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「そーいえばさ?」


僕は玄関の方に歩き出しながら言った。


「「軍資金」、そんなにもらってたわけ? さっきお金見せあった時には……」


「うん。ごめんね。隠してたんだ」


見ると、優はかなり申し訳なさそうな顔をしていた。


僕は別に怒る気はなかったが、その理由が知りたかったので首を傾げた。



「あのね」


優は少し急いで口を開いた。


「何となくなんだけど、今日はちゃんと二人で出かけたかったの」


優は一生懸命な目で続ける。


「二人に出来ることをやるっていうか、背伸びしないで、身の丈に合った一日を過ごしたかったっていうか……言ってること分かる?」


「分かるよ」


と僕は相槌を打った。


少なくとも、その雰囲気だけは掴めたような気がした。


彼女は借金をして遊び回るような、自棄になっているようなやり方を望まなかったのだ。


「……でも」


僕は言った。


「気が変わったんだ?」


「……うん」


彼女はいわゆる「軍資金」を使おうとしていた。それも徹底的に。


「……なんでかは分からないけど、この時を逃しちゃいけない気がして……」


僕は驚いた。



これが最後だと、優は無意識の内に悟ってしまったらしい。



とはいえまだ確信には至っていない。



僕は一度隠すと決めた以上、隠し通さなくてはならなかった。


負けたくはなかったのだ。



「……明日だってあるじゃん」



僕の嘘に、優は微笑んだ。



「そうだよね? その次も、その次も、そのまた次だってあるのにね?」



僕は心臓がドキリと鼓動するのを感じた。



そして、じわりと冷たい痛み。



自分の目に衝撃が走るのを感じた僕は、無理に視線を落とし、全神経を集中させて唇を微笑みの形にした。



「……そうだね」



玄関に着いた僕は足を靴に押し込んだ。



優はほとんど何も疑わずに、問い掛けてきた。



「どうする? 時間も場所も同じにしとく?」



「だね」



言葉がそれしか出てこない。



僕は目を逸らしたままだった。



とはいえ、彼女の顔を見ないままで終わらせたくはなかったし、僕は心を決めなくてはならなかった。



「……今日は……」



まだ見れない。



「ホントのホントにありがとう」



声は震えていない。


よし、よくやった。



そうして僕は初めて、顔を上げ、優の顔を直視した。



(……えっ……?)



僕は驚いてしまった。



「こちらこそ。ホントのホントに楽しかったよ」



明るい言い方が、声が、心配そうなその目を際立たせていた。



僕は心がうずくのを感じた。



「アハハ!」



自分の声が非常に奇妙に聞こえたし、突然の笑い声に優がぎょっとしたのも分かっていたが、僕にはそんなことを気にする余裕はなかった。


「どうしたの? 俺の顔になんかついてる?」


「……ううん」



彼女はまだ心配そうだった。



当たり前かもしれない。



しかし、僕はごまかすやり方を決めていた。



突然姿勢をただし、大仰なお辞儀をしてみせたのだ。



「では、長らくお邪魔いたしました! これにて失礼させていただきます!」



狙い通りだった。



僕のわざとらしい仕草に、優はクスリと笑ったのだ。



よし、これでいい。



僕はクルリと向きを変え、ドアノブを掴んだ。


ドアを開ける。


隙間を通り抜ける。


そしてその空間を再び閉めながら、優に笑いかける。



「じゃ、明日」


「うん」


笑顔の優のいる空間が細くなる。


優の輪郭が細くなる。


細くなる。


もっと細くなる。



消えた。



消えてしまった。







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