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今でも、ふっと思うことがある。
「僕は生きていて良いのだろうか」。
これは憶測だが、僕が「刑」の「執行」を免れたのは、ネモの「ミス」のおかげだ。
死ぬはずだった僕は、もしかするとネモを身代わりに生きているのかもしれない。
もしかすると生きるはずだった誰かの邪魔をして存在しているのかもしれない。
そう思うとやりきれなかった。
僕はここにいて良いのだろうか。
答えはまだ見つからない。
時々、どうしようもなく不安になることがある。
生きる価値とはどうやって決まるのだろう、と。
もし次の瞬間に僕の命が唐突に途絶えたとして、はたして僕は胸を張って「生きた」と言えるだろうか、と。
そんな時、僕はネモの言葉を思い出す。
―――お前がそこにいた。それで十分なはずなんだ―――
あの日、僕は気付くと電話をかけていた。
不安だった。
どうしても確かめたかった。
呼び出し音が鳴る。
一回、二回、三回―――。
「―――タケ? どしたの?」
何故かは分からない。
が、僕はこの瞬間、ふわっと柔らかい雰囲気に包まれた。
「あ……」
大丈夫だ。
もう、絶対に。
僕はそう思った。
「……タケ?」
彼女の声が少し心配そうだった。
「あ……あのさ」
僕は答えを知っていた。
それでも、彼女の声で、彼女の口から、それを聞きたかったのだ。
「今日のこと、夢じゃないんだよね?」
温かい沈黙があった。
電話の向こうで静かに微笑む顔が見えた気がした。
僕は自分の微かな鼓動を聞きながら、ただ待っていた。
恐れることは何もない。
何もなかった。
その安らかな数秒の後、優の優しい声が聞こえる。
「……大丈夫。夢じゃない」
僕は長く息を吐き出した。
「大丈夫」とは言いつつ、その瞬間僕は呼吸を止めていたらしい。
「不安になったの?」
優がクスッと笑った。
「すごく、ね」
彼女の明るい笑い声に、僕は色々なものが溶けていくのを感じた。
「用はそれだけ?」
「うん、ごめん」
「いいよ」と彼女は反射的に言った。
そしてまた、心にそのままつながっているような、居心地のいい沈黙が訪れる。
それから僕らが何を話したのか、正直、よく覚えていない。
ただ、彼女の軽やかな笑い声と、言葉を口にしても消えない居心地の良さだけは、僕の心に焼き付いている。
僕がこの後、どうやって僕の道を歩んでいったのか、それは多分、どうでもいい話だ。
それなりに「めでたしめでたし」と言えるだろうが、もちろんそれだけじゃない。
でも、僕は僕を取り戻せたと思う。
嫌なことだってある。
全部投げ出したくなる時だってある。
それでも、ホントにそうしようとは思わない。
僕はのしかかるような曇り空の下でも、「もしかして」と思っている。
もしかして、明日は晴れるかもしれない、と。
もしかして、明日の空は息を呑むほど綺麗であるかもしれない、と。
それだけで、僕は生きていけそうな気がした。
完