第 2 話 落ちこぼれの朝
ジリ……ジリッ、ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ!!!!!!!!
けたたましい目覚まし時計の音が部屋中に響き渡る。
「レオ、朝よ~!!いつまで寝てるの!だらしないわね!いくつになっても一人で起きれないんだから……早くしなさい、遅刻するわよ~」
エレナの声が廊下から響いてくるが、部屋からは相変わらず穏やかな寝息しか聞こえてこない。ついに業を煮やしたエレナは、勢いよくドアを開けて部屋に踏み込んだ。そして容赦なく布団を剥ぎ上げると、思いきり息子を踏みつけた。
「ぐえぇぇぇぇぇ!!くっ、苦しい……分かったよ!!でも今日は話が終わったらすぐ帰るんだよ……」
レオは、母親の足から逃れるために慌てて寝返りを打った。
「ところで母さん、朝から怒鳴らないでくれる?しかも耳元で……」
「まあ!!なんて言いぐさなの?ご近所でなんて言われているか知ってる?『魔法学園の恥』、『史上最悪の落ちこぼれ』……精霊を召喚すれば失敗し、唯一得意なのが体術と武器関係全般。魔法学校に入学したのに魔法の『魔』の字もないじゃないの!」
エレナの声は次第に高くなっていく。栗色の髪を後ろで束ねた美しい顔立ちが、怒りで紅潮している。
「母さん恥ずかしくて言い返せなかったわ!!別にあんたが悪いってんじゃないのよ?就職は魔法使いに必ずなってほしいとは母さん望んでないけど!……でも、悔しいなら少しでも名誉挽回してみようと思わないの!?」
レオは布団の中で小さくなりながら答える。
「お……思わない…」
母の凄まじい形相が振り向かずとも分かった。空気が凍りついたような沈黙が部屋を支配する。
「ふう……まあいいわ!!ほら早く顔を洗いに行きなさい!ほら早く!!!」
「あった~!!!」
だらだらと起きる息子にイライラが頂点に達したエレナは、レオのお尻を勢いよく叩いて急かした。そして、タオルを突きつけると有無を言わさず部屋から追い出した。
レオはお尻を摩りながら、黙って洗面所に向かった。冷たい水で顔を洗いながら、自分の置かれた状況を改めて実感する。
ジャブジャブ……
「プハッ…ふぅ~」
鏡に視線を向けると、そこには黒い髪がふわりと揺れ、茶色の瞳には諦めにも似た表情を浮かべる少年が映っていた。
「あっ、ニキビ発見」
小さく呟きながら、レオは自分の境遇について思いを巡らせた。
僕の名前はレオ・ウィリアム・スパナ。
僕の一族は伝説と言われるイリーシェル・ウィリアム・スパナの末裔なのだ……僕は詳しく知らなかったけれど……そして僕の爺ちゃんは偉大なる魔法使いだったんだ。
でも僕は落ちこぼれ。
魔力もそれほど強くないし、魔法だって威力がない。唯一得意なのが体術と武器の扱いなのに、魔法学園では、そんな試験はない。魔法では成功したためしがない……でも僕は好きでやっているわけじゃないのに。
今日見た夢だって、恥ずかしくて思い出したくもない……僕って考えなしだったんだな。なんであんなことを言ったのかよく思い出せないけれど……
兄弟の中でも一番の落ちこぼれ……みそっかす呼ばわりされて、親戚同士で馬鹿にされる始末……はぁ……
回想に浸っていると、再び母の怒鳴り声が響いた。
「いつまで顔を洗ってるの!?早く朝食を食べなさい!!遅刻するわよ!!」
エレナの金切り声が耳を突き抜ける。
「……分かってるよ」
レオは母の声に肩を震わせながら振り返り、小さく呟いた。そしてのろのろと動き始めた。
リビングに向かうと、祖父のレイが既に椅子に腰かけて新聞を読んでいた。白い髭を蓄えた温和な顔には深い皺が刻まれており、長年魔法使いとして生きてきた経験が、その表情に重厚さを与えていた。
「お早う、爺ちゃん」
「お早うさん。じゃがレオ、いかんぞ。いくら魔法使いの卵だっていっても早起きはせなゃならん……」
レイは新聞から目を上げることなく、孫を諭すように言った。
「分かってるよ……ところで爺ちゃん、父さんは?」
レオは椅子に座りつつ周りを見回した。母が用意してくれた朝食を前に、フォークを手に取る。
「あやつはアウリシェルの森の周りにおるじゃろう……そんなことを話すより早う食わんと、遅刻じゃろうて……今日はアウリシェルの森の説明があるんじゃって、昨日言っておらんかったかの?」
その言葉を聞いた瞬間、朝食を口に運んでいたレオの動きが完全に止まった。スプーンを持った手が宙に浮いたまま固まる。
だから目覚まし時計をかけていて、わざわざ母さんが起こしに来たのか……納得……
「あはは……は……」
乾いた笑い声が漏れる。……すっかり忘れていた。
レオ達の学年にとって、この日は特別な意味を持っていた。
明日より生徒達はアウリシェルの森へと向かい、1年の猶予のうちに使い魔契約を結び、戻ってこなければならない。それが卒業試験の第一歩であった。
「遅刻だな、これは」
そう思いながら、孫の不甲斐なさに肩をすくめてため息を吐き、再び視線を新聞に向けるレイだった。背後では、エレナが食器を片付ける音が慌ただしく響いている。