16
気付いたら天井を見上げていた。
まだ、部屋は暗い。
ネモが暗闇の中に立っていた。
「……まだ早いぞ?」
僕は呻いて時間を確認した。
起きなきゃならない時間まで後小一時間。
「……でも、二度寝して起きれるとは思えねぇ……そこのイヤホンとってくれ」
ネモが投げたコードを受け取り、携帯につないだ。
程よい軽快さを持っている音楽が他の全ての音を掻き消した。
母が怒鳴った。
「武!!」
音を止めたと同時にネモが呟く。
(逃避行の始まりだな)
僕は曖昧に頷き、制服に着替え出した。
それを見たネモが不思議そうに言った。
(……おい、何してんだ?)
「着替えだよ。ってか見て分かるだろ!」
(逃げんじゃないのか?)
彼が制服のことを言っているのにようやく気が付いた。
「あの親が私服で外に出すわきゃないだろ?」
「あ、なるほど……」
「人に見られてると思うと、着替えにくいんだが」
「あ?あ、あぁ……」
ネモの気配が消える寸前、呟きが聞こえてきた。
「気にしねぇ奴は、俺の目の前でベッドに「お相手」を連れ込んでたけどなぁ」
天井に枕を投げつけても、空しく落ちてくるだけだった。
家を出た後、何も考えずにいつもの地下鉄に乗ってしまった。
(……あ)
(マヌケ、無意識だっただろ)
ネモは溜息をついた。
それで僕は意地を張る。
(……違ぇよ!このまま終点まで……)
(彼女が見てるのに?)
その言葉に辺りを見回すと、少し向こうにいた草薙と目が合った。
「あ……」
草薙が目を逸らす。
僕は目を閉じ、手すりに寄りかかった。
(誰も見ちゃいないよ)
返事はなかった。
乗り換えの駅は、この地下鉄の乗客が多く降りる駅だ。
僕はその人ごみをかわし、車内に残った。
(……よし)
うまくいった。
恐らく、草薙にはばれずに済んだ。
耳障りなブザーが鳴り、扉が閉まった。
その時。
暗い顔でエスカレーターの列に並んでいた草薙が、ガバッと顔を上げ、こちらを振り向いた。
思い切り目が合う。
最初から僕の位置を知っていたかのように、彼女の視線はぶれなかった。
唇が「タケ」と動いた。
草薙が二、三歩ふらふらとこちらに踏み出した時、ようやく電車が動き始める。
呆然と立ちすくんでいる草薙が、ゆっくりと窓の端に追い込まれていく。
僕は目を伏せた。
電車の加速が妙に遅かった。
(……うまく、振り切ったな)
(……あぁ……)
僕は唇をかみ締めた。