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【完結】都合のいい私を、辞めることにしました【番外編あり】  作者: 福嶋莉佳@集英社WEB小説大賞金賞
四章

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第2話

食事を終えた私は、机の前の椅子に座っていた。


机へ視線を落とすと、姉からもらったガラス細工が書類の陰に半分隠れ、淡い色の光も紙の端に遮られている。


「……はぁ」


兄の言葉が、何度も頭の中で繰り返された。


――俺がこの家の代表なんだぞ。

――勝手は許されない。


ガラス細工に手を伸ばしかけて、やめた。


代わりに引き出しを開け、招待状を取り出す。同封されていた手紙を開き、そこに書かれた文字を指先でなぞった。


――兄の隣で働き続ける。だがその場合、条件を持て。


「……だめだ」


このまま、見て見ぬふりをするのは。


招待状を引き出しへ戻すと、椅子から立ち上がって部屋を出た。


廊下を歩きながら、ふと思う。


……お父様と、家の話を真正面からしたことがあっただろうか。


仕事について報告したことなら何度もある。


けれど、家の在り方や私の立場、お金のことを父と話した覚えはなかった。


「……ないかも」


足取りが少しだけ重くなる。


政務室の前に立つと、扉の下から細く灯りが漏れていた。手のひらがじんわりと湿る。


それでも、指を曲げて扉を叩いた。


コン、と控えめな音が響く。


しばらくして、


「……なんだ」


低い声が返ってきた。


「エリナです。今、よろしいですか」


「入れ」


扉を開ける。


「失礼します」


父は机に向かい、眼鏡をかけたまま書類に目を通していた。私が入ってもすぐには顔を上げず、机の前まで進んで数秒待ったところで、ようやく視線が向けられる。


「どうした」


喉が、わずかに渇いた。


「あの……輸送補助契約ですが……」


一瞬、言葉が詰まる。


「どうして、されたのですか」


父の手が止まり、紙をめくる音も途切れた。


「……必要だったからだ」


沈黙のあと、父は淡々と答えた。


「ですが……この領地の収穫量と利益を考慮したら、本当に必要でしょうか……」


父の視線が、ゆっくりと上がる。


「何を言いたい」


喉が鳴った。


「利益よりも、損失が生まれています……」


言い終えた瞬間、心臓が強く鳴る。


父はしばらく何も言わなかった。やがて眼鏡を外し、机の上へ置く。


「……お前は、何を見た」


「収支総覧を……五年分」


その言葉に、父の眉がわずかに動いた。


「……五年分、だと」


私を測るような視線が向けられる。


「それで……気づいたのですが……」


一度、息を整えた。


「五年前から、支出項目に……利息の記載を見つけました」


父の目がわずかに細くなる。


「お父様……何の利息なのですか……?」


「……お前が知る必要はない」


その一言で、胸の奥がきゅっと縮んだ。


それでも、視線は逸らさない。


「私も、領地の仕事を担っています」


声がわずかに震える。


「だから……家の負債も把握しておく必要があると思うのです」


「背負えるのか」


「えっ……」


「利息の意味を知れば、次は元本を問う。それも知れば、責任を負うことになる」


すぐには言葉が返らなかった。


……もう、背負っているのではないか。


胸の奥で、そんな言葉が形になる。


「……私は」


一度、息を吸った。


「この家の収支を回しています」


父の視線が、わずかに揺れた。


「外へ出る話もなく、家の仕事を担っています。……ならば、負債も含めて把握しておくのが当然ではありませんか」


目を伏せる。


「知らないまま背負うのは……違う気がするのです」


しばらく、父は何も言わなかった。


机の上に置いた眼鏡へ目を落とし、指先でその縁をなぞる。


「……五年前だ」


低い声が落ちた。


「保証に名を貸した」


「え……」


「取引先が倒れた。連帯保証が発動した」


息が止まる。


「本来は他家の負債だったものが、この家に移った」


「そんな……」


「元本は、すぐには払えなかった。だから、借りた」


指先が冷たくなる。


「家の名を守るためだ」


「でも……そこまでして……」


「不渡りを出せば、取引は止まり、信用は落ちる」


父がこちらを見る。


「お前たちの縁談も、領地の融通も、すべてに響く」


胸が、わずかに締め付けられた。


「……だが」


父の声が、ほんの少し低くなる。


「それを背負わせるつもりはなかった」


その言葉のあと、父の肩がわずかに下がった。


机の上の灯りが、わずかに揺れていた。


◆


自領の政務室で、アーネストは書類に目を通していた。


「旦那様、お調べしました」


執事が書類を差し出す。


アーネストはそれを受け取り、目を落とした。


数行読んだところで、指先がわずかに止まる。


「……そうか」


「やはり、あの家は……」


執事が言葉を濁した。


「延命だな」


アーネストはそれだけ言って、書類を机に置いた。


やがて視線を窓の外へ向ける。


夜の闇が、領地を覆っていた。

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― 新着の感想 ―
 今回、葛藤などの末に、父などの操り人形のままにならず、五年の負債について追及したエリナさん。成長を感じますねえ。  普段から業務の大半を背負わせて、今になって責任背負い云々と問いても後戻りできぬ年月…
この父親背負わせるつもりはなかったってそれなら解消するための何かしてるんだろうか? それこそ遊びにいった先のお金持ちの親戚に低金利でお金を借りる段取りをつけたりとか? 兄も責任者というものを勘違いして…
いやそれとエリナに業務ぶん投げてるのは別だろうが
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