26
教室はいつもと同じだった。
いくつかの談笑の輪があり、皆が楽しそうに話している。
自分がやけに場違いに感じられた。
ここにいてはいけないと思った。
その心を読んだように一人の男子が声を上げる。
「おい病気持ち!!うつすんじゃねぇぞ!!」
その時(僕は無視するつもりだったのだが)、草薙が過剰に反応した。
「何が病気よ!?馬鹿じゃないの!?」
あまりの剣幕に、僕も、笑った男子も驚き、動きを止めた。
「一人でいじくる力も、度胸もないくせに……ホント、あんた馬鹿!?」
彼は目を瞬かせ、何も言い返せなくなってしまったらしい。
草薙の迫力に「呑まれた」とでも言おうか。
まぁ、無理もないな、と僕も目を瞬かせながら思った。
と、草薙がその剣幕のまま、僕のほうに振り向き、僕は思わずたじろいだ。
「タケも!!なんで黙ってんの!?」
「え、あ……」
僕が答える前に、嘲るような声がした。
「怖いからだよな、腰抜け」
時田が意地の悪い笑みを浮かべていた。
草薙が口を開く前に、僕は目で彼女を牽制し、止めた。
「……タケ……?」
「……別にお前らなんか怖くねぇよ」
嘘ではない。
恐怖はなかった。
僕はぼそりと呟いた。
「……どうせ、死ぬだけなんだから」
それは時田には聞こえなかったらしいが、草薙は目を見開いた。
「タケ……!?」
「なんつったんだ?」
時田が明らかに僕を見下しながら近づいてきた。
「訂正しちまえよ、武。「本当は怖くて仕方ありません」ってさ」
穏やかな口調ではあったが、迫力はものすごかった。
周りの顔から笑みが消えた。
草薙ですら一歩後ずさった。
「それから土下座して、地面に頭を擦り付けろよ。そしたら許してやってもいいぜ」
「……許す?」
僕は後ずさろうとしている体を必死で抑え、そこに立っていた。
頭とは違い、身体の方は恐怖に震えているらしい。
例えでもなんでもなく、足に力が入らない。
膝の震えがどう頑張っても収まってくれなかったのだ。
それでも僕は、何とか声を絞り出した。
「……なんだよそれ。まるで、俺がいつも何かしてるような言い方だな」
時田は視線を落とし、(ほぼ間違いなく僕の足を見て)ニンマリ笑った。
「昨日のだよ」
彼はこれ見よがしに右手をさすってみせた。
「思いっきり叩き落してくれたなぁ。こりゃ、賠償金もらえねぇと引っ込めねぇなぁ」
僕は黙っていた。
周りが半分面白がって、半分がいつもと違う何かを感じ、息を呑んで見つめているのが分かった。
僕は声が震えたりしないよう用心しながら言った。
「……いいぜ、払ってやるよ」
「タケ!?」
僕は草薙を無視した。
目をやることもしなかった。
僕はただ、時田を見ていた。
彼は唇をめくり上げて笑う。
「そうそう、蛆虫は蛆虫らしくしてりゃいいんだよ」
「寄生虫はそっちだろ!」と叫びたかった。
しかし、僕はそれを飲み込んだ。
「……いくらだ?」
時田は唇の端を吊り上げたまま、右手を広げた。
「五万だ。期限は明日。分かったな?」
彼は笑いながら自分の席に戻ろうとしたが、話はまだ終わってなかった。
しかし、僕が呼び止めようとするより早く、草薙がカバンを床ににたたきつけた。