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犯人は、いつもそこに…  作者: 双鶴


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2/9

俺は、ただのヒラ刑事だ。

捜査会議では発言権もない。現場では、鑑識の邪魔にならないように立っているだけ。

それでも、あの部屋に入った瞬間──何かが、違った。


被害者は、20代女性。

ワンルームのアパート。鍵は内側からかかっていた。

死因は絞殺。争った形跡はない。

だが、部屋の空気が妙に澄んでいた。

まるで、誰かが“掃除”した後のような、異様な静けさ。


「換気扇、止まってますね」

鑑識が言った。

スイッチは入っていたが、電源が抜かれていた。

冷蔵庫も、コンセントが抜かれていた。

音を、消している。

犯人が、意図的に。


「時計、止まってます」

壁掛け時計の針は、午後三時を指したまま動かない。

電池は抜かれていた。

──時間を、固定している。


俺は、背筋に違和感を覚えた。

誰かに見られている──そんな感覚。

振り返っても、誰もいない。

部屋には俺と鑑識しかいないはずだった。


被害者の首には、細い絞殺痕。

布のような繊維が皮膚に残っていた。

鑑識は「ポリエステル系の細紐」と言った。

スカーフでもロープでもない。

柔らかく、静かに、確実に絞めるための道具。


「手、硬直してますね」

被害者の右手は、何かを握っていたような形で固まっていた。

だが、何も持っていない。

指の形が、何かを“掴んでいた”記憶を残しているようだった。


「スリッパ、揃ってます」

玄関のスリッパが、左右対称に並べられていた。

几帳面な被害者?

いや、第一発見者は「いつも脱ぎっぱなしだった」と証言している。


──誰かが、整えた。

犯人が。

空間を“演出”している。


俺は、部屋の照明に目を向けた。

天井の蛍光灯は消え、間接照明だけが点いていた。

柔らかい光。

死の空間にしては、あまりに美しい。


「この部屋、妙に静かですね」

鑑識の言葉に、俺は頷いた。

静かすぎる。

まるで、誰かが“音”を消したように。


捜査本部に戻ると、会議室ではすでにホワイトボードに“犯人像”が書かれていた。

「冷静沈着」「計画的」「力のある男」──そんな言葉が並ぶ。

俺はその文字列を見て、ふと違和感を覚えた。

それは、まるで“誰かが望む犯人像”のようだった。


「侵入経路は?」

俺が訊くと、鑑識が答えた。

「鍵は内側から。窓も施錠。侵入痕なしです」

「じゃあ、どうやって?」

「……わかりません」


俺は、現場写真を見返した。

スリッパの向き。

時計の針。

照明の色。

手の形。


──全部、整っている。

──全部、演出されている。


だが、犯人は“何も残していない”。

指紋も、足跡も、繊維も。

ただ、空気だけが“異常”だった。


俺は、報告書の文末にこう書いた。

「現場の空気は、異常なほど静かだった」

その言葉が、後に俺自身を追い詰めることになるとは──

この時は、まだ知らなかった。


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