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時田は嬉々として大声で叫んだ。
「チクリン退治完了~!!」
そして拳を高らかに上げ、ゲラゲラ笑った。
一緒に起こった笑い声の中で、僕は初めて、クスクス笑いながら何事かを囁いている女子連中を目にした。
それこそ、彼女たちも悪意を顔にたたえ、嬉々として話し合っている。
僕はその理由に気付き、愕然とした。
(なんだ、気付いてなかったのか?)
とネモが呆れたように言った。
(お前の味方になるっていうのはそういうことなんだよ。だからこそあの娘も今まで躊躇ってたんだ)
僕の混乱はおさまらない。それを見て、ネモは鼻で笑った。
(明確な理由なんて要らないんだよ。明確なきっかけさえあれば。仮想敵国のお前に味方するってのは分かり易過ぎるきっかけだろ?)
確かに、その通りだ。
一旦始まってしまえば、もう理由なんて要らない。
そうでなくても僕らは欠点だらけなんだから。
(でも)、と僕は思う。
(許されるはずがないじゃないか)
時田は蟻を踏み潰すようなものと言った。
でも、僕はその「蟻を潰す」ということでさえ躊躇いを覚える。
蟻だって生きているのだから。
それに、だ。
僕はすでにカウントダウンを始められそうなほど「最期」に近いが、草薙は違う。
彼女は生きなければならないのだ。
恐らくは時田も、あの女子連中もいる中で。
「……待てよ。話は終わってない」
気付くと僕は、去っていこうとしていた時田の後姿に声を投げつけていた。
身体も恐怖を乗り越える程、強い決意が腹の底に沈んでいた。
「……あー??」
時田がこっちを向く。
僕はその目を睨みつけた。
「……俺が払う前に、お前が払うべきだろ、時田」
時田の顔から表情が消えた。
僕は早口で続けた。
「賠償金だよ。少なくとも、お前の10倍はもらわねぇと割りに合わねぇ」
一瞬全てが静まり返った。
時田は全くの無表情のまま僕を睨みつけていた。
昨日までの僕だったら、いや、さっきまでの僕だったら、恐らく後ずさっていただろう。
ただ何故か、このときの僕は時田の視線を跳ね返そうと、その場にとどまっていた。
「ハ!」
時田が笑い出した。
顔は笑顔になったが、目は全く笑っていなかった。
「お前、殺されたいのか? え? ゴミクズ」
彼の笑顔でない笑顔に、僕はとてつもない恐怖を覚えた。
それはその場に居た全員が同じだったらしい。
ほとんどの奴らが後ずさった直後、時田が一歩こっちに踏み出した。
「どうした、なんか言えよ」
僕が口を開きかけたその時、まれに見るタイミングのよさで担任が教室に入ってきた。
「はい、席ついて~」
彼はいつもどおり、何も見ていない。
この緊迫した空気も、僕と時田が睨みあっているこの状況も、その周りを取り囲む生徒の動揺も。
しばらくして彼は、僕たちがそのまま静止してるのにようやく気付き、驚いて教室を見回した。
「……どうした?」
クラスメートたちは時田を見た。
それにつられて担任は時田を見、そして、時田が見ている僕に目をやると、「またか」という風に顔を歪めた。
そしてすぐに名簿に視線を落としてしまった。
「席につけ。出席を取るぞ」
2秒後、時田が向きを変え、自分の席に戻っていった。
そして、他の面々が動き始め、僕も自分の席に倒れこんだ。
それと同時に、またネモが言った
(宣戦布告の時点で疲弊しきってるな)
ネモの言うとおりだ。
でも、それでも、戦わなきゃならない理由が僕の中に、それに、空っぽの隣の席にある。
何といっても、後今日を含めても二日。
そのくらいは戦える。
そのくらいは戦っていたいのだ。