表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/67

03



僕がうずくまっているちょうどそこに担任が入ってきた。


と言っても、救いにはならない。


二十代後半の彼は既に、理想を追うことより、賢く世を渡ることに目覚めていた。


彼は言った。



「斎藤……そんなとこで寝るな!」



彼はこの状況が分析出来ない程愚かではない。


只、賢く生きる上で、こうした「ちょっとした」問題には目をつぶった方が良い、というだけのことだ。



時田は僕を引っ張って立たせ、倒れた机のあるところに突き飛ばした。


また、クラスのほとんどが笑った。


担任は「危ないから気をつけろ」というようなことをぼそぼそ呟いた後、何事もなかったかのようにHRを始める。


僕は歯を食いしばり、なるべく音を立てないように机を戻そうとした。


が、同時にかばんを拾おうとしたのが間違いだった。


最後の最後で手が滑り、机が再び倒れて大きな音を立てる。



「静かにしろよ、このカス!」



顔が赤くなるのを感じた。


それを隠そうして再び机に手をかけると、今度は隣の女子が手伝ってくれた。



「草薙……」



「草薙さん!そんな能無し、手伝うことねぇぞ!!」



時田のせりふで皆が笑ったが、草薙は無表情だった。



彼女の協力で戻せた机の上に、ポケットティッシュが置いてあった。


不思議に思って窺うと、彼女はこっちを見ないまま唇をつついた。



(え?)



反射的に自分の唇をぬぐうと、血がついていた。


それで、もらったティッシュをありがたく使い、切れた唇を拭いた。






こんな日々が続いている。



疲れていた。


それ以外にしっくり来る言葉はない。


とても疲れていたのだ。




僕には、人が明日を待つ気持ちが理解できなかった。



明日にも同じ苦しみが続いていくことははっきりしているのだ。



僕に死ぬ勇気があれば、きっとそうしていただろう。



ただ僕には、それすらなかった。


流されるままだったのだ。


小さい頃、自分の道を歩いていた頃、そのときの気持ちは忘れてしまった。





殴られ、蹴られ、投げられた後、ようやく学校から解放された。





僕は誰よりも早く教室を後にした。


逃げる「ように」というのは間違いだ。



僕は教室から「逃げ出した」のだから。






駅のホームで電車を待っていると、すぐ隣に制服を着た娘が並んだ。



横目で見ただけでははっきりとは分からないが、どうやら同じ学校の生徒らしい。



電車が来た。


端の席に座ると、さっきの娘がすぐ隣に腰掛けた。


驚いて顔を窺うと、草薙だった。



「草薙!?」



「何だ、気付いてなかったの?」



草薙はにこりと笑ったが、直後にうつむいてしまった。





彼女こそ唯一の救いだ。


草薙 優は小学校からのクラスメートで、恐らく一番仲の良かった女の子だ。


中学に入ってから―――僕が時田に殴られるようになってから―――は、少し距離があったが、間接的に助けてくれていた。



「タケ……ごめんね」



「へ?」



目をそらされてしまった。


沈黙の中、電車の規則的な揺れと音が、いつまでも続いていた。







結局、いつの間にか彼女とはぐれ、一人の時間のほうが多かった。







地下鉄に乗り換えた後、僕はずっとうつむいていた。


窓を視界に入れないために。



朝より疲れた顔があるのは、分かりきっているのだ。



それをまともに見据える勇気は、僕にはなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ