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都合のいい私を、辞めることにしました  作者: 福嶋莉佳
五章

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第3話

馬車で屋敷へ戻った時には夕方だった。


出迎えたセバスに問う。


「お父様は?」


「執務室に。レオン様とご一緒です」


「……そう」


書類をぎゅっと抱き締め、

そのまま執務室へ向かう。


扉をコンコンと叩く。


「入れ」


机の向こうに父。

その横に、腕を組んだ兄。


「外出していたな。王都に行っていたそうだが」


父が顔を上げる。


「王都まで何をしに行ったんだ?」


私は一歩、進む。


「干し無花果の件で、お願いがあります」


兄の眉がわずかに動く。


「またその話か」


「はい」


机の上に書類を置く。


「王都のパン工房と、試作の取引がまとまりました。

三か月分は購入していただけます」


父の目が細くなる。


「お前が進めたのか」


「はい」


「正式契約は、名義を持てたら、です」


兄の視線が鋭くなる。


「名義?」


「乾燥物を、私の名で分離したいのです」


父は書類に目を落とす。

兄は腕を組んだまま動かない。


「言ったはずだ。失敗したらどうする」


兄の声は低い。


「名義を持つということは、

全責任を負うということだ」


兄は息を深く吐いた。


「赤が出たらどうする。

支払う余力などないだろう」


喉が渇いた。


それでも――


「三か月分は、購入が確定しています」


静かに続ける。


「本契約が決まれば、

前金をいただけるとも仰ってくださいました」 


「確定か。書面はあるのか」


契約書を兄に渡す。

兄は受け取り、目を走らせる。


沈黙が落ちる。


「……甘い」


「え……」


「三か月分では事業とは言えん。

単なる在庫処理だ」


書面を机に置く。


「前金も“名義が取れたら”だ。

今は何も確定していない」


目を伏せる。


――だが。


顔を上げる。


「契約の場には、

グラーフ伯爵が同席してくださいました」


兄の指が、わずかに止まる。


「前受の提案をされたのも、

あの方です」


父の視線が、ゆっくりと上がる。


「……グラーフ伯が、か。

軽い名ではないな」


兄がわずかに眉を寄せる。


「父上」


父は手で制す。


「エリナ……本気か」


「お父様」


父を見据える。


「私の持参金は、いくらございますか」


兄の眉が動く。


父は無言。


「損失が出た場合、

その範囲で責任を負いたいと考えております」


「……持参金は、嫁入りのためのものだ。

 事業の火消しに使うものではない」


拳を握る。


どのみち、縁談のない私が

家を出ることはない。


それに――


「お願いします」


視線を逸らさない。


「乾燥無花果の事業を、

私に一任していただけませんか」


父はしばらく黙った。

やがて、静かに言う。


「半年だ」


私は目を見開く。


「半年で、事業としての形を示せ。

赤が出た時点で打ち切る」


父は眼鏡を外して、机の上に置いた。


「持参金は使わせん。

資金は前受と売上で回せ」


兄を見る。


「収支と資金の流れは、レオンが確認する」


「……そこまでしてやるのか」


兄は書面を再び手に取った。


「お前が思う以上に大変だからな。

 ……覚悟しろよ」


「……はい」



数日後。


午前の報告を終えた頃、執事が小さな包みを運んできた。


「リュークハルト家より」


差出人の名を見て、手がわずかに止まる。


封を切る。


中から現れたのは、琥珀色の干し無花果。


同封の書状を開く。


『当分お会いすることはないと思い、送らせていただきました。

 これまで大変お世話になりました。

 次にお会いする時は、良い報告ができればと思っております。』


「……当分会わない、か」


手紙を畳み、

干し無花果を一つ口に含む。


甘みは素直だ。

過度に乾かしてはいない。


「……なるほど」


包みを閉じる。


「保管しておけ」


執事が一礼する。


机に戻る。


執事が下がった後、もう一つ口にする。

しばらく書類に目は落ちなかった。

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― 新着の感想 ―
今まで実務やらせてたのになんでこの兄貴は自分のが正しいみたいなんや・・・正直持参金もホンマにあるかもあやしい
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