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校長が毒々しく言った。
「フン、だから自分は悪くないとでも言うつもりか?」
「違う」
言いたいのはそういうことではなかった。
「気絶させただけで終わらせる気はなかった」
「どういう……?」
僕は再び口をつぐんだ。
さすがに「殺すつもりだった」とは言えなかった。
言葉が、あまりにむき出しすぎる気がした。
僕はふいに目まいがして、右手で額と目を覆った。
「……もう、帰っていいですか?」
何故かは分からない。
僕は唐突に泣きたくなってきていた。
声も誰かがスイッチを切り替えたかのように、涙声に変わってしまっていた。
「……タケ……?」
「話なら明日以降ちゃんと聞きますから……今日はもう……」
明日は土曜日だと言うのに、また学校があるのだ。
僕はそれ自体、何か無茶な話のように感じていた。
ここに入学してから今までずっとそうしてきたのに。
クレイジーだ。
松田先生がすっと立ち上がり、机でなにやらさらさら書くと、それを僕に手渡した。
「はい、斎藤君。早退届」
自分で言い出したにもかかわらず、全くそれを予期していなかった僕は、驚いて顔を上げた。
「松田先生!」
校長がいきり立ったのを尻目に、草薙が右手を上げた。
「先生、私も」
「よし来た」
先生は彼女の分の早退届も瞬く間に書き上げた。
「草薙優さん、と。はい、お大事に」
そして「言語道断!」という顔をしている校長に向き直った。
「良いじゃないですか。一日ぐらい早く帰っても。それに話は彼が起きてからの方が良いでしょう」
校長は「彼」、時田を見やり、僕と草薙をじっと睨みつけた。
そして松田先生に向き直る。
「いいでしょう。その男子生徒は許可しましょう。でも……」
しかし、松田先生のほうが上手だった。
案の定。
「あら、校長先生。女子の「体調不良」という言葉を聞いたなら、男性は気を使っていただきたいのですが」
僕は思わず「ブッ」と息を噴出した。
そして直後、二人の女性からものすごい勢いで睨まれ、僕は小さく「すみません」と呟いた。
校長も居心地が悪そうに咳払いをすると、いかにも苦々しげに「まぁいいでしょう」と言った。
直後、松田先生は
「じゃ、これ、お願いします」
と言って二枚の早退届を校長に手渡した。
「二人の担任の先生に渡して置いてください」
「……分かりました」
そして校長は、僕たちを真正面から見つめた。
僕は一瞬、彼が受け取った二枚の紙をひねりつぶすのではないかと思った。
しかし、彼はそうはせず、最後に憎憎しげに付け加えただけだった。
「良いか、今日だけだぞ!」
そして足音も荒く、部屋を出て行った。
「……全く、なんなの、アイツ?」
草薙は本気で怒っていた。
当事者であるはずの僕以上に。
まぁそんなものなのかもしれない。
松田先生は小さく(実際、ほとんど聞こえなかった)鼻を鳴らし、体操服姿の草薙に言った。
「あ、草薙さん、ちゃちゃっと着替えてきな。斉藤君は応急処置が終わったら帰すから」
彼女も即座に頷く。
「分かりました。じゃ、タケ、後でね」
僕は黙って頷いた。
何か、僕のペースが完全に失われているような気もしたが、それは別に今に始まったことでもない。