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第 5 話 旅立ち

夜が明けようとしていた……


イリールイス北東部の住宅街は、まだ深い静寂に包まれている。皆がまだ寝静まっている時間。いくら早起きのお年寄りでも、こんなに早くはまだ起きていないだろう……


起きて活動している者は、まだレオくらいだった。

レオの寝室に仄かな明かりがついていた。魔法で灯した小さな光球が、部屋の隅で静かに輝いている。

「えっと……毛布よし、非常食の準備はオッケー……水筒も満タンにした……あとは~……」

レオは持っていく物を最終確認していた。リュックサックの中身を丁寧に点検し直す。この日のために、一週間前から少しずつ準備を進めてきた。魔法学園最終課題——使い魔との契約。これに失敗すれば、卒業はできない。


「ミギャギャ……」

イリーが小さく鳴く。杖の姿から小さな獣の姿に変化したレオの相棒は、まだ眠そうに目をこすっていた。その鳴き声が虐められているかのような声というのはどうかと思うが、とレオは内心思っていた。

「ゴメンなイリー、こんなに早く起こしちゃって……僕は日が昇る前に【迷いの森】に入るつもりなんだ……まぁ、とにかく森のうんと奥に行こう!近場は学園の子達がいっぱい来ると思うしね……」

同級生たちは皆、魔力も強く、実力も自分より上だ。森の入口近くで使い魔を見つけられるような幸運な者たちとは違い、レオには奥地まで行く覚悟が必要だった。

「……ん、よし!!準備完了!!……イリー、念のために杖に戻ってくれ」

イリーは返事の代わりに身をブルブルと振るって仄かに光り、杖の姿に戻った。木製の柄に小さな宝石があしらわれた杖だ。


レオは窓の外を見上げた。空はまだ藍色に染まっているが、東の地平線がわずかに明るくなり始めている。あと一時間もすれば、朝日が昇るだろう。その前に森の奥深くに入り込んでおきたかった。


——キィ~パッタン


レオは明かりを消して、廊下に出て誰も起きていないことを確認し、自室のドアを音を立てないように慎重に閉めた。家族が起きないように、足音を立てない程度に進んだ……


廊下には祖父レイや両親の部屋が並んでいる。母エレナの部屋の前を通り過ぎる時、レオは一瞬足を止めた。


きっと母は明日——いや、今日の朝、自分を見送ろうと早起きするつもりでいるだろう。でも、レオにはそれが辛かった。別れの涙を見るのも、自分が泣いてしまうのも嫌だった。


玄関につき、履き慣れたくたびれた革靴を履いた。祖父が昔、駆け出しの魔法使いだった頃に履いていたという年代物だ。サイズもちょうど良く、何より丈夫で歩きやすい。


そして玄関のドアに手をかけると、後ろから聞き慣れた声がした。


「……行くのか?」

暗闇の中に、祖父レイの声が静かに響いた。レオは振り返らずに答える。

「……うん!!見送りって僕には性に合わないからね……」

「そうか……エレナも明日は早く起きて見送ると意気込んどったんじゃが……?」

祖父の声には、理解と少しの寂しさが混じっていた。長年レオを見守ってきた祖父には、孫の気持ちが手に取るように分かるのだろう。

「そうだよ……それが嫌だから母さんが起きる前に出て行くんじゃないか……それじゃぁ行ってくるよ爺ちゃん」

泣き笑いみたいな顔で振り返るレオに、祖父が笑った気配がした。暗くても長年一緒にいれば、安易に想像がつくというものだろう。

「ああ、行ってこい。気をつけてな」

衣擦れの音がした。多分爺ちゃんが腕を組んだんだろう。

「うん……分かってる」

そう言うとレオは後ろ手で手を振り、ドアを開けて出て行った。


静かに閉まる扉に、ひっそりとレイはつぶやいた。

「必ず生きて帰れよ、レオ……」


レオはその声を聞こえなかった。いや、聞こえていたかもしれないが、聞かないふりをしたのかもしれない。


レイは、使い魔との契約をするために迷いの森に旅立つレオの後ろ姿を見送りながらベナルに話しかけていた。朝霧に包まれたアウリシェルの森の入り口で、孫の小さな影がゆっくりと木々の間に消えていく。レオの黒髪が朝の光を受けて僅かに輝き、その肩に掛けられた旅支度の鞄が一歩一歩確実に祖父から遠ざかっていく。

「あやつも大きくなったのぅ…心配じゃのぅ…魔力が少ないなりになんとか工夫してあるみたいじゃのぅ。」

「よく言う…封印したのは貴様だろう」

ベナルは影から抜け出しレイの隣に立つと腕を組んだ。その暗色の装束は朝の光にも溶け込まず、まるで闇そのものが形を成したかのようだった。鋭い瞳でレイを見つめる。

「仕方なかろう…あの量の魔力をそのままにしておったら命まで危うかったからのぅ…」

レイは顎髭を摩りながらしみじみと答える。白い髭に刻まれた皺一本一本に、三歳のレオを封印した日の苦悩が宿っているようだった。

「ふぅん」

「良かったのか?」

レイは片目を瞑りながらベナルに問いかける。長年共にしてきた使い魔の心中を察して、敢えて選択肢を与えようとしていた。

「何が言いたい?」

「儂の使い魔契約を解除してレオと契約しても良いのだぞ?レオにはまだ使い魔がおらん。アウリシェルの森で出会えれば良いが…もしもの時は、お前がレオを支えてやってくれ」

「ふん。何を言い出すかと思えば…寝言は寝てから言え」

ベナルの声には、僅かな苛立ちが混じっていた。レイとの長い契約関係を解除することなど、考えたこともなかった。

「結構真面目に聞いているんじゃがのぅ」

「俺はレイの…貴様の使い魔だ。…それに、レオは貴様が思っているほど弱くはない。お前達の背中を見て育ち、学園生活でも奴は…レオは自身の力で乗り越えてきた。」

朝焼けの光が照らす中でベナルとレイの髪は風に遊ばれている。レイの白髪は朝日に銀色に輝き、ベナルの黒髪は影と同化して見える。二人の間には、長年の信頼関係が築き上げた沈黙の理解があった。


ベナルはもう良いだろうと思い音もなく姿を消した。朝霧の中に溶け込むように、その姿が影に戻っていく。

「ベナル?」

『暫し休む。今日は爺婆の会議に行くんだろ?影で寝ているから何かあったら起こしてくれ』

「あい、分かった。儂は、レオが危険に巻き込まれないか様子を見て来てほしいんだがのぅ」

レイの声には、孫への心配が込められていた。アウリシェルの森は迷いの森とも呼ばれ、多くの魔物や精霊が潜んでいる。そこで使い魔との契約を結ぶのは通過儀礼とはいえ、危険な行為でもある。

『奴も、もう子供じゃない。イリーと言う杖もあるから魔力を補ってくれるだろう。』

「じゃがのぅ…」

なおも渋るレイに呆れながらため息をついた。祖父としての心配は理解できるが、過保護すぎるのも考えものだった。

『昔、レオにお守りと称してお守り袋を渡しているだろう』

「おお…そうじゃったな。使われる事なくレオの宝物になっておったな」

レイの一人納得する内容を聞きながら暗闇の世界でベナルはまどろんでいた。

お前は、挫折を味わっても諦めなかった。学園での困難を乗り越えてきた経験はきっと役に立つだろう…


一体どんな奴と使い魔契約をしてくるんだろうな…楽しみだ。


ベナルは影の世界で目を閉じながら、レオの成長を振り返っていた。あの泣き虫だった少年が、今では一人で迷いの森に向かっている。8年間見守ってきたレオの成長を思うと、感慨深いものがあった。


レイはベナルが居なくなっても幼い頃のレオの姿を思い出しながら感慨に耽っていた。


幼き頃からあやつには色々なことが起きておったのぅ…


苦笑いに似た笑みを浮かべてながら在りし日の思い出を思い出していた。

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