37
その日僕は、目覚ましが鳴る前に飛び起きた。
しかし頭の目覚めは若干遅れ、ぼんやり「今日、何かあったっけ……?」と思った。
その途端、ネモの大きな声がした。
(馬鹿、私服持って駅で待ちあわせだろ!?)
目が覚めた。
ネモが呆れたように笑った。
(全く、そいつは緊張からくるのかねぇ?)
「……さぁな」
僕は大きく伸びをした後、着替え始めた。
「そういえば、ネモ」
(……誰かいると着替えにくいんじゃなかったのか?)
「そんな昔の発言忘れた。なぁ、俺、昨日そのまま寝ちゃったんだっけ?」
(ああ。俺がお前の携帯でメール送っといたから)
「誰に?」
(お袋さん)
「へぇ!」
送信ボックスを開くと、体調が悪くて早退したこと、部屋で寝ていること、塾を休むことを書いたメールが入っていた。
「気が利くな。サンキュ」
僕は教科書類をベッドの下に押し込み、適当な私服をかばんに詰め込んだ。
かばんを持ち上げると、いつもよりずっと、そう、驚くほど軽かった。
(? どうした?)
「……別に」
僕はかばんをちょっと上下に動かした。
「さて、と。じゃ、行ってくらぁ」
そして昨日帰ってきたときに持って上がった靴を履いて窓枠に足をかけると、ネモが慌てたように言った。
(バ、馬鹿! 何やってんだ!?)
身体が勝手にのけぞり、僕は窓から離れた。
「よせよ!」
僕は姿の見えないネモに文句を言った。
「昨日の今日で、親がまともに出してくれる訳ないと思っただけだよ!」
まだ自分の身体が動かない。
ネモに止められているらしい。
(それでも、だよ! ここ二階だぞ!?)
「大丈夫だよ」
僕は自分に言い聞かせるように言った。
「大丈夫」
ネモは何も言わなかったが、ふっと体の緊張が解けた。
僕はニッと天井に向かって歯を見せた。
「サンキュ」
そして僕が再び窓枠に足を書けた瞬間。
(……気をつけろよ)
意味深な響きだった。
咄嗟に振り向いてみても、部屋にネモの姿はない。
僕は無人の部屋に向かって笑いかけ、親指を立てると、そこからひょいと飛び降りた。