12
(おい)
ネモの声がした。僕は部屋を見渡しながら呟いた。
「……夢の中だけにしてくれよ。はっきり現実だって分かってるところで死刑宣告なんて受けたくない」
部屋にネモの姿はなかった。
(……信じたほうが、楽にならないか?)
姿が見えないのでなんとなく、天井に向かって微笑んだ。
「でも、やっぱり……生きたいじゃんか」
もう、ネモの声は聞こえなかった。かわりに母が叫んだ。
「武!!」
「はいはい、起きてますよ……」
何も変わらない、どこにも救いのない日常がまだ、続いていく。
人に押しつぶされながら、ずっと考えていた。
ネモは「死」で僕が救われるかのようなことを言った。
もしそれが本当なら、「生」が苦しみということだろうか。
確かに僕は、ついでに言うと周りの人たちも、楽しんではいない。
――――――「生」が苦しみ――――――
もしそうなら、人は苦しむために生まれてくるのだろうか。
――――――「生」が苦しみ――――――
そういう話をどこかで聞いたことがあった。
――――――「生」が苦しみ――――――
確かあれは「輪廻転生」の考え方だ。
悟れば、「生」を繰り返す、無限の苦しみから解放されるという……。
――――――「生」が苦しみならば……
「タケ!!」
はっと気付くと、草薙が目の前で手を振って見せていた。
「お、おはよう……」
「大丈夫?さっきから全く反応なかったけど……」
「ちょっと考え事を……」
僕がそう言うと、途端に草薙の表情が曇った。
何より、目が変わった。
それはは絶望を感じている目だった。
「……??」
しかし、彼女が目を逸らしてしまったので、その訳を尋ねることはできなかった。
乗り換えの駅で降り、階段に向かって二、三歩歩いてから、彼女が横にいないことに気が付いた。
「……?」
振り返ると、草薙は降りたところで立ち止まり、こっちを真剣な表情で見つめていた。
人の流れが、僕らを迷惑そうに見ながら行過ぎていく。
「……タケ、死なないでよ」
彼女は本気で言った。
僕は当惑してしまい、言葉が出てこなかった。
しばらくして、彼女は目を逸らした、
「……私は……」
草薙はそれきり、口をつぐんだ。
彼女が下唇をきつくかみ締めているのが見えた。
向かいのホームのアナウンスで我に返った。
「……行こう。遅刻するよ」
「……うん」
草薙は目をあわせようとしなかった。
(……自殺か)
僕もまた、彼女の視線から逃げながら思った。
考えたこともない、といえば大嘘だ。
それこそ数え切れないほど、何度も「死にたい」と思った。
でも今、この瞬間まで踏みとどまっている。
ついさっきまで、「僕が臆病だから死ねなかった」と思っていた。
「死ぬ勇気がなかったから」と。
もちろんそれもある。
ただ、それだけではない。
僕も「明日」ささやかな「変化」が起こることを期待して毎日を生きていたのだ。
生きることが苦しみではなかった頃のおかげで、僕の心の奥底があきらめることなく、生きてこれたのだ。
今、僕が苦しんでいるのが事実でも、これから先も、ずっと苦しみ続けるとは限らない。
「生」は苦しみじゃない。
僕はそう思った。
ただ……
「タケ、着いたよ!」
草薙に引っ張られて電車を降りる時、体が冷たい感覚にとらわれていた。
(その、「先」があるかどうか……)
僕はネモの言葉を信じかけていた。
その上、「終わり」が近い事を知り、安堵している自分がここにいる。