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若干過激な描写かもしれません。
「じゃあ、授業の準備を」
「うわぁ~、しょっぱな体育かぁ~」
皆が荷物を用意して教室を出て行く。
僕も行こうとしたとき、突然ものすごい力で引っ張られた。
「痛!!放せよ!!」
しかし、時田は薄ら笑いのまま僕を引っ張り続けた。
彼は服の破れる音も無視した。
放されたのは屋上に着いた時だ。
「放された」というより、「投げ飛ばされた」というほうが正しい。
コンクリートのせいで、両腕に焼けるような熱い感覚が走ったが、痛がる間もなく、後頭部を踏みつけられた。
左の頬に衝撃が走る。
「……ゴミクズ、なんか最近、お前、生意気だよなぁ」
時田は言いながらさらに力をこめ、足を動かして踏みにじった。
僕は呻くことも出来なかった。
「なぁ、ゴミクズ。お前みたいなのが人間様に金を要求するってどういうことだ?」
僕は必死で横に転がった。
時田はそんな僕を嘲笑うようにあっさり踏むのをやめる。
「立てよ、カス」
言われるまでもなく、僕は立ち上がっていた。
そして、「やらなければやられる」という危機感から、自分を奮い立たせて時田に叫んだ。
「……楽しいか?」
僕は唾を吐き出した。
真っ赤だった。
「何?」
「楽しいかって聞いてんだよ!!」
鼻と唇から出た血が、顎から下に滴っている。
時田はまたさっきの、凄みがある笑顔になった。
「いいや。お楽しみはこれからだ、ゴミクズ」
時田はゆっくり近づいてくる。
僕は動けなかった。
蛇に睨まれた蛙だって、もう少し何かが出来るだろう。
僕は彼の視線にすら、抵抗できそうになかった。
手を伸ばせば届く位置にきてから、時田は信じられないほど早く動く。
何の予備動作もなく彼は僕の胸倉を掴み、力ずくで引き寄せながら、僕のみぞおちに右こぶしを突き出した。
ドッ!!
彼の右手は僕が咄嗟に動かした両腕の間をすり抜け。固くしたはずの腹筋を貫いた。
衝撃が走った。
「ガボッ!?」
僕は腹を押さえて膝をついた。
今までとは桁違いの威力。
何がなんだか分からないまま胃袋が痙攣し、その中身を吐いてしまった。
「汚ぇぞ、ゴミクズ」
彼は僕の背中を蹴り飛ばし、僕は自分の吐いたものの中に突っ込んだ。
直後髪の毛を掴まれ、反吐の中に顔を叩きつけられる。
鼻をしたたかに打ち、また新たに熱い感覚が走った。
時田に何度も頭を地面に叩きつけられ、僕は意識が飛びかけた。
唐突に彼は手を放す。
僕が何も考えずに頭を浮かせると、時田が冷たく笑った。
「甘いぜ」
僕は再び後頭部を踏みつけられ、今度は左目の辺りを打った。
本当に、これ以上ないほどの屈辱だ。
それに何より、ものすごく痛い。
しかし妙に落ち着いている自分がいた。
空からこの状況を見下ろしているかのように、僕の頭の中は冷静だった。
何故僕はこんな目にあっている?
「戦う」というのはこういうことなのか?
そもそも、僕は何と戦おうとしてたんだ?
時田が再び力を緩めた時、僕は今度は横に転がって逃げた。
彼が言った。
「飽きてきたな。そろそろ死ぬか?」
僕はのっそりと立ち上がった。
僕が袖で顔を拭い、口の中の血を吐き出す間中、時田は意地の悪い笑みを浮かべたままだった。
ネモに尋ねられた時は「違う」と答えた。
でも、本当にそうか?
「おい武」
彼は相変わらず僕を見下げている。
「頭を下げて、許しを請えよ。そうすりゃ許してやらねぇこともねぇぞ」
この現状を生み出しているのは、紛れもなく時田なのだ。
「何か」を変える、と僕は言った。
でも、僕が時田を変えられるとは思えない。
そうしたいとも思えない。
「オイ、何黙ってんだ?」
時田が笑ったまま僕の胸をどついた。
僕は二、三歩後ろによろめいたが、目だけは時田を見据えていた。
こいつが悪いんだ。
コイツが。
僕の中を冷たい現実が敷き詰めていった。
綺麗事はもういい。
僕は涙が出るほど時田が憎かった。
消し去ってしまいたかった。
ここから。
この世界から。
この僕の人生から。
でも、それはダメだ。
出来ない。
「何故?」
冷たい声がした。
ネモの声かどうかは分からない。
目の前の時田が怪訝な顔をしたところを見ると、どうやら僕の口から漏れたらしい。
何故?
また僕は頭の中で呟いた。
どうせ僕は死んでしまうのだ。
それも、ほんの一日後に。
一体何を恐れる必要がある?
その瞬間、僕の中で何かが変わった。
「……やってやろうじゃんか」
「何?」
時田が戸惑いを見せた。
あるいは「恐怖」であったかもしれない。
でも、僕にとってどちらでも良かった。
僕は何も考えず、時田に襲い掛かった。