Fight! ~格闘家の魂が乗り移った高校生が無双する~
安藤 翔太です。
アクションジャンルです。
宜しくお願いします。
いじめ、自殺などの描写もあるので、苦手な方はご注意ください。
世界総合格闘技選手権決勝。
四角いリングを取り囲み、数万人の観客が熱狂していた。その中心では、世界最高峰の一戦が繰り広げられている。
挑戦者テネシー・ケリーは、絶対王者アンディー・モーガンと向かい合っていた。
第五ラウンド。
世界王者には、焦りが見え始めていた。
(く……しぶといヤツだ……。だが、このラウンドで終わらせてやる!)
アンディーが渾身の右ストレートを放つ。
その拳を受けたかに見えた瞬間、テネシーの身体がゆっくりとリングへ沈んでいく。
観客席が大きく沸き立った。
誰もが王者の勝利を確信した──だが、当のアンディーだけは違和感に眉をひそめる。
(ち、違う……俺の拳は、当たっていない……!)
次の瞬間だった。
床に手をついたテネシーの身体が独楽のように回転する。鋭く振り抜かれた踵が、弧を描いてアンディーの側頭部を強烈に捉えた。
ゴッ──。
鈍い衝撃音がリングに響く。
アンディーの視界が大きく揺れ、巨体がぐらりと傾いた。そして、そのまま糸が切れた人形のようにリングへ崩れ落ちる。
一瞬の静寂。
誰もが何が起きたのか理解できなかった。
次の瞬間、実況席から絶叫が轟く。
「KOォォォォッ!!」
会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
テネシーは静かに立ち上がると、高々と拳を掲げ、四方の観客へ応えた。
新たな世界最強の男が、今この瞬間、誕生したのだ。
(やった! ついに俺は、世界最強の男になったんだ!)
◇
テネシーが目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
(……どこだ、ここは?)
『病院だよ』
頭の中で、突然、少年の声が響く。
「だ、誰だ!?」
『そんなに大きな声を出さないで。ここは病院。僕は兵藤園哉』
(ヒョウドウエンヤ……? 変な名前だな。それで、お前はなんで俺の頭の中にいるんだ?)
『逆だよ。あなたが、僕の身体に入り込んでいるんだ』
(……は? 何を言ってる)
信じられるはずがない。
だが、その瞬間、テネシーは自分の両手を見下ろした。
細く白い指。
頼りない腕。
世界王者として鍛え上げた自分の肉体ではない。
「……なんだ、これは」
慌ててベッドを飛び降り、病室の鏡へ駆け寄る。そこに映っていたのは、見覚えのない少年だった。
青白い顔。
華奢な体つき。
どう見ても、自分ではない。
「な、なんじゃこりゃああああっ!!」
混乱したまま病室を見回していると、壁に掛けられたテレビが点いている。
『続いてのニュースです。世界総合格闘技選手権で劇的なKO勝利を収めたテネシー・ケリー選手が、本日未明、何者かに刃物で刺されました』
「は……!?」
『現在も意識不明の重体です。警察は殺人未遂事件として──』
「……俺だ」
テネシーは呆然と呟いた。
『テネシー・ケリー……』
園哉の声が静かに響く。
『肉体が瀕死の状態になったから、あなたの魂だけが僕の身体へ来たんだと思う』
テネシーは拳を握る。
しかし、握った拳は驚くほど小さく、頼りない。
(俺は……死んだわけじゃないんだな)
『そうだね。でも、どうしてこうなったのかは僕にも分からない』
その瞬間だった。
頭の奥へ大量の映像が流れ込む。
「ぐっ……!」
学校の教室。
机を蹴飛ばされる少年。
弁当を床へ捨てられる。
体育館の裏で殴られる。
トイレで頭から水を浴びせられる。
『やめて……』
園哉の震える声。
『見ないで……』
だが、記憶は止まらない。
誰も助けない。
笑う教師、見て見ぬふりをするクラスメイト。
そして最後に映ったのは、学校の屋上。
泣きながら手すりを越える園哉だった。
(……お前、自殺したのか)
『……うん』
か細い返事。
『もう、疲れちゃったんだ』
その言葉と同時に、園哉の絶望がテネシーへ流れ込んだ。
恐怖や悔しさ、誰にも必要とされない孤独。
胸が締めつけられる。
世界王者として数え切れない試合を経験してきたテネシーでさえ、思わず歯を食いしばった。
「……許せねぇ」
『え?』
「俺はリングでしか人を殴らねぇ主義だった」
テネシーはゆっくり立ち上がる。
「だが、人間には殴らなきゃ分からねぇ奴もいる」
園哉は慌てた。
『無理だよ! あいつら三人いるし!』
「リングでは一人で世界最強だった。たった三人。ウォーミングアップにもならねぇ」
テネシーは鼻で笑った。
◇
数日後。
退院した園哉は、学校へ向かった。
教室へ入ると、すぐに笑い声が響く。
「おっ、自殺失敗野郎じゃん」
「マジ、死ねばよかったのに」
「今日も飛び降りたらいいんじゃねぇの?」
三人の男子生徒がニヤニヤ笑いながら近づいてくる。
園哉の心が震える。
『やっぱり怖い……』
(安心しろ)
テネシーが静かに答えた。
(今日は俺がいる)
先頭の男子が胸ぐらを掴もうと右手を伸ばす。
その瞬間──
スッ。
紙一重。テネシーは首をわずかに傾けるだけで手をかわした。
「……え?」
男子が目を丸くする。
次の瞬間、テネシーは相手の手首を軽くつかみ、身体を半歩だけ回転。柔道のような最小限の力で重心を崩す。
「うわっ!」
男子は前のめりに転倒した。
ドサッ。
教室が静まり返る。
「て、てめぇ!」
二人目が殴りかかる。
右ストレート。
(遅い……)
世界王者の目には止まって見えた。
テネシーは半歩踏み込み、拳の軌道を肩で外す。空振りした相手の鳩尾へ、短く鋭い掌底。
「ぐえっ!」
息が詰まり、その場に膝をつく。
三人目の男子が椅子を振り上げた。
「調子に乗るなぁぁぁっ!」
金属製の椅子が頭上から振り下ろされようとした、その瞬間──。
視界がぐらりと揺れた。
「なっ……!?」
身体の感覚が遠のいていく。
(えっ!? ぼ、僕!?)
入れ替わった。
身体の主導権が、園哉へ戻ってしまったのだ。
椅子が迫る。
(む、無理だよ! できるわけない!)
『落ち着け!』
テネシーの怒鳴り声が頭の中に響く。
『相手を見ろ! 椅子じゃない! 相手の全体を見るんだ!』
園哉は反射的に相手を見る。
『今だ! 右へ半歩!』
テネシーの言葉が園哉の身体を動かした。
ブォンッ!
椅子が鼻先をかすめ、空を切る。
「くっ!」
男子の顔に驚きが走る。
『いいぞ! 次は近づけ!』
(ち、近づくなんて……む、無理だよ!)
『いいから行け! 相手は振り切った。今は隙だらけだ!』
園哉は恐る恐る一歩踏み込む。
男子は慌てて椅子を持ち直そうとする。
(鳩尾に手を当てろ! 拳じゃない! 掌だ!)
園哉は震える掌を相手の鳩尾へ押し出した。
ドンッ!
「ぐっ!」
男子の息が詰まる。
『まだ終わってない! 右手引いて、左肩を押せ!』
(こ、こう!?)
右手を引きを左肩を押すと、男子は足をもつれさせた。
ドサッ!
床へ転がる。
静まり返る教室。
園哉は自分の両手を見つめた。
(ぼ、僕が倒した?)
『ああ……俺はアドバイスをしただけだ。お前がコイツを倒したんだ』
テネシーの声は力強い。
園哉は呆然と三人を見つめる。
今まで何度殴られても、抵抗すらできなかった相手が、床に倒れている。
『覚えておけ──』
テネシーは静かに言った。
『強さってのは、筋肉じゃない。一歩踏み出す勇気だ』
園哉の胸の奥で、何かが少しだけ変わり始めていた。
◇
五年後。
「さあ、今年の世界総合格闘技選手権も、いよいよ決勝戦! それでは、両選手の入場です!」
実況の興奮した声が、超満員のアリーナに響き渡る。大歓声の中、花道の両端から二人の格闘家が姿を現した。
一人は、世界に君臨し続ける絶対王者──テネシー・ケリー。
そしてもう一人は、日本人初の世界王者を目指す挑戦者──兵藤園哉。
二人はリングの中央へ歩み寄る。
視線を交わす。だが、言葉はない。
それでも互いの口元には、自然と笑みが浮かんでいた。
あの日、運命によって導かれた二人。
今は、お互いに格闘家として、この舞台で拳を交える。
レフリーが二人の間に立ち、開始を告げる。
「Fight!」
世界中が見守る中、二人は同時に一歩を踏み出した。
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