍しくなかった。ここで見聞きした事は言わない、というのが暗黙のルールだからだ。それにしたって遊びすぎだが、とラウルは呆れている。
「黙認するのですか?」
ラウルが問うと、ロザリーはややあってから答えた。
「私が自分でパンドラの箱を開けてしまったまでです。
ここで見聞きしたことを理由に彼を糾弾するのは、ルール違反かと」
(随分と理性的な方だな)
確かにそうだと言える。だからこそ苛立ちしかない。
「では、なぜまたここに?」
ロザリーは気まずげに目を逸らした後、頬かむりに手をかけ外した。
ラウルは思わず目を開く。ロザリーの美しい金色の髪が、黒くなっていた。
「…染めてきたんです。別人になりたくて」
「なるほど…だからドレスも前回と違って、随分と開放的なものなのですね」
「………」
ロザリーは頬を染めて、胸元を隠す。逆に扇情的に見えてしまうのは何故だろう。ラウルは咳払いをしてから続けた。
「いつもと違う自分になってまで、ここに来た理由は?」
「言いたくありません」
「ではあんな所でこそこそしていたのは、何故です?」
「それは…」
言い淀んだロザリーに、ラウルはさらに言い募る。
「そもそも前回の時に、どうやってこのパーティに参加したのか聞かせてもらえますか?
主催者にあなたの事を問うと、ここに来ていない筈だと」
ラウルは勿論、従兄弟にロザリーがパーティにいた話もしていた。しかし出席者リストに、ロザリーの名前はなかったと言われたのだ。
ロザリーは気まずげに言った。
「その…無断で侵入しました」
「…は?侵入って、どうやって」
「登れそうな壁を見つけて…」
ラウルは目を丸くする。どこが理性的だ、と思った。
「バルコニーから中を覗いて彼を探していました。そうしたら、丁度仲良く二人で外に出てきて…」
それで、件の営みを目撃してしまった、という事らしい。ラウルは思わず笑ってしまった。
「わ、笑わないで!」
「いやいや…壁を登るって…くく…」
「……っ」
ロザリーは顔を真っ赤にさせて、そっぽを向いてしまう。ラウルはひとしきり笑った後、ロザリーに改めて問うた。
「…それで?今日、ここに来た理由はなんです?」
ロザリーはやっと観念した様に言った。
「あの人の好みの女になって、声をかけさせたくて…私だと分かった時に、どんな顔をするのか見たいのです」
「そうですか…」
(随分回りくどい事をするんだな)
そう思ったと同時に、正直面白くなかった。あの遊び人に、こんなロザリーの姿をみせてしまったら、逆に手放さなくなってしまうのではとラウルは考えてしまう。
「それで、どうやって中に入ろうか考えてたんですね?」
「ええ」
「なら私の知り合いとして、入れてあげますよ」
「…本当に?」
ラウルは返事の代わりに微笑むと、ロザリーが遠慮がちに言った。
「…よろしく、お願いします」
そう了承したのをいい事に、ラウルはロザリーに近付く。自然とロザリーは背後の壁に追いやられた。
「な、何です?」
「今からあなたは、ロザリー・デルエストではなくなる」
「…え?」
「別人としてここに来たんだろう?」
ロザリーはゆっくりと頷く。ラウルはロザリーの顔の横に、手をついた。
「じゃあ、あいつの婚約者でもなくなるという事だ。
だから、こうやって君を熱く見つめても許される。そうだろう?」
そう言ってラウルが近づこうとすると、ロザリーがラウルの顔を両手で押さえて言った。
「許されるわけがないでしょ!」
「……はーい」
見事に突っぱねられ、ラウルは仕方なく両手を上げてロザリーと距離をとる。
「やっぱりあなたにお願いするのはやめます!」
「なぜ?」
「身の危険を感じるからです!」
「でも俺以外に伝手はあるの?」
「………」
ラウルを睨むだけで黙ってしまったロザリーに、また吹き出す。
「だから笑わないでと…!」
「はいはい、いいから行くぞ」
「ちょっと!」
ラウルはロザリーの手を自分の腕に乗せて歩き出す。最初は引っ張る様に歩いていたが、やがてロザリーは大人しくなった。
その一部始終がまるで猫の様で、思わずラウルの頬が緩む。
(俺、猫派なんだよな…)
などと訳のわからない事を考えながら、二人は会場へ向かった。
受付を前にして、ラウルが小声でロザリーに問う。
「なんて呼べばいい?」
「え?」
「本名で呼ぶわけにはいかないだろう」
「そうね…ロザリーだから、サリー、とか?」
「いいね」
すると、ロザリーがハッとした様子で肩にかけていたジャケットを脱いだ。
「これ、ありがとう」
「え、脱ぐの?」
「勿論よ。隠してたら意味ないじゃない」
「いや、そうだけど…」
ラウルは渋々ジャケットを受け取る。ロザリーがここにきた目的は別人になって、婚約者を誘惑する事だ。
そうなると、確かにこのジャケットは不要となるが、ロザリーの胸元が露わになる事に非常に抵抗を感じた。
現に、ちらちらとこちらに視線を感じ始め、ラウル苛立つ。
「いいけど…俺から離れるなよ」
「ええ、彼を見つけるまではあなたの側にいるわ」
(分かってるんだか、分かってないんだか…)
ラウルは呆れながら受付を済ませ、無事ロザリーを会場に入れる事が出来た。
「ラウル、女性を連れてくるなんて珍しいな」
会場に入るなり、主催者のシグルドがラウルに声をかけてきた。
「ああ。こちらはサリーだ。サリー、従兄弟のシグルドだ」
「よろしく」
ロザリーとシグルドが握手をする。手を離すと、シグルドが言った。
「こんな美しい方をどこで見つけたんだ?」
「おい。彼女に興味を持つのは、俺が振られてからにしてくれ」
「ははっ!頑張れよ、兄弟」
そう言ってシグルドはラウルの肩を叩くと、他の客の元へ去っていった。
ロザリーがすかさずラウルの服を引っ張る。
「ちょっと!どういうつもり?」
「何が?」
「その調子で紹介されたら、私、誰にも声をかけてもらえないじゃない」
ロザリーは分かっていなかった。
ラウルは主催者シグルドの身内だ。そんな人物が連れてきた女性に、易々と声をかける者などそういない。
よってラウルの連れとしてこの場に入った時点で、ロザリーの目的はすでに狂い始めていた。
そんな事になっているとは知らないロザリーに、ラウルは優しく言葉を紡ぐ。
「大丈夫、そんなのお構いなしに声をかけてくるやつはいるから。それに…」
さらりと嘘を吐いたラウルは、顔を近づけてロザリーにしか聞こえない様に囁く。
「口説いてるのは本当だしね」
「!!」
ロザリーの顔が赤く染まる。すかさずラウルの顔を手で突っぱねた。
「調子にっ!乗らないでっ!」
「痛い痛い…」
その後ラウルはなんとかロザリーを宥めると、酒と食事を提供してくれる場所に案内した。
「何を飲む?」
「……」
ロザリーは辺りを見渡していて、ラウルの声が耳に入っていなかった。どうやら婚約者をさがしているようだ。
ラウルはロザリーの腰に手を回して、引き寄せる。
「わっ!」
「ねえ、聞いてる?」
「な、なに」
「何を飲む?」
「…あなたと同じでいいわ」
ラウルは注文を終えると、腰に手を回したままロザリーを席までエスコートした。
「あなたって随分と手慣れてるのね」
「なにが?」
「…初めて人に対して、白々しいと思ったかも」
ロザリーは不満げに、給仕が持ってきた飲み物を口に含む。ラウルはそれを見て、微笑みながら言った。
「それで?見つかった?」
「いいえ。本当に見かけたの?」
「ああ」
(嫌でも目に入るからな)
そう思いながら、ラウルも辺りを見渡す。
「まあ、見つけにくいかもな。今日は特に盛況だ」
シグルドがパーティを催す様になって数ヶ月。人が人を呼び、常連が増えた事ですっかり大所帯の催しとなった。
そろそろ制限をかけようかな、とシグルドが言っていたのをラウルは思い返す。
(それに、人の庭を情事の場に使ってる馬鹿もいるしな)
その事についてどうにか制裁を加えられないかとラウルは告げ口したが、シグルドは大笑いしていた。さすがこの様なパーティを主催する程の人間だ。
ーーま、馬鹿な事をしてる奴には馬鹿な末路が待っているさ。
シグルドがそう言って話は終わった。確かに一理あるな、とラウルも納得した。
(それに、あの時あいつを野放しにしたおかげで、彼女にまた会えた)
ロザリーを見ると、飲み物と一緒に運ばれてきた食べ物を口にして、目を丸くしていた。
「何これ…美味しい」
「もっと持ってきてもらおうか?」
何度も頷くロザリーに頬を緩ませながら、ラウルは給仕を呼んだ。
そして追加で持ってきてもらった物も美味しそうに食べるロザリーに、ラウルは言った。
「いくつか質問したいんだけど、いいかな」
飲み物を取ろうとしたロザリーの手が止まる。ややあった後に顔を上げると、「いいわよ」と言った。
ラウルはロザリーが、自分の事を信用し始めたのを感じた。
「いつからの付き合いなんだ?」
「三ヶ月くらい前かしら」
「…随分と短いんだな」
「そう?」
「だって恋人関係から始まったんだろう?」
「いいえ。親同士の取り決めで婚約したの」
ラウルは驚いて口を閉ざす。ロザリーは眉を顰めながら言った。
「なぜそんな顔をするの?」
「いや…あの時、大分傷ついていた様子だったから」
政略的理由の結婚は、気持ちは二の次だ。
確かに裏切られれば、気持ちがなくとも傷つくが、あの時のロザリーは完全に想い人に裏切られた時の涙だった。
そんな考えがラウルの頭に浮かんでいる事に気付いたのか、ロザリーは言った。
「出会いのきっかけはどうであれ、私は彼の事が好きだったもの」
さらりと言われた言葉が、ラウルの心に重く沈んだ。改めて脈なしの烙印を押された気がして、少し落ち込む。
ラウルは酒を飲んで気を取り直し、話を続けた。
「そんな短い期間で君を惚れさせた男は、一体どんな奴なんだ?」
正直腹は立つが、気になってしまう。ロザリーは「そうね…」と少し考えた後に、話し始めた。
「紳士的な人ね。あなたも紳士的だとは思うけど、またちょっと違う感じ」
「ふーん?」
(貴族の出なのだから、当たり前だろう)
ラウルは心の中で張り合い始める。そうとは思わず、ロザリーは続ける。
「優しいし」
(普通だな)
「リードしてくれるし」
(これも普通)
「贈り物もしてくれるし」
(当たり前だ)
「あとは…」
ラウルの喉が鳴る。
「よく褒めてくれる!」
「……」
思わず力が抜けそうになったのを、ラウルは耐えた。
ロザリーが話してくれたその婚約者は、これといって特徴のない男だった。
というより、婚約者として当たり前の対応をしているだけだ。
ラウルはある一つの可能性を感じて、静かにロザリーに問うた。
「君は…その、これまでに恋愛経験はあるのか?」
「ないわ。女学校だったし」
「…成程」
ラウルは確信した。男が特別魅力的だったからではない。ロザリーが純粋すぎるのだ。
(いろいろ分かってきたぞ…)
恐らく、その純粋さがあの男には物足りなかったのだろう。
だから結婚前に、ロザリーとは正反対の奔放な女性たちと、夜な夜な逢瀬を重ねていた様だ。
「奴の不貞はどうやって知ったんだ?」
「友達よ。地方に遊びに行った時に、彼が女の人と歩いているのを見かけたって」
そこからロザリーは両親に内緒で人を雇い、男の身辺を調べてもらった。すると、その女だけではない事が判明し、最終的にたどり着いたのがここだったという。
「壁を登るといい…君は本当に行動力がすごいな」
「…自分でも驚いているわ」
ロザリーは呆れた様に言って、酒を飲む。ラウルは、ロザリーが大粒の涙を流していたのを思い出し、胸が痛んだ。
(好きでやる訳ないよな…こんな事)
ラウルは、ロザリーのグラスに酒を注ぎながら言った。
「そんな行動力があるのに婚約を解消しないのは、卑怯な事をして知ってしまったから?それとも両親?」
「…両方ね。二人も彼の事を、すごく気に入っていたから、裏の顔を知ったらショックだと思う」
ラウルは思わず口にしていた。
「そうか?大事な娘が馬鹿な男に、無碍にされてることの方がショックだと、俺は思うけど?」
ロザリーの動きが止まる。そしてゆっくりとラウルを見た。
「…確かにそうかも」
(本当に素直な人だな)
ラウルはロザリーの事を少し勘違いしていた。
もっと規律に厳しく、ラウルの言う事全てに反抗する様なタイプだと思っていたのだ。
まさかたった一言で納得してもらえるとは思わなかった。それと同時に、少し心配になった。
改めてロザリーを見つめる。
自分好みを抜きにしても美しい容姿。胸元の開いたドレスが、豊かな丸みを上品に際立たせ、細くしなやかな腰へと続いている。
こんな魅力的な人間がここまで純粋だと、悪い虫が寄ってくるに決まっていた。
(俺にすればいいのに)
そう言いたい気持ちを我慢する。
自分が相手にして来た女性達のことを思うと、正直その婚約者の気持ちも分からないでもなかった。
ラウル自身が悪い虫なのだ。
ラウルは最後に気になっていた事を問うた。
「別人として、奴を誘惑する意図は何なの?」
「………」
ロザリーは黙った。
「答えたくない?」
「…そんな事ないわ」
そしてやや間を空けた後、ゆっくりと話し始めた。
「ここで彼の本当の顔を見た時…悔しかったの」
自分とは正反対の女性に愛を囁く婚約者を見て、ロザリーは悲しさよりも悔しさが勝った。
彼を見極めれなかった自分。
彼を魅了できなかった自分。
彼の好みとは正反対の自分。
いくつもの悔しさが重なって、ロザリーの胸を締め付けた。
「何か馬鹿にされた気になってきて、なら私もなってみようと思って…」
「それで、そんな格好でやって来て、奴がどんな表情をするのか見に来たって訳か」
「…何?」
ロザリーは眉を寄せる。
「分かってるわよ。ただの妬みだって」
「そういうつもりじゃないよ。ただ…」
ラウルはそっとロザリーの手をとる。驚きで目を見開いたロザリーの瞳を見つめながら、言った。
「そんな格好をしなくたって、君の魅力に気付ける人間がここにいるって事を知っておいてほしいな、と思って」
ラウルは自分が軽薄だと自覚している。
ロザリーとは別世界の人間で、こんな事がなければ出会わなかった事も、ただロザリーが物珍しいだけなのも分かっている。
でもどうしたってこの人に惹かれてしまう。
ロザリーの頬が赤く染まった。
やがて耳まで赤くなっていく様を微笑ましく観察して、ラウルは立ち上がった。
「踊ろう」
「え?」
パーティの最中は常に音楽がかかっていて、中央のフロアでそれぞれのカップルが思い思いにダンスを楽しんでいる。
しかもここは正式な場ではないので、伝統的なダンスではない。身を寄せ合ったり、見つめあったりと、リズムに乗っていれば何でもありだ。
勿論そんなダンスを踊った事のないロザリーは、困惑した。
「む、無理よ!こんなダンス知らない」
「知らなくてもいいよ。俺だって知らない」
ラウルはロザリーの両手を握ると、まるで子どものようにくるくると回りはじめた。周りもそれを見て、真似をする。
フロアが笑いに包まれた。ロザリーも次第に笑顔になり、ラウルの手を使ってくるくると回る。
「上手じゃないか」
「ねえ!持ち上げて!」
ロザリーが他のカップルがしているのを見て、指差して言った。ラウルは喜んで応じる。
ロザリーの腰に腕を回して抱き上げると、くるりと一回転した。
「きゃーーっ!」
恐らく酔っ払っているのだろう。楽しそうに笑うロザリーに、ラウルは更に愛しさが増す。
「もっと速く回ってみて!」
そう言ってロザリーが、ラウルの首にぎゅっと腕を回した。
(恐ろしい人だな…)
ラウルは苦笑しながら、ロザリーの要望に応えて上げた。再びロザリーは声を上げて喜ぶ。
やがてラウルが足を止めると、ロザリーが笑いながら顔を上げた。
「楽しい!こんなの初めて!」
「それは良かった」
二人は自然と目が合う。しばらくそうした後、ラウルはゆっくりとロザリーを下ろして抱きしめた。
「あなたの心臓…ドキドキしてる」
「君を抱きしめてるからね」
周りはまだ楽しげに回っている中、二人は身を寄せ合う。
ラウルの手が、ロザリーの顎を捉えようとした時だった。
「見つけた!!」
ロザリーの体がぱっと離れる。
「行ってくるからちょっと待ってて!」
「お、おい!」
そう言ってロザリーは、人の波をかき分けてどこかへ行ってしまった。
(何でだろう…今なら何でも出来る気がする)
そう思いながら、ロザリーはどんどん歩を進める。視線の先には婚約者がいた。
本当はここに来るのが怖かった。両親に黙って家を出て、似合いもしない格好をして、髪まで染めて。
堂々と振る勇気がないから、こんな回りくどいやり方をした。向き合いもせずに相手に分からせてやろうだなんて、どれだけ馬鹿馬鹿しい事か。
実は会場に到着しただけでもう十分だった。
ここまでやった自分を褒めてやって、このまま誰にも気付かれないうちに帰ろう。そう思っていたところに、彼が現れたのだ。
その人物は、婚約者の不貞現場を見た時にも現れた。
衝撃の場面に遭遇していたロザリーは、ほぼ八つ当たりに近い態度を取り、口外するなと言ってその場を去った。
そんな最悪な出会い方をしたというのに、なぜか彼はロザリーを気に入ったらしかった。
口外しないという約束を守り、会場に入れる様に協力してくれた。
なんて紳士的な人だろうと思えば、不意に距離を詰めてきてロザリーは戸惑った。
もうこういう男には引っかからないんだ。
そう強く意志を持って、ラウルに連れ立った。
だけどラウルは何度もロザリーに近づいては、甘い言葉を吐く。
ーー彼女に興味を持つのは、俺が振られてからにしてくれ。
ーーそれに…口説いてるのは本当だしね。
ーー君を抱きしめてるからね。
その度にロザリーの心臓が高鳴っていたのを、彼は知っていただろうか。
そしてラウルは、ロザリーにとって嬉しい言葉をくれた。
ーーそんな格好をしなくたって、君の魅力に気付ける人間がここにいるって事を知っておいてほしいな、と思って。
(…そうか。お酒のおかげで気が大きくなっていたのだと思っていたけど)
ロザリーは小さく微笑む。
そのまま婚約者の元へ一直線に向かっていると、あちらもロザリーの存在に気付いた。
目を見開いて、こちらに向かってくる女に男は身構える。
男の前で立ち止まった時、ロザリーは失敗に気付いた。
作戦では、あちらから声をかけてもらうつもりでいた。なのに、堂々と本人の前に現れてしまったのだ。
「………」
沈黙が流れる。
「な、何でしょうか…?」
困惑する男をロザリーは、見下ろした。
何も言わず、表情も崩さず、ただじっと見つめる。
男の目が段々と泳ぎ出す。
そして何かに気付いた様に、ハッとした表情を見せたその時だった。
「…すみません」
二人の間にすっと人影が割って入った。その人物は主催者の身内の男だった。
「あ、いえ…」
割って入った男は謎の女の腕を取ると、そのまま何事もなかったかのようにその場から連れ出していく。
残された男は、呆然とその背中を見送った。
「一体なんだったんだ?あの女、お前の知り合いか?」
「いや…知らない人だった」
そう答えながらも、男は先ほどの女の顔を思い返していた。
(まさかな…)
あの世間知らずの箱入り娘が、こんな場所にいるはずがない。それに、髪の色だって違っていた。
(似た人間を、見間違えただけだ)
そう自分に言い聞かせると、男はすぐに友人との歓談へと戻っていった。
「…全く、君の行動力には呆れるよ」
ラウル達は会場を出て、二人が最初に話した場所まで戻ってきていた。
呆れた様に振り返ると、ロザリーの肩が震えている。
「…ロザリー?」
「……っふ」
「どうし」
てっきり泣いているのかと焦ったラウルだったが、ロザリーの表情を見て真顔になる。
「あははははっ!」
ロザリーは笑っていた。
「見た!?あの人の顔!すっごい引き攣ってた!」
とんでもない空気感の中、そこから何とか引っ張り出したラウルの頑張りなどお構いなく、ロザリーは大変愉快そうだ。
「…殴りかかりそうな雰囲気だったぞ」
「分かった?それもちょっと考えた」
恐ろしい事をさらりと言われて、ラウルは固まる。
「作戦通り、とはいかなかったけど、なんかすっきりした」
「それは良かった」
「でも」
ロザリーの言葉が止まる。ハッとしてロザリーを見ると、頬に涙が伝っていた。
「…私だって…気付いてくれなかったあ」
そしてそのまましゃがみ込み、声を上げて泣く。そんなロザリーを、ラウルもしゃがんで抱きしめた。
本当はすぐに気付いて欲しかった。いつもと違うロザリーであろうと、分かって欲しかった。
本当に私の事が興味ないんだ。そう思ったら、止めどなく涙が溢れてしまった。
「…ごめんなさい。完全に酔っ払いの所業だわ」
少し落ち着いたロザリーがそう言うと、ラウルが笑いながら言った。
「本当だよ。いきなり笑って、いきなり泣いて」
泣き顔のロザリーを見つめながら、ラウルは言った。
「俺がそばにいて良かったね」
またラウルの甘い言葉が、ロザリーの心臓をざわつかせる。
これ以上見つめたらまずいと思ったロザリーは、慌てて立ち上がる。
「もう大丈夫?」
「…ええ。迷惑かけちゃってごめんなさい」
「いいよ。役得だから」
そう言って体を伸ばしながら、ラウルも立ち上がる。
「それで、どうするんだ?彼とは」
ロザリーは一息吐いた後に、言った。
「婚約は…解消ね」
「…そうか」
「まあ、簡単な話ではないでしょうけど。でも絶対、あの人とは結婚しない」
「うん、それが良い」
意外にも、ラウルのリアクションはそれだけだった。
てっきりチャンスとばかりに、迫られると思っていたロザリーは拍子抜けした。
(…何よ。手に入りそうになったら、途端に興味を失うわけ?)
苛立ったロザリーは、思わず口にしていた。
「それが片付いたら、私もここに通おうかな」
「え?」
「食べ物も美味しかったし、出会いも多そうだし。何より楽しかったわ。
紹介してくれてありがとう。次からはあなたが居なくても、大丈夫よ」
まるで当てつけのようにそう言って、後は礼を言って帰ろうとした時だった。
「……っ」
ラウルに腕を掴まれて息を呑む。思わずラウルの顔を見ると、真剣な瞳でロザリーを見つめていた。
「どうしたの…?」
そのまま無言でラウルは足を運び、あの時と同じようにロザリーは壁に追いやられていた。
もう片方の手も掴まれて、ロザリーは身動きがとれなくなる。
「ちょっと…」
「君は分かっていない」
「な、何が」
「一体何人の男が、君を見ていたか」
ラウルの予想通り、声をかけてくる猛者はいなかったが、やはりロザリーは目立っていた。
ロザリーが婚約者の方へ一目散に向かった時、二人がどうなるかという事よりも、誰かに連れて行かれないかと心配になった。
「もし連れ立ったのが俺じゃなかったら、君はどうなっていたと思う?」
ロザリーは分からず困惑していると、ラウルは小さく息を吐いて続けた。
「誰も近寄ってこなかったのは、俺がシグルドの身内だからさ。
他の男だったら、君はじろじろと不躾な視線に晒されて、下手すれば触られていたかもしれない」
ロザリーは息を呑む。
「俺抜きでここに来るだって?
冗談じゃない。君のこんな美しい柔肌を、他の奴らに見せるわけにはいかない」
ラウルはロザリーの両手を壁に縫いつけたまま、顕になっているロザリーの胸元に口を寄せる。
ロザリーは咄嗟に手を解こうとした。しかし、ラウルはそれを許さない。
(さっきは簡単に外れたのに…)
先程は、ラウルが手を抜いてくれていた事に気付かされる。
何の抵抗も出来ないまま、ラウルの唇がロザリーの胸に当たっていた。瞬間、ぴくりとロザリーの体が反応する。
そしてちりっと何か熱い感触が走った時に、思わずロザリーの口から息が漏れていた。
「………っぁ」
聞いた事のない自分の声に、顔が熱くなる。
視線を感じて下を見ると、ロザリーの胸元にうずくまり、こちらを見ているラウルの顔があった。
ロザリーの心臓が大きく跳ねる。
そしてラウルが先程とは違う方の胸に、唇を寄せようとした瞬間、ロザリーの手が外れた。
乾いた音が鳴り響く。
それはもちろん、ロザリーがラウルの頬を引っ叩いた音だった。
「最っ低!」
涙目になって睨むロザリーを、ラウルは変わらず無表情で見つめる。そしてロザリーの胸元に視線を移して微笑みながら言った。
「これでしばらく、そんな格好は出来ないな」
ラウルの視線の先を見ると、ロザリーの胸に赤い印が出来ていた。顔を赤くさせて、咄嗟に胸元を手で隠す。
そして最後にひと睨みした後に、ロザリーは足早にそこを去った。
「はあ……」
やりすぎた。
そう思ったラウルは、その場にしゃがむ。
パーティで、ロザリーを少し楽しませすぎてしまった。もし本当にラウル抜きで来ようとしたら、危険だ。
それを分からせるためにやった事だが、本当は壁に押さえつけるくらいでやめようと思っていた。
それなのに、まるで吸い寄せられるように胸元に口を寄せ、挙げ句の果てに印まで付けてしまった。
「嫌われたな…確実に」
ラウルは自嘲する。
失恋記念に、今日はシグルドに付き合ってもらおうと、ラウルは会場に戻った。
それから数ヶ月が経過した。
ラウルはとあるパーティに参加していた。
それはシグルドの私的なパーティではなく、城主催の格式ある舞踏会だ。
そのため、ラウルは仕立ての良い正装に身を包み、髪型もきっちりと整えられている。
両親と共に挨拶回りをし、何人かの令嬢とダンスをした後、休憩を理由に会場から出て、バルコニーで夜風に当たっていた。
あれからロザリーには会えていない。
あんな事をした手前、会わせる顔がないと思っているラウルは、何も出来ないでいた。
(…今日、会えると思ったんだがな)
この舞踏会には、大半の貴族が参加している。
もしかして、と期待に胸を膨らませて参加したが、あまりの人の多さと、両親と行動をとるため身動きがとれず、早々に諦めた。
(やっぱり彼女と俺は、別世界の人間という事なのかもな…)
ラウルは体を伸ばす。
すると、コツ、コツ、というヒール音がしてラウルの体が固まった。
その人物はラウルの隣に並ぶ。
ゆっくりとそちらに顔を向けると、手すりに頬杖をついてこちらを見ている女性がいた。
「…ロザリー」
「お久しぶりね。元気だった?」
そう言ってロザリーはにこりと微笑む。途端にラウルの心臓が跳ねた。
ロザリーも今日は、肌を出すような大胆なドレスではなく、上品で落ち着いた装いに身を包んでいた。
髪もきちんと結い上げられている。
その美しさにラウルは思わず視線を逸らし、前を向きながら話す。
「元気だったよ。君も…元気そうで何よりだ」
「ええ」
ラウルは自分でも、しどろもどろになっているのが分かる。
突然現れたロザリーに動揺し、嬉しさと恥ずかしさで浮ついた自分をどうにか誤魔化そうと、必死になっていた。
「…ふふ」
「笑わないでくれ…」
だがすべてロザリーにはお見通しの様だ。ラウルは赤くなってしまった顔を隠す様に、手すりに突っ伏す。
ロザリーは楽しげに会話を続ける。
「ねえ、聞いた?婚約を解消した事」
「…ああ、聞いたよ。まあ本題に付随した形でだったけどね」
あれからすぐにロザリーは婚約を解消した。
なぜならとある令嬢の家から、娘がロザリーの元婚約者から病気をうつされたと、訴えられたのだ。
そこから芋づる式に他の令嬢達の家からも訴えが出始め、それを理由に婚約は破談。
ロザリーが何をしなくとも、相手が勝手に破滅していった形で話は終わった。
この話はもちろん貴族中に広まり、ラウルの耳にも届いた、というわけだ。
正にシグルドが言っていた通り、馬鹿な奴の馬鹿な末路であった。
「私が奔放とはかけ離れたイメージを持たれてて、本当に良かったわ。
危うく私まで、あの人たちと同じ仲間だと思われる所だった」
「あの時変装しておいて良かったな」
「ええ、本当に」
ロザリーはラウルを見つめる。だがラウルの視線は真っ直ぐのままだ。
「ねえ、なんで会いにきてくれなかったの?」
ラウルの体がぴくりと反応する。
恐る恐るロザリーを見て、静かに言った。
「…嫌われたかと思って」
「ああ、これ?」
そう言ってロザリーは胸元に手を当てる。ラウルは思わず目を逸らした。
その様子を見たロザリーは小さく笑う。
「確かに腹立たしかったし、少し怖かった。
でも気付いたの。あなたは私を守りたかったんだなあって」
「…そんな良い話じゃない。自制の効かなかったただの馬鹿だよ」
苦笑しながら言うラウルを見て、ロザリーは問うた。
「私ってそんなに魅力的?」
「ああ…」
「世間知らずだし、目的を果たすためには壁も登るし、変装までする女よ?」
「はは…うん、そういう所も君の魅力だ」
「じゃあ、どうして触れてくれないの?」
ラウルは目を見開く。ロザリーは真っ直ぐ見つめながら言った。
「私はあの夜、あなたに触れて欲しかった。迫られて、逃げられない理由を作って欲しかった。
だからあんな馬鹿な事を言ってしまったの。
素直にそう言えば良かっただけなのに」
ロザリーが胸元のボタンを外し始める。ラウルは驚いて止めようとしたが、ロザリーの手は止まらない。
そしてロザリーの胸元が顕になる。
「見て。あなたがつけた跡、すっかり消えちゃった」
白い肌にラウルの目が釘付けになる。ロザリーはそれに気付いて微笑む。
「私も軽薄な女だったみたい。
ここにつけてくれたあなたの印を見るたびに、嬉しかったんだもの…私はあなたの物なんだって思えたから」
ロザリーはラウルの首に腕を回し、熱い視線を寄越して言った。
「ねえ、もう一度つけて?
私はあなたの物なんだって、証明して?」
背中にじとりと汗をかくほど、ラウルの体は熱くなっていた。
言葉を失ったラウルは、言われるがままゆっくりと顔を下げ、ロザリーの胸元に口を寄せる。
期待を寄せたロザリーの視線が、更にラウルを高揚させる。
そしてあの時と同じ様に、ラウルはロザリーの柔らかい肌を吸った。
ロザリーの体が震え、小さく声が漏れ出る。
ラウルが顔を上げると、ロザリーの白い肌にラウルがつけた赤い印がまたついた。
「ロザリー…」
「なに?」
「愛してる。君がたまらなく欲しい」
「私もよ、ラウル」
そして二人は激しく口付けをした。
まるで脳が痺れる様な初めての感覚に、ロザリーは溺れる。それはラウルも同じだった。
息をするのも忘れて夢中になっていたからか、ロザリーの足元がふらついた。慌ててラウルが支える。
「だ、大丈夫か」
「…ううん、大丈夫じゃない」
思わずラウルは笑ってしまう。ロザリーはラウルの頬に触れながら言った。
「…どこで続きをする?」
ラウルは、一生この女性に溺れる人生になるのだろうと、覚悟した。
Fin.




