18
(行かないのか?)
しばらくしてネモが尋ねてきた。
僕はベンチにずっと座っていた。
この間、この駅には電車も、人も、全く現れなかった。
(……逃げようとするのは間違いかな?)
ふと横を見ると、何事もなかったかのようにネモが腰掛けていた。
足に肘をつき、顎に手を当てている。
その状態のまま、ネモは肩をすくめて見せる。
「さぁな。俺に聞かないでくれ」
「……じゃあ、誰に聞けってんだよ!」
僕は立ち上がり、時刻表を覗き込んだ。ネモが顔を上げる。
「……おい、そりゃ戻る電車だぞ?」
「そんくらい分かってらぁ!」
彼は「あっそ」と呟き、またさっきの姿勢に戻った。
僕は呟いた。
「……やめるか」
「はぁ?」
僕は地面に置いたかばんを拾い上げた。
ネモは体を起こし、僕を見た。
「何を?」
「「戦略的撤退」」
ホームの端で時計を見上げ、間もなく電車が来ることを確認する。
ネモはすぐ後ろまで歩いてきた。
「……やめてどうすんだ?」
「戦う」
口に出してみて、なんて陳腐なせりふなんだろうと思った。
「時田と?」
ネモは昨日の夜と同じ事を聞いてきた。
それで僕も、同じように首を横に振る。
「……じゃあ、何と?」
「分からない……」
正直な答えだった。
「でも、このまま終わりたくないじゃんか」
その時アナウンスが流れ、電車が入ってきた。
僕の目の前の車両には、誰一人乗っていなかった。
(珍しいこともあるもんだ)
僕は電車に乗り込んだ。
「……おい!」
振り返ると、ネモはホームにとどまっていた。
「……戦ったからって、勝てるとは限らねぇぞ」
「……勝てるとは思ってない」
僕は呟くように言った。ネモが眉間にしわを寄せた。
「……ただ、何かを変えられるはずだと思ってるだけだ」
ネモは心配そうにしていた。
彼のそんな表情を初めて見た。
「……それも難しいと思うぞ」
僕は笑った。
自分でも別人だと思うほど、快活な笑い声だった。
「……死ぬ気でやれば、出来ないことなんかないよ!」
あの独特な音がして、扉が閉まった。
心配そうなネモを残し、僕だけの電車が動き始める。
簡単だよ。
本気でそう思った。
人は少なくとも、後二、三十年は生きられるように出来ているはずだ。
僕だって、例外じゃない。
ちゃんと燃料は与えられているだろう。
生きていられるのが残りわずかなら、そのわずかな時間に燃料を燃やし尽くせばいい。
そうすれば、どでかい火柱が―――
天まで、届くはずだ―――。