13
知らない内に学校にたどり着いていた。
校長がいつものように生徒に挨拶している。
あぁすれば生徒を飼い馴らせるとでも思っているのだろうか。
彼らの言う、「模範的な生徒」になるとでも。
僕は俯き加減で、その横を擦り抜ける。
すぐに声が追ってきた。
「挨拶位したらどうだ!?」
僕が聞こえなかった振りをすると、後ろで草薙が謝った。
「すみません!」
肩越しに振り返ると、校長がこっちを睨んでいた。
僕は肩をすくめて先に進んだ。
草薙は僕に追い付くと、腕を掴んで止まらせた。
「ちょっと!あの校長、めんどくさいんだから!」
「……ごめん」
僕は顔を背けた。
心を読まれてしまうような気がした。
「……タケ、先生達は助けてくれるよ?」
僕は思わず振り向いた。
信じられなかった。
「……それ……まさか本気で言ってんの?」
草薙は目を見開き、手を離した。
彼女が怯えているようだったが、僕は構わず続けた。
「担任があんな風にしてんの見ていて?」
草薙は顔を背ける。
僕は苛立ち半分、悲しさ半分でそこから立ち去ろうとした。
しかし、再び腕を掴まれた。
「……なんだよ?」
「……信じてみてよ。もしかしたら……」
「無駄だよ」
僕は腕を振りほどいて歩き出そうとしたが、尚強く掴まれただけだった。
「何でそんな……!」
「分かりきってんだよ!!」
僕は男子トイレに入った。
草薙も手を放した。
その日は時田の機嫌が良かったらしく、そこまでひどくは殴られないまま、午前中の授業が終わった。
昼休みも少し小突かれた程度で、ここ二、三週間で一番平和な日になりそうだった。
凪は大しけの前兆だと聞いたことがある。
よく知られている言葉だと、「嵐の前の静けさ」か。
まさにそれだった。
風が吹き始めたのは放課後すぐだ。
「武!」
時田が絡んできた。
「……何?」
「忘れてたんだけどよ、一昨日言った五千円……」
「皆」
僕らが教室の前のドアのほうを見ると、そこから担任が頭だけ出していた。
「体育館に集合だ」
時田は訝しげに彼に尋ねた。
「先生、何で?」
「緊急の学年集会だ。早くしろよ」
そういうと担任は頭を引っ込めた。
それとほぼ同時に時田が僕をにらみつけたが、僕にはそれがなぜか分からなかった。
先に体育館に来ていた先生方は、そろいも揃って険しい顔をしていた。
嫌な感じだった。
(誰か死んだのか?)
なんとなく、彼らが僕を見ないようにしている気がした。
嵐がすぐ近くまで来ていた。
「皆さん」
学年主任の女性教師が(大半に嫌われているくせに、変に馴れ馴れしいオバサンだ。どうでもいいことだが、僕は大っ嫌いだ)、妙に静かで、妙に神経を逆なでする声で言った。
「昨日、生徒の一人からの訴えで、いじめがこの学年に存在していることが発覚しました」
辺りがざわついた。
皆が気にしているのは「誰が訴えたのか」ということで、その事実があることに驚いている奴は一人もいない。
教師は声を張り上げた。
「静かに!!静かにしなさい!!」
皆が静かになると、彼女の声はおとなしく―――そして気色悪くなった。
「学年の先生たちで相談して、こういう形を取りましたが、当事者たちはことを公にしたくはないでしょう」
僕はとてつもなく嫌な予感がした。
「ですから、学校側は詳しいことは調べません」
何かを聞き間違えたか、教師が言い間違えたらしい。
そんな風に思った僕を置き去りにして、彼女は続ける。
「いじめをしている生徒は、これ以降はやめるように。いじめは悪いことなのです」
彼女はさらに何か話し始めたが、僕にはもう何も聞き取れなかった。
言葉が全く届いてこなかったのだ。
が、落胆はしなかった。
何か問題が起こると必死でそれを隠そうとする奴らに、何か出来ると期待するほうが間違ってる。
でも僕は、溜息をつかずにはいられなかった。
僕の周りの奴らが立ち上がった。
解散が告げられたらしい。
その途端、ものすごい力で肩をつかまれた。
「イテ!」
振り返らなくても誰だか分かる。
そして、何の用かも。
「テメェ、ちくりやがったな!?」
「ちが……!!」
反論は顎への一発で封じ込まれた。
時田は僕の襟を掴んで、強引に引きずり出した。
脳が揺れて意識が飛びかけていたが、彼がクラスの男子に声をかけながら、屋上に向かっているのは分かった。