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時計を見ると、六時半を過ぎていた。
「……そろそろ帰ろうか」
「もう?」
草薙は時計を確認しながら言った。
「まだ六時半だよ??」
「……怒られない?」
「大丈夫。今日のこと、親に話してあるから」
「はぁ??」
話を聞くと、彼女は両親に僕の状況を伝え、そのうえで今日出かける許可をもらったらしい。
「……なるほどねぇ」
「ちゃ~んと軍資金ももらってるし、安心して! タケ、何食べたい?」
「……俺は何でも良いや。ってか、草薙……」
僕は目を細め、彼女をじっと見つめた。
「え?」
「「軍資金」までもらっといて、俺におごらせようとしたのか?」
草薙は目を丸くして僕を見ている。
「意外なことを聞く」といわんばかりの顔だった。
「だって、そのほうが気分出るじゃん」
僕がその言葉に唖然としてしまっていると、草薙は屈託の無い笑顔を僕に向けてきた。
「ほら、気分って大事でしょ?」
僕は吹き出しそうになったのを何とかこらえ、横を向いて首を振ってみせる。
「……やれやれ」
「あ、あのお店、良さそうじゃない?」
草薙はイタリアンの店を指差していた。
おしゃれな佇まい、柔らかい照明、少し薄暗い店内、外に出されたメニューの値段。
「おいおい」と思った。
「……俺らがあそこ入ったら、場違いにも程があんだろ」
草薙は僕の上から下までじろじろ見た。
「……まぁねぇ」
「このヤロォ……」
「あ、ゴメンゴメン」
「……謝る気ないでしょ」
「うん」
僕は呆れ笑いを浮かべて歩き始めた。
草薙はすぐ追いかけてきて、僕の横に並びながら首を傾げる。
「じゃあさ、どの店にすんの?」
「普通に……」
「普通に?」
「……ファミレスとか?」
草薙ががっかりしたように肩を落とす。
「……さっきも行ったじゃん」
「だってさ」
僕は言い訳がましい口調になってしまう。
「ガキ二人で入って大丈夫な店ってそうそうないぜ?」
草薙の動きが止まる。
振り向くと彼女は視線を落とし、身じろぎもせず何かを真剣に考え込んでいた。
「……草薙?」
「……じゃあ、分かった」
草薙は携帯を取り出し、ものすごい速さで操作を始める。
「……どうしたの?」
「メール」
そういう事じゃなかったのだが、僕はそれ以上は口を挟まなかった。
ほんの少し、彼女が怒っているような気がしていたのだ。
メールを打ち終わった草薙は、パッと目を上げ、「行くよ!」と大きな声を出した。
「え? あ?」
草薙は驚いて戸惑う僕の右手をむんずとつかみ、ずんずん歩き始める。
僕は急に引っ張られ、バランスを崩しそうになりながら慌てて足を動かし始めた。
「ど、どこに!?」
「黙ってついてくればいいの!」
んな無茶な。
そう思いつつ、僕は彼女の言うとおりにした。
温かくて柔らかい彼女の手を、僕は離したくなかったのだ。