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僕らはまだ駅にいる。
なにせ行き先もまだ決めていないのだ。
「……で、どこ行くんだ?」
「それなんだよね」
草薙は困ったような顔をした。
「「行きたいとこ」はあるんだけどねぇ」
そういってチラリと見てきた。
それで僕は「あぁ」と呟いた。
「財布の中身がそれに釣り合わないってか?」
「正解」
草薙はにっこり笑った。
僕はほんの少しだけ視線をずらす。
と言っても、向きを変えたわけじゃない。
僅かに焦点をずらしただけだ。
「……で、財布の中身を考えないで「行きたいところ」は?」
草薙は即座に答える。
「ランドかシー」
「なるほどねぇ……そりゃ無理だ」
答えながら僕は、「うっかりしてたな」と思っていた。
どうせ最後なんだから、有り金は全部持ってくればよかったのだ。
よく考えたら、追加すら……
「あれ?」
僕は自分の財布の中身を見て、思わず声を上げてしまった。
「?どうしたの?」
僕はもう一度中味のお札の枚数を確認する。
明らかに多い。
「……予想以上に入ってた」
「へぇ?」
しかし、僕の全財産ではなかった。
7割、といったところか。
(気が利いてんだか利かないんだか)
(足りねぇってか!?)
ネモが不機嫌に言った。
僕は思わず笑ってしまった(僕が突然ニヤッと笑ったのを見て、草薙は不思議そうに首をかしげながら戸惑った微笑を浮かべた)。
(冗談だよ。サンキュ)
結局、草薙と僕で持っている金額を合計すると、まぁそれなりに―――「ランド」や「シー」は無理だが―――遊べる量だった。
僕はパチンと手を叩いた。
「さてさて、予算も決まりましたし、どうする?」
「う~ん……あ、そうだ!」
草薙は指を鳴らして言う。
「見たい映画があったんだ!」
「じゃ、そういうことで」
僕が歩き出すと、草薙はその横を軽い足取りでついてきながら、両手を上に伸ばした。
「いやぁ、人におごってもらって見れるとは思わなかったなぁ」
「へ?」
僕が聞き返しても、草薙は澄ました顔で歩き続ける。
「オイコラ、草薙!」
「ラッキー!!」
草薙はケラケラ笑いながら走り出した。
僕も笑いを堪えながら彼女を追いかける。
「馬鹿、人の話を聞けぇ!!」
「ありがとー!!」
堪えきれず吹き出してしまった。
それと同調するように、草薙の笑いも止まらない。
結局僕達は、電車を降り、駅を出て映画館につくまで、いや、映画館の席についても笑い続けていた。