04
家にたどり着き、二階の自分の部屋で椅子に沈み込む。
溜息をつくたびに我に返らされた。
と、急に扉が開き、母が顔を出した。
「武!?塾に行く時間でしょ!?」
僕は目を押さえたが、すぐにふらふらと立ち上がった。
「……分かってるよ……」
「まだ着替えてないの?」
「……このまま行く……」
母は不満がありそうだったが、さっといなくなった。
僕はのろのろと荷物をまとめ、階段を下りた。
玄関で母が腕組をして僕を睨んでいた。
「……本当は言いたくないんだけど」
「だったら言うなよ」とは言えず、黙って横をすり抜け、靴に足を突っ込んだ。
「最近、成績が落ちているみたいね。あなたをあの学校に「入らしてあげた」のは、勉強してもらうため、だからね?」
途中で出て行くことも出来ず、ただ黙って聞いていた。
反論を飲み込んでドアを押し開けた時、目の前に現れたのは、どんよりとした曇り空。
僕はまた溜息をついてしまった。
結局、塾にも遅刻してしまった。
そこで既に「お怒り」を買ったのだが、小難しい数学の問題に対面した時、ある疑問が頭に浮かんで、全く問題に集中できなくなってしまった。
講師に集中力がどうとか言う説教を食らったのだが、それすら右から左に抜けていった。
「僕は何故、生きているんだ?」
帰り道、頭の中を揺さぶっている疑問を呟いてみた。
こんな言葉が浮かんだことに―――
その答えが見つからなかったことに―――
涙がこぼれそうになった。
家についてからも、ずっと上の空だった。
答えを探す以外に頭が働かない。
「武、早く食べなさい!」
「あ……うん……」
箸でつまんだご飯を口に入れ、噛み始めた。
(……?)
飲めない。
飲み込めないのだ。
腹は減っているはずなのに、喉がうまく機能しない。
僕はコップをとり、口の中の物を胃まで流し込んだ。
三十回も四十回も噛んだのに、丸呑みしたときのように喉で引っかかる。
涙が出る前にそれを拭き、次の一口をほおばった。
何とか食べ終わり、追い立てられる前に風呂に入った。
ずっと、風呂場だけは安息の場だった。
湯舟に浸かっている間は、殴られたりすることも、文句を言われることも、問題を目の前に出されることもないからだ。
だがしかし、ついにここもそんな場所ではなくなってしまったようだ。
湯舟に浸かり、目を閉じたとき、瞼の裏に時田の顔が浮かんできた。
僕は溜息をつき、「消えろ」と頭の中で呟いた。
この程度、いつものことだ。
が、時田は底意地の悪い笑みを浮かべるだけで、一向に消える気配がなかった。
「探したって見つからねぇよ」
「彼」は言った。
「てめぇに生きる意味―――価値なんてねぇんだからな……!」
大きな水音とともに体が起きた。
水面を見つめている僕に聞こえるのは、水滴が落ちる「ポチャン」という音だけだ。
僕はそれ以上、そこにいることが出来なかった。
風呂から上がった僕を見て、母が驚いたように言った。
「あら、珍しく早いわね」
僕は適当な返事を返し、部屋に入った。
そして、ベッドに倒れこむ。
もう、余計なことは考えたくなかった。
幸い、自分でも分かるほど早く、僕は眠りに落ちていった。