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「―――オイ!!」
かなり乱暴な感じの呼びかけが急に耳に飛び込んできた。
同時に冷たく固く、ごつごつした感触を背中と後頭部で感じる。
僕は目を閉じたまま小さく呻き、頭に浮かんだ疑問をそのまま口から出した。
「……天国? それとも地獄?」
一瞬間をおいて、笑い声が降ってきた。
「ハハ、その間だよ! ちょっと地獄よりかもしれねぇけどな!」
「え?」
目を開けると、僕を覗き込んでいた若い男の顔が飛び込んできた。
金色の短髪がやたら似合っていて、ニヤリと片方の唇を吊り上げて笑う顔に、僕は人間離れした印象を覚えた。
この表現が正しいかどうかはともかく、綺麗すぎたのだ。
冷たさすら感じるほどに。
「……ネモ?」
「あん?」
いや、違う。
雰囲気が似ているだけで、ネモではない。
「少年、こんなとこで寝てると危ないぞ?」
別の人が顔をのぞかせる。今度は黒髪の短髪だ。
その人もまた、ネモみたいな雰囲気を持っていたのだが、金髪より中性的な顔をしているためか、それがより顕著だった。
僕はその瞬間、何がどうなったのかまったく分からず、ただ瞬きを繰り返していた。
身体の動かし方を忘れていたということもあるかもしれない。
頭の中も真っ白で、目は開いているくせに、脳がその映像を処理しようとはせず、ただ時間だけが過ぎていた。
「「……?」」
はっと気がつくと、僕の頭の上で二人は不審そうな顔を見合わせていて、そして僕が見ていることに気づくと、心配そうにまた覗き込んできた。
「君、大丈夫?」
「あ……」
僕が慌てて起き上がろうとすると、金髪の人が手をさしのべ、それを助けてくれた。
「あーあー、砂だらけ。ちょっとはたくよ?」
と言いながら、黒髪の人(「中性的」であるはずだった。起き上がって見てみると、その人は女の人だったのだ)は僕のすぐ横にしゃがみこみ髪やら背中から砂を払い落としてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「うん、いいよ」
彼女はニッと歯を見せた。
「で、少年。なんでこんなところに寝てたの?」
「え、あ……」
見回すと、そこは僕とネモがさっきまでいた道路だった。
「俺……」
言葉が出てこない。
僕はもう一度辺りを見回し、それからじっと待っていてくれた二人の方へ向き直った。
「……俺、生きてます……?」
「あん?」
二人がパッと視線を交わし、真剣な顔で再び僕を見た。
「……君、大丈夫?」
僕は自分の身体をあちこち触ってみてから頷いた。
「あ、はい。なんとか」
「そういうことじゃなくてだね」
「え?」
とはいえ僕もすぐにその意味するところに気が付いた。
「いや、別に死のうとしてたわけじゃ……ないですよ?」
馬鹿正直に言葉につまりかけた自分がいた。
そのせいか目の前の二人はひどく疑わしそうな顔をしている。
僕は勘違いしてほしくなく、慌てて言った。
「いや、ホントですよ! ただ……」
「ただ?」
僕はこのことを誰かに話したがっている自分に気がつき、少し驚いた。
あれほど隠し通してきたのに。
「……俺、もう死んでいるはずなんですよ」
「あん?」
「どうゆうこと?」
「そう言われたんです」
「「お前はすでに死んでいる」って?」
金髪はそう言ってゲラゲラ笑ったが、黒髪の人ににらまれてすぐに静かになった。
「……それ、信じてたの?」
「タイムリミットが近いって言葉は」
「……へぇ」
二人が顔を見合わせたのを見て、僕は急に恥ずかしくなってしまった。
何故僕は見ず知らずの人たちにこんな話をしているんだろう。
理由を聞かれても答えられないな、と思った時、予想外の言葉が降ってきた。
「良かったじゃない」
「え?」
黒髪の人がふっと微笑んだ。
「死ぬはずだったのに、死ななかった。つまり、生きてていいよってことでしょ?」
僕は言葉を失った。
馬鹿な。
僕の生涯は三日前に終わっているはずなのに。
「まぁ普通に考えて、そういうことだろうな」
彼は自分に呟くように言った後、突然僕を指さした。
「君は生きてていいんだ」
生きていていい。
ホントに?
それは確かに僕の望んだことだった。
しかしあまりに唐突過ぎて、にわかには信じがたかった。
僕は終わらない「もう一つの結末」を生きているらしかった。