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第 1 章 第 1 話 偉大な魔法使い

秋風がそよぎ、野原に広がる枯れ草が静かに揺れていた。初夏の暑さが去り、涼やかな空気が頬を撫でる季節。夕暮れ時の空は、オレンジから深い紫へと美しいグラデーションを描いている。


舗装されていない土の道を、小さな影がとことこと歩いていた。黒いふわりとした髪が風に揺れ、茶色い瞳には純粋な好奇心が宿る三歳のレオだった。

レオの足音は軽やかで、まるで冒険の途中のように楽しそうだった。


数歩離れた距離をウェーブのかかったショートヘアの黒髪に、顎にはわずかに髭が生やしたアサシン風の装束を着た男性が歩いている。祖父の使い魔のベナルだった。

『レオ、あまり俺の側から離れるなよ』

「はーい」

そう言いレオは足を止めてベナルが来るのをまっていたが、道の向こうから、夕日を背に立つその人影は、白い髭を蓄え、深い皺が刻まれた温和な顔をしていた。長年の経験と知識が醸し出す重厚な雰囲気を纏いながらも、その表情には孫への深い愛情が溢れている。


「レオや」


聞き慣れた優しい声が、広野に響いた。レオは振り返ると、その声の主を見つけて目を輝かせた。


「じぃじ!!」


レオは全身で喜びを表現しながら、祖父のレイに勢いよく抱きついた。小さな体でぎゅうっと抱きしめる様子は、まるで大好きな宝物を抱きしめるようだった。レイもまた、孫の小さな温もりを感じながら、優しく微笑んだ。


迎えに来てくれた祖父への嬉しさで頬を紅潮させながら、レオは名残惜しそうに抱きついていた手をゆっくりと離し、代わりにレイの大きな手を両手でしっかりと握った。レイも孫の小さく柔らかな手を包み込むように握り返し、穏やかに微笑む。その風景をベナルは静かに見守っていた。

その温かな手の感触が嬉しくて嬉しくて、レオは無邪気に笑った。つないだ手を嬉しそうに揺すりながら歩き出すと、暫くは無言で歩いていたが、やがて鼻歌を歌い始めた。自分で作った意味不明だが楽しげなメロディーを口ずさんでいたかと思うと、突然祖父に向かって話し始めた。


「じぃじ!」

「んー、なんじゃ?」

レイは歩調を緩め、孫の声に耳を傾けた。

「ぼくは、ぜーったいに、じいちゃんのような、いだぁいなまほーつかいになるんだ!!」

レオは今にも飛び跳ねそうなほど自信満々に宣言した。その純粋な瞳には、まっすぐな決意が宿っている。

「はっはっ!そうか、そうか、儂のようになりたいか……うん、うん!」

レイは内心でにやけそうになるのを悟られないよう努めながら、孫の頭を優しく撫でた。実は、この言葉を待っていたのだ。急に笑い出して頭を撫でる祖父の様子を見て、自分の真剣さが伝わっていないのではと感じたレオは、少し機嫌を悪くして更に続けた。

「ウソじゃないよ!!ぼく、じいちゃんのように、いだぁいなまほーつかいになるんだ!!」

祖父の手を放すと、小さな拳を空に向かって突き上げ、ガッツポーズをしながら祖父を見上げた。その姿は小さいながらも勇ましく、未来への強い意志を感じさせる。

「ほう?どうしてまたそんな急に魔法使いになりたいなどと思ったんじゃ?お前はこの前、雲になるんだと言っておったじゃないか」

レイは白い顎髭を撫でながら首を捻り、レオと目線を合わせるために腰を曲げた。孫の話をじっくりと聞こうという姿勢が、その動作からも伝わってくる。

「うん、いった!!クモしゃんになりたかったけど、ぼく、いろいろなひとの、てだすけが、したいの!!」

レオは一生懸命に言葉を探しながら、自分の気持ちを伝えようとした。

「そうか…」

レイは穏やかに相槌を打ちながら、孫の続く言葉を待った。

「『おまえにならちからをかしてもよい』って……ぼく、よくわからなかったけど、とにかく、うれしくて……また、あえる?って、いったら、『まほうつかいになってわたしをよんでくれれば、いつでもかけつける』って、いってたの。いみが、わからなかったけど……よく、かんがえたら、ほかにも、たくさんの、キレーナなひとに、いわれたの……」

レオは記憶を辿りながら、一生懸命に説明を続ける。その表情は真剣そのもので、三歳とは思えない深い思慮を感じさせた。

「あとね、こまってるひとを、たすけたいと、おもったんだ……そしたら、まほうつかいになると、いいって、きいて……だからね、ぼく、なるんだったら、じぃじみたいな、いだぁいなまほーつかいに、なりたいと、おもって、ね……」

「随分と好かれたものじゃの…」

レイは小さくつぶやいた。

孫の言葉から察するに、何らかの超常的な存在たちがレオに接触しているようだった。

「えっ?」

レオは祖父の小さなつぶやきを聞き逃さず、不思議そうに首を傾げた。

「いや、何でもない……それが本当なら、魔法使いになって、呼んであげなさい。人助けも良いことじゃ……儂は鼻が高いぞ」

レイは孫の純粋な心を誇らしく思いながら言った。

「うん!」

レオは力いっぱいに頷いた。その姿を見て、レイは心から微笑ましく思った。


しかし、同時に内心では深刻な思いを抱いていた。

レイは念話でベナルに問いかけていた。

『…して、ベナルや?儂は、複数の精霊から声をかけられておるのと言うのは、お主から聞いておったが…契約だと?』

『……』

レイが恨めしくベナルを見るとそっぽを向いて視線を逸らしていた。

『ベナル、後で詳しく聞かせてもらっても良いかのぅ?』

『はぁ、分かった』

酷くめんどくさいと言いたげな表情でベナルは答えた。


(じゃが、だんだん深刻さを帯びてきたな……この儂をも遥かに凌ぐ魔力を備えておる。さしずめ先祖返りというところじゃの……大きくなっていくにつれて、この魔力はどんどん膨れ上がっていくだろうな。恐れる者が必ずや現れる……私利私欲のために、幼くして巻き込ませたくないのう……こやつが自分自身を守り切る年齢まで、この魔力は封印しておくのが賢明じゃろう……)


レイは長年の経験から、レオの持つ潜在的な魔力の危険性を理解していた。かつて魔法大帝国トルスガルバの側近魔法使いとして、そして魔法連合の団長として数々の経験を積んできた彼には、強大な魔力がもたらす光と影の両面がよく分かっていた。


思案を巡らせながら内心で頷くと、レイはレオの額に指先を当てた。そして、古代の言語による呪文を小声で唱え始める。その呪文は人間の耳には聞き取りにくく、まるで風の音のように聞こえた。

呪文に反応するかのように、レオの額の前に手のひらサイズの美しい魔法陣が現れた。淡い光を放つその魔法陣は、複雑な幾何学模様を描きながらゆっくりと回転している。レオは眩しくて目を瞑っていたが、不思議と怖がる様子はなかった。

その様子を微笑ましく思いつつも、レイは内心で複雑な気持ちを抱いていた。


(この歳で魔力の成長を強制的に止めるのは、ちと惜しいのう……)


小さくため息をついた後、レイは魔法陣を消すと、ふいに口を開いてレオを呼んだ。

「レオ……」

「なぁに?」

レオは小首を傾げた。その仕草が愛らしく、レイの心を和ませる。

「すまんが、暫くの間、力が使えなくなるが、よいか?」

レオは祖父の言う意味がよく分からないというように、小首を傾げた。眉を少し寄せて、一生懸命に理解しようとしている。

「じぃじ、ぼく、ちからなくなるの?」

今にも泣きそうな表情になった。もらえるものは嬉しいが、なくなるのはレオでも悲しいらしい。小さな目に涙が溜まりそうになっている。

「いや、なくなりはせん……じゃが、ちいっときついじゃろうなあ〜〜。じゃが安心をし、ちゃんと力は戻るからのう……」

レイは優しい声で説明を続けた。

「そうじゃ!力が戻るまでに、魔法のことを色々教えてやろうな……儂は弟子はとらん主義じゃったが、可愛い孫の夢を叶えさせたいのじゃ……どうじゃ?嬉しいか?そのかわり甘くはないぞ!儂は厳しいぞ……」

レイはレオの頭を優しく撫で回した。その手は大きく温かく、愛情に満ちていた。

内心では深い決意を固めていた。


(レオ……お前の命と比べれば、何の迷いもない。儂の今まで培ってきた知識と経験……儂のすべてを教えてやるからな……)


「うん!!!やくそくだよ、じぃじ!!」

魔法のことを教えてもらえると知ったレオは、飛び上がらんばかりに喜んだ。その純粋な喜びに満ちた表情を見て、レイは眩しいものを見るように目を細めた。

「ああ……約束だ。儂は嘘をつかんよ」

そう言うと、レイはレオを抱き上げた。夕日が地平線に沈みゆく美しい光景を二人で眺めながら、帰路へと歩みを進めた。

抱かれたレオは、祖父の胸の中で安心したように微笑み心地よい揺れが気持ちよかったのか自然と瞼が重くなり眠りの世界に誘われた。

そのあどけない寝顔を見下ろしながら、レイは心の中で誓った。


(この子を守り抜く。そして、いつの日か立派な魔法使いに育て上げてみせる……)


空には最初の星が瞬き始め、秋の夜が静かに訪れようとしていた。祖父と孫を包む優しい沈黙の中に、未来への希望と決意が静かに宿っていた。

遠くで夜鳥の鳴き声が響き、二人の歩む道を月明かりが照らし始める。これから始まる長い修行の道のりを暗示するかのように、道は遥か彼方まで続いていた。

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