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僕はネモと大通りのガードレールに並んで腰掛け、僕が買った(嘘かホントか、ネモは金を持っていないらしい)缶コーラを飲んでいた。
家には帰りたくなかったのだ。どうしても。
あそこは僕の居場所ではなかった。
ネモは僕のその言葉を聴いてから、理由を問いただすのをやめてくれた。
「そういえばさ」
僕はネモの方を向いた。
「家に帰って「タイムリミット」を迎えたら、どうやって死ぬんだ? ここにいれば車でも突っ込んでくるのが想像できるんだけど、強盗でも入ってくるのか?」
「……お前なぁ、それ知ってどうするわけ?」
「あ、そっか。教えたらそれを回避するような行動も取れちゃうからな」
「……別にそういうことじゃねぇ」
「え?」
ネモはしばらく動かなかったが、僕を気のない目で見た後、ため息をついた。
「……真実を知りたいか?」
「へ?」
その仰々しい言葉に僕は驚いたが、それ以上に面食らってしまうほどネモの目は真剣だった。
「え、そ、そりゃあ、いまさら嘘つかれるよりは、ホントのこと知りたい気がするけど……」
「ホントにそう思うか? どんな真実だろうと知りたいと?」
「……あのな」
僕は顔をしかめた。
「分かんないよ。妙な仄めかし方はやめてくれ。一体何なんだ? 何が言いたい?」
ネモはしばらく押し黙っていたが、程なくあてつけるようにまた大きなため息をついた。
「……三日前のことを覚えてるか?」
「……三日前……?」
昨日は時田にボコボコにされた。一昨日はネモに気絶させられた。その前。
「お前が飛び降りようとした日だよ」
僕は悪態を飲み込んだ。
「ああ……思い出した。それが?」
ネモは何気ない調子で言った。
「お前はあの日に死んでいるはずだったんだ」
「……は?」
僕は目をしばたいた。
「死んでいるはずだった」? 僕が?
いや、おい、どういうことだ?
どういう意味だ?
「死んでいるはずだった」?
ネモは無表情なままコーラをごくごくと飲み干した。
僕は僕の中に渦巻く疑問をただ一文字にしてもう一度尋ねた。
「は?」
「そういうことなんだよ」
ネモは口元を甲で拭う。
「お前はあのまま飛び降りて、頭を強打して意識不明。病院に搬送されて緊急の手術を受け、9時37分38秒に「心肺停止」となるんだ」
「じゃ、じゃあ、その後の三日間は!?」
ネモは肩をすくめた。
「「もう一つの結末」ってとこだな。他の連中は夢の中で「これ」を経験する。深く関係してる奴ら、まぁ、あの娘と時田って悪ガキ、校長と保健の先生あたりは、この「夢」を覚えてるかもな。いや、優ちゃんは絶対覚えてるぜ」
ネモが「優ちゃん」とからかうように言ったが、僕は目まいがしてそんなものにかまっていられなかった。
「夢……?」
頭の中でものすごい速さで色々な言葉が駆け巡るのを感じた。
「馬鹿な」「まさか」「ありえない」「何かがおかしい」「きっと嘘だ」「真実じゃない」。
しかし僕には、ネモの言葉を根本的に否定する証拠は、何一つ挙げられなかった。