07
僕はトイレの向かいの壁に寄りかかって座り、草薙を待っていた。
そもそも、僕はこの場に要らない。
左手をさすりながら、(また時田が話をでっち上げてるんだろうな……)と考えていた。
と、ドアが開き、草薙が顔を出した。
彼女は濡れたブラウスをつまんで見せた。
「やっぱ着替えないとダメか」
一応絵の具は落ちていたが、服が透けて下着が見えていた。
「……」
「……あんまり見ないでよ」
「ごめん!」
慌てて目を逸らした時、声がした。
(馬鹿、普通自分の服貸したりするだろ!?)
「ナルホド!」と思い、自分のシャツをばっと脱いだ。
「……タケ?」
「……あ、良かったら……」
草薙はシャツを受け取ると、にっこり笑ってそれを羽織った。
「後で返すね」
その笑顔で、僕の頭の中に一瞬靄がかかった。
そんな中、ふと思った。
(あれ?そー言えば、変な声が……)
「あっれぇ~?……あると思ったのに……」
草薙はロッカーの中をごそごそやっていた。
「どうしたの?」
「体操着がなくて……」
僕が自分のロッカーを開けると、思ったとおり、ジャージが入っていた。
「俺のあるけど?」
「えぇ~??」
「使ってないよ!」
「あ、ならありがたく」
「ほら!」
僕は草薙に服を押し付けた。
彼女はひょいと僕らのクラスに誰もいないのを見て、ちょっと目を丸くした。
「……あれ?もしかして移動?」
「……美術だ」
「あぁ、どーりで誰もいない……」
「どうでもいいけど、早く着替えてきたら?」
彼女はむっとしたように僕を睨み、さっさと言ってしまった。
僕は肩をすくめ、誰もいない教室に入った。
「はい、ありがと」
彼女が投げたシャツを受け取り、袖を通した。
「……生温い」
「五月蠅い!」
「ちょっと湿っぽいし……」
「黙れ!」
草薙はブラウスの皺をパンッと伸ばし、椅子にかけた。
「乾くかね?」
「さぁ……」
僕は窓の外を見やった。
校庭で一年生が走り回っている。
少し、うらやましく思った。
「行く?」
「どこに?」
「美術室」
僕は全く別なことを考えていた。
それで少し焦ってしまう。
「え、あ……も、もう?もうちょっと休んでいこうよ」
僕が左手をさすっているのを見て、草薙は荷物を下ろした。
「……痛い?」
「……別に」
僕は手をポケットの中に隠した。
空は快晴。
しかし、青空をきれいだと思えない自分がそこにいた。