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第 4 話 杖に宿る聖獣

レオは杖を片手に慣れた家路を走って帰ってきた。


夕日が街並みを赤く染め、石畳の道に長い影を落としている。肩で息をしながら玄関の扉を勢いよく開ける。家の中からは夕食の準備をする音と、香ばしい匂いが漂ってきた。

「ただいま〜…母さん、爺ちゃんいる?」

「おかえり〜…爺ちゃん?部屋にいるわよ?」

洗い物をしながら台所から声がした。エレナの声は相変わらず温かく、レオの心を少し落ち着かせてくれる。栗色の髪を後ろで束ねた美しい横顔が、夕日に照らされて輝いて見えた。

「わかった。ありがと」

レオは台所に顔を覗かせ片手を上げ、通りすぎて走って祖父の元へ行った。廊下を駆け抜けながら、今日の出来事をどう説明しようか考えている。水の精霊王のこと、そして明日から始まるアウリシェルの森 での修行のこと。


「爺ちゃん!!」

「なんじゃ…慌ただしく。儂は逃げんぞ!!」

勢いよく扉を開け、体当たりするかのように祖父に近づいた。レイは書斎の机で古い魔法書を読んでいたが、孫の勢いに苦笑いを浮かべる。白い髭を蓄えた温和な顔には深い皺が刻まれ、長年魔法使いとして生きてきた経験が、その表情に重厚さを与えている。

「杖をもらったよ、ほら…」

レオは杖を掲げて見せる。その表情には嬉しさと同時に、何か困ったような色も浮かんでいた。

「ん〜?どれどれ…見せてみろ」

レイは目元を和ませ手を伸ばす。レオは素直に渡した。学園で支給される杖は店で売っているものより少しだけ上級の杖だった。しかし、よく見るとひびが入り、ただの棒切れ、火に焼べる薪にするしか使い道のないもの状態になっていた。

「むぅ…レオ、ひびが入るほど何をしたんじゃ?」

レイは眉を寄せながら唸る。杖にここまでのダメージが入るということは、相当な魔力が流れたということだ。普通の学園生活では考えられない現象である。

「へっ?ひび?何でだろう…………あっ!」

少し考えて思い当たることがあるのか、レオは手を叩く。そういえば、水の精霊王を召喚した時、杖から異様な熱を感じたような気がする。

「ああ、思い出した。今日、水の精霊を呼び出したんだ。そしたら水の精霊王を呼び出してしまったんだよ」

「何でまた…」

片手で顔を覆うレイに、今日起きた出来事を詳しく話した。召喚の授業、突然現れた水の精霊王シルクス、担任との騒動、そして校長の反応まで。レイは黙って聞いていたが、その表情はだんだんと深刻になっていく。

「そうか、そんなことがあったのか…」

レイは内心で考えていた。


(儂が孫の強力な力を封じていても、力はいまだに留まる気配がないか…杖にひびが入るとはな…ひび入りの杖を気に止めずにアウリシェルの森 に入れば命取りというところかの…)


どうしようかと考えているレオに、レイは無言で杖を二つに折った。パキリという乾いた音が書斎に響く。レオは祖父の行動にビクッとした。

「ひびが入った杖を使い、呪文を唱えたら反動が自分にきて命取りになる可能性が高い…これはもう杖の役割を果たせん」

レイの声は厳しく、同時に孫を心配する気持ちが込められている。魔法の道具は使用者の安全を最優先に考えなければならない。

「じゃあ…どうしたらいいの?爺ちゃん」

レオの声には不安が滲んでいた。明日からアウリシェルの森 に入らなければならないのに、杖がなければ何もできない。

レイは思案顔で顎に手を当てていた。白い髭をさすりながら、何かを思い出そうとしている。

「そうさな…確か地下に杖があったような記憶がするの…(そういえば2、3本あったはずじゃ…)」

よし!と言い膝をひと叩きし立ち上がる。部屋から出る時、レオについて来いという仕草をし、二人はあまり立ち寄らない隠し扉を開け、地下室に向かった。


「闇を退ける光よ、ここに灯れ」

レイは呪文を唱えると片手に手のひらサイズの光の玉が現れ、足元を照らし出した。柔らかな白い光が石造りの階段を浮かび上がらせる。


カツン、カツン


そんなに段数の多くない階段を下りていく。地下室にたどり着き、錆びた扉を開ける。降り積もった埃が舞い上がり、古い空気が二人を迎えた。


ギギィィィィィ


「暗いからなぁ〜、足元気をつけろよ」

「うん!!…っわ!!」

レオはレイの注意も虚しく、転がっていた空瓶に足が滑り、盛大に尻餅をついた。埃が舞い上がり、レオは咳き込む。

「だから気をつけろといったんじゃが…」

レイは振り返り腰に手を当て、呆れ声を出した。しかし、その目には孫への愛情が込められている。

「いてて!!いて〜〜!!…ん?爺ちゃん、ここ杖がたくさんあるね」

尻を摩りながら天井に視線を向け、レオは呆然としていた。爺ちゃんに杖収集の趣味があったのかと内心思い、10本いや20本位はあるなとレオは呟いた。天井から吊り下げられた杖達は、まるで武器庫のように整然と並んでいる。

「?…何を言う、そんなにはないぞ…あっても、2、3本じゃったはずじゃ」

レイの記憶とは明らかに違う光景がそこにはあった。

「えっ?でも、天井に張り付けられてるよ?…あっ、爺ちゃん、あの杖光ってるよ」

訝しがる祖父を促し、言われて天井を見るとそこには確かに杖が張り付けられていた。しかし、孫の言うように光っている杖はレイには見えなかった。

「たまげた…儂は今まで気づかなかった…レオ、光っている杖なんてないぞ」


レイは内心で考える。

(何度かここに立ち寄ったことはあった。天井を見たこともあったはずじゃが…霞の結界がしてあったんじゃろうか。それとも…)


「えっ?…やっぱりあるよ?えっと…左から1、2、3、4…6番目の杖!!」

レオが指差す方向を見ると、確かにそこには古い杖がある。しかし、レイにはその杖が光って見えることはない。

「ん〜〜?」

祖父は目を凝らしながら、レオが光っていると言う杖を見ると、それは伝説のイリーシェル・ウィリアム・スパナの使っていたと言われる杖だった。スパナ家の始祖、偉大なる魔法使いの遺品である。イリーシェルが使っていたとされる杖は贋作を含めて色々見つかっているがどれも本物とは言い難い物ばかりだった。そして、レイは昔聞いたことを思い出していた。


(昔…親父に聞いたことがあったな。イリーシェルの杖には聖獣が宿っていて、主を選び主を導いていくと…ふっ…あの杖はレオを主と認めたか…良いじゃろう…)


「レオや…」

レイは顎の髭を触りながら微笑んだ。その表情には深い感慨と、そして孫への期待が込められている。

「ん?なに?爺ちゃん」

レオは不気味に微笑んでいるレイに向き直った。祖父のいつもと違う表情に、少し戸惑いを感じている。

「お前にあの光っていると言っている杖をやろう」

「…えっ?でも…あれは大切な杖なんでしょう?さすがに貰えないよ」

レオの言葉には遠慮と、同時に憧れも込められていた。家族の宝物を受け継ぐということの重さを、彼なりに理解している。

「…(だとさ…杖よ、諦めろ)」

レイは天井を振り仰ぎ、杖に語りかけた。しかし、杖の方にも意志があるらしい。


ガタ、ガタタ!!ガタッ…ガッチャン


突然の物音にレオは肩をすくませる。目の前にあの杖が落ちてきた。まるで「僕を選んで」と訴えているかのように。

「あ〜…びっくりした…ねぇ、爺ちゃん?…この杖落ちてきたよ…何でかな?」

レオはバクバクとなる心臓を宥めながら杖を持ち上げた。手に取った瞬間、温かい感覚が掌を通じて伝わってくる。

「…(こっ、こいつ…諦め悪っ!!)」

レイはレオの持っている杖を睨みつけ腕を組んだ。杖と祖父の間に、何らかの意思疎通があるようだった。

「?…爺ちゃん?どうしたの?」

「いや…何でもない…ところでレオ、どうしても要らないのか?」

もう一度促す。レイはレオの返ってくる言葉を予測していた。


「…うん………でもこの杖おかしいんだ…なんか僕から離れてくれないんだよ…爺ちゃん、どうしよう」

レオは勢いよく手を振るが、杖は磁石のように離れない。接着剤で固めたかのように手に張り付いている。

「そうさな…早い話は、この杖を貰うことだな」

レイはおかしくて笑いをこらえていた。無理もない。杖が主と認めたのに、主が認めなかったからだ。杖も相当慌てたことだろう。

「仕方がないか…は〜〜〜ぁ、僕、爺ちゃんの杖貰おうと思っていたのになぁ〜…もういいや、爺ちゃん、この杖貰うことにするよ…」

「構わんよ…」

レオは見るからに脱力感が半端なかった。しかし、心のどこかでは、この特別な杖を持つことへの期待も感じている。

杖が決まったのでニ人は埃臭い地下室をあとにした。不思議なことに、地下室を出ると手に引っ付いていた杖は、今まで引っ付いていたのが嘘のように外すことができた。


「あら?いったい、どこ行ってたの?ニ人して…探したんだから…」

エレナは頬を膨らませながらお玉を振り上げる。栗色の髪から良い香りが漂い、エプロン姿が家庭的な温かさを演出している。

「おお、すまんすまん、ちょっとな…」

「もう!!これからは早く帰って来てくださいよ!!もうすぐご飯できますからね」

「「はーい」」

二人で声を合わせた。レオは部屋に戻り制服から部屋着に着替え、杖をベッドの横に立てかける。新しい杖を眺めながら、明日からのアウリシェルの森 での生活に思いを馳せる。


「晩御飯できたわよ〜」

「わ〜い!」

レオは家族が集まるリビングに向かった。テーブルには湯気の立つ料理が並び、家族の温かい時間が始まろうとしている。

「うっわ!!母さん、すごい豪華な料理だね!!僕の大好きなものがいっぱい!」

テーブルには肉料理、魚料理、色とりどりの野菜料理が並んでいる。普段よりもずっと豪華な夕食に、レオの目は輝いていた。

「へへっ…明日からレオがアウリシェルの森 に入るから体力をたくさんつけて欲しくてね。母さん奮発しちゃった…はい」

そう言ってエレナが出したのは、こぢんまりとしたお皿にミルクを入れたものだった。レオの分としては明らかに少なすぎる。


無言が走った。


「か、母さん…ぼっ、僕これだけ?」

レオは震える指先で皿を指した。声は裏返り、困惑が隠せない。

「えっ?あっ、違うわよ!これはそこにいるキツネちゃんの分よ!!」

「キツネ?」

「あら?レオが連れて来たんでしょう?」

そう言うとエレナはレオの足下を指差した。

「えっ?」

「ほら、レオのそばを片時も離れようとしない…」

エレナは頬に手を当てながら小首をかしげる。母親としては、息子が新しいペットを連れてきたのだと思っている。

見ると、そこにはクリーム色をした八本の尻尾を持つ、猫くらいの大きさの狐に似た生き物がいた。ふわふわとした毛に覆われ、大きな瞳がレオを見上げている。

「なんだこいつ?」

僕と爺ちゃんと父さんは声を合わせて呟いた。その後、レオに視線が集中したため慌てて否定する。

「僕知らないよ?」

レオは見たこともない生き物を持ち上げ、小首をかしげた。狐に似た生き物は軽く、温かく、まるで生きたぬいぐるみのようだった。

「初めて見る妖魔だな」

父親のライカも魔法騎士として様々な魔法生物を見てきたが、この妖魔は初めて見る種類だった。背が高く、日に焼けた逞しい体つきの彼も、興味深そうに聖獣を見つめている。

「父さんまで知らないの?」

「…レオ、こやつに本来の姿に戻れと言ってみよ!!」

レイが突然口を開いた。その表情には確信があった。

「うっ、うん…本来の姿に戻れ!!」

すると聖獣は飛び上がり、丸くなったと思うと杖になった。その杖はレオが確かにベッドの横に立てかけたはずの杖だった。

「じっ、爺ちゃん…」

杖を掴み、レオは勢いよくレイに視線を向ける。その声は少し震えていた。まさか自分の杖が生き物だったとは。

「やはりそうか…」

レイは何かを確かめるように頷いた。昔から伝わる伝説が本当だったということを。

「どこで手に入れたんですか!!お義父さん!!」

「爺ちゃん、何で!?」

レイは義理の息子と孫に詰め寄られた。メインディッシュを頬張りながら、フォークで杖を指した。

「簡単に言うと、この杖には聖獣が宿っとるだけじゃ…」

そんな簡単に終わらせるのかと、二人は呆れ顔をする。しかし、レイにとってはそれほど珍しいことではないのかもしれない。長い魔法使い人生の中で、様々な不思議な体験をしてきたのだから。


「ところで、この杖どうすればいいの?」

「仮の姿になれ…と言うだけだ。まあ、そう言わずとも主が想ったら元に戻るんじゃがな」

「へー」

レオが杖を手から離すと、聖獣の姿に戻った。その光景に家族揃って「ほぉ」と呟いた。

「可愛いわねー!ふわふわよ」

聖獣と分かりエレナは狐の聖獣を撫でていた。


晩御飯の時は聖獣のことで盛り上がった。家族みんなでこの不思議な生き物について話し合い、名前を考えることになった。


「イリーはどうかしら?」とエレナが提案した。

「イリー?」

「イリーシェル・ウィリアム・スパナから取って、イリー」

「それいいね!」

レオの顔が明るくなる。先祖の名前から取った名前なら、この特別な聖獣にふさわしい。

「イリー、君の名前はイリーだよ」

「ミギャ!」と聖獣は嬉しそうに鳴いた。

「レオは早く寝ろ。明日からはアウリシェルの森 に行くんじゃからな」

レイの声には心配と期待が込められている。アウリシェルの森 は危険な場所でもあるが、魔法使いとしての成長には欠かせない試練なのだ。

「うん!!分かった!じゃあおやすみ」

「ああ、おやすみ」

レオはイリーを連れて自室に戻った。部屋に入ると、イリーは再び杖の姿になった。

「おやすみ、イリー」

「ミギャッ!」

イリーはまだ幼聖獣らしい。いずれは言語を話すことができるようになるそうだ。その日が楽しみでもある。

杖に宿る聖獣も世代交代するんだなぁとしみじみ思いながらベッドに横になる。


レオは、明日から1年間アウリシェルの森 に入り、使い魔契約をしてくれるまだ見ぬ使い魔を想像しながら眠りについた。

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