02
僕はようやく電車から解放され、駅から学校までの10分程度をのろのろ歩いていた。
幾人もが僕を追い抜いていく。
何人かが僕にあざけりの視線を送ってきたのは、多分、気のせいではない。
校門の前で立ち止まってしまった。
建て替えたばかりでまだ汚れていない白い校舎が僕を見下ろしていた。
なんで僕はこんなところに入ってしまったのだろう。
「おい、そろそろHRが始まる。早くしなさい!」
僕の記憶違いでなければ、彼はここの学校長だ。
この偉そうな態度や言葉遣いが、生徒の反感を買っていた。
僕は歯向かわず、黙ったまま校舎に入った。
教室の中は、いつものようにざわついていた。
一際大きな笑い声が起こった、その輪の中心にいるのは、時田 健。
スポーツ万能、頭脳明晰。その上顔もハンサムという、少女マンガの主人公のような超人だ。
欠点は、その性格。
僕は教室を横切り、自分の席へ向かった。
そして机にかばんを置いた瞬間、後ろから突き飛ばされた。
「うわ!!」ドガァ!
体が机と一緒に倒れた。
どこかにぶつけたのか、倒れた時の音によるのか分からないが、耳がじんじんする。
が、それでも、周りの連中の笑い声は消せはしなかった。
時田が言う。
「立てよ、武」
僕はぶつけた腕をさすりながら立ち上がった。
武というのは僕の名前だ。フルネームは斎藤 武。中学二年生だ。
倒れた机を戻そうとすると、時田が足でそれを踏みつけた。
「……やめろよ」
「まぁ、そうあせんなって」
時田はニヤニヤ笑い、倒れた机の上にどかりと腰を下ろした。
「……」
時田の足が、床に転がっている僕のバックを踏みつけた。
バキバキと物が壊れる音がしても、時田はニヤついているだけだった。
「……やめろって」
「金を返すならやめてやるよ」
「……金……?」
時田がニヤついたまま突然立ち上がり、近づいてきたと思った瞬間、僕は床に倒されていた。
こぶしを受けた左頬と、倒れたときに打った後頭部、床にすれた背中に、じわじわと痛みが広がっていく。
声を出すことも出来ない。
「忘れたのか?五千円も貸したんだがな」
「五万円も取ったの間違いだろ」
立ち上がりながら呟いたこの独り言は、しっかり聞かれてしまった。
「あ~??よく聞こえねぇ……」ドカッ!「な!!」
みぞおちに彼のこぶしがめり込んだ。あまりの見事さに、呼吸も出来ない。
床にうずくまった僕のポケットから、財布が抜かれるのを感じた。
「少ねぇな!千円っきゃ入ってねぇぞ!?」
歯を食いしばって見上げると、彼は僕の財布から最後の一枚を取り出し、皆に見せていた。
時田は僕を見下ろしてニヤリと笑った。
「……でもどうやら、小銭は多いぞ?」
時田は僕の財布を振って見せた。
カチャカチャと軽い音が鳴った。
未だに痛みが麻痺している。
殴られた辺りに痛みらしいものがあったが、感じることが出来ず、形のつかめない苦しみが残っていた。
何とか立ち上がってみたものの、吐き気と目まいでしっかり立つことすらままならなかった。
「……返せよ」
ニヤつきながら、財布を上に投げては捕るを繰り返していた時田が、いきなりそれを投げつけてきた。
財布は捕ろうとして広げた僕の左手をはじき、地面に落ちた。
それを拾うときに起きた笑い声のせいで、耳が熱くなった。
時田が頭を振りながら近づいてきた。
「鈍いなぁ……鍛えてやろうか?」
「やめ……」
僕は彼の手に注意を向けていた。
二度も殴られているのだから、当然だろう。
だがしかし、薄ら笑いを浮かべた時田は、眉一つ動かさず、僕の急所を蹴り上げた。