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(ヴィー……)



草薙は鼻をすすりながら携帯電話を取り出した。



「……あ……」



「……親でしょ?「早く帰れ」か、「どうしたの?」もしくは「今どこ?」ってとこか」



「……二番目」



僕も彼女も、まだ涙声だった。



「……帰れる?」



「……タケも一緒なら」



僕はまた笑ってしまった。



「一緒だろ?方向同じなんだから」



「……さっき飛び降りる気満々だったくせに」



それを聞いて、そのまま固まってしまった。


そうだ、僕は死ぬつもりだったんだ。



不思議と、今はそんなことは思わなかった。


僕は強張った頬を緩め、笑いなおした。



「……もう、そんな気はなくなったよ」



「本当!?」



草薙の顔がパァッと明るくなった。



「もう二度とあんなことしない!?」



僕は目を逸らした。また笑顔が消えていくのを感じた。



「……それは答えかねるな……」



嘘はつきたくなかった。



それが正しいかどうかは別にして、だ。



僕は無理に笑って立ち上がった。



「……でも、今はしない。早く帰ろう」



しかし、草薙は僕の腕を引っ張った。必死さが伝わってきた。



「ダメ!二度としないって約束して!」



「……無理だよ……」



僕の声は自分でも驚くほど弱弱しかった。




「約束できない……」



こっちをじっと見ている草薙とは目を合わせないようにして立たせ、何とか微笑んでみせる。



「……帰ろう。これ以上遅くなれない……」



草薙は顔を背け、鼻をすすった。



帰り道、僕はずっと、窓の外を見ていた。



鏡のようになり、僕の顔を映している、その向こうに焦点を合わせて。




外はどこも光の粒に満ちていた。



僕が向かうべき光はどこにあるんだろう。




それを見つける前に、地上を通る時間が終わった。



世の中、まがい物の灯台がありすぎる。



嵐の中、頼れるのは光だけなのに、僕にはどれも偽物に見えた。




結局、話すどころか目も合わせないまま、駅についてしまった。



僕と草薙の家は駅こそ同じだが、そこからの方向は逆だ。



「……送るよ。もう夜だし」



「……いい。逆に私がタケん家までついていきたいくらいだし」



「……今日は死なないって言ったろ」



「……それにタケと二人で私ん家まで行ったら、余計に面倒くさいことになるよ」



彼女は充血した目を指差した。



「……まぁ、確かに」



「じゃ、明日。……タケ?」



「あ、あぁ……」



草薙は何度もこちらを振り返りながら、階段を上っていった。



僕はその後姿が消えてから、自分の出口に向かった。





「何をやってたの!?」



母は僕を頭ごなしにしかり、「塾もただではない」とか「もっと頑張らなきゃいけない」というような主旨のことをわめきたてた。



それで僕は、目を見れないまま何度か謝った。



あまりにあっさり謝られて収まりがつかなくなった母は、不満げにぶつぶつ言いながら引き下がる。



僕は体中にある痛みを表に出さないようにして二階に上がった。



特に意味はないが、そうしなきゃいけないような気がした。



食欲はなかった。



昨日と同じく、ベッドに倒れこむ。



(ほら見ろ、無限ループだ)



眠りに落ちていく中、そう思った。







「……起きろって!」



「……ネモ……?」



「ほら、起きろ!!」



僕は三度ネモにたたき起こされた。



欠伸しながらぼやく。



「……人を一瞬で眠らせられんなら、逆だって……」



ネモはやはり無視した。



「……酷い一日だったな」



「……これだって「酷い」と……」



彼はかまわず続けた。



「でも、忘れんなよ?後三日だぜ?」



僕が何も言わないでいると、ネモがこちらをちらりと見て、不快そうに唸った。



「なんだよ?」



「お前さ、人の話を完璧にシカトすんのやめろよ」



「あ?俺がいつお前の話を無視した?「聞こえてなかった」の間違いだろ」



ネモは笑ったが、冷たい笑い方だった。



彼はそれをすぐに引っ込め、僕を指差した。



「で、非常に疑り深い「トマス」君」



「……「トマス」って……」



「トマス」は疑り深い者の象徴だ。



十二使徒の一人で、キリストが復活したことを聞いた時、それを信じようとはしなかったと言われている。



「……酷いな。こっちは信じる気になったってのに」



「「トマス」も最後まで疑っていたわけじゃないだろ?ま、それはそれとして、何がお前を動かしたんだ?」



(畜生、知ってるくせに……)



「馬鹿、知らねぇよ」



「ほら、心読んだ」



「……あのな」



僕はしかめっ面で立ち上がった。



「……考えたんだ。色々と」



思えば、考えれば考えるほど、答えから遠ざかっていた。



今、ようやく考えがまとまってきた。



「……俺はこのままだと、間違いなく死ぬ。……自分から」



屋上から身を乗り出した時に浮かび上がった感情を思い出した。



密室から久々に抜け出したような、久々に新鮮な空気を吸い込んだかのような気分だった。



「「逃げ」だろうと、「自分勝手」だろうと、今いる場所から抜け出せるんだったら、何の躊躇いもなく飛び降りるし、椅子も蹴れると思うんだ」



ネモは何も言わずにこっちを見ていた。



「でも、後三日なら、それ以外の方法で何とか逃げ切れる」



「……時田からか?」



僕はかぶりを振った。



「この「ループ」から」



「……戦略的撤退って奴だな」



ネモが笑いながら言った。









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