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あじゅ

あじゅ2

作者: 秋葉


GWの連休 浩は法事のため広島から帰省をしていた。


バスで三次、赤名を経由して大田のバスセンターに着き


そこからそのまま法事をする波根の龍善寺まで移動をしてきた。



朝から夕方まで二日間に(わた)っての法事である。


本堂の横の広間で、ずらっと人数分の食事の用意がしてある。


簡素な献立。飯を入れたお茶碗と漬物と味噌汁と。


しかも実は法事が終わるまで何回も食事がある。


「いただきます。」手を合わせてふっと横を見ると


中学生のあじゅがいる。


法事だからか、女生徒の正装であるセーラー服を着たあじゅが横に座っていた。


-年齢が変幻自在ですね


「いや、勝手になっちゃうのよ。」


-今日はどういう御用向きで。


「お話があるの。」


-僕にですか?ドキドキですね。


「それがね、親戚の人に用事があるのよ。」


浩は少し落胆した。勝手に期待して勝手に落ち込んでりゃ世話はない。


「ここのみんなに関係があるのよ。」


-ちょっと想像つかないですね。ただ、今の中学生姿がその影響のせいなんですね。


「そう。でね、今晩宿に戻って浩の父さん母さんにまず話を聞いて欲しいの。」


-分かりました。


つつがなく初日の法事が終わり宿に戻る。


あじゅが来ていることは両親も分かっているが 


意思疎通がうまくいかないので実は細かい話は伝わりにくい。


どうやら両親にあじゅの声は聞こえにくいようなのだ。


だから浩が間に入って説明をするようになった。



かいつまんで話をするとこういうことであった。


花雪山に「石徐け」という場所があり


そこは昔から石が露出していて耕作に不向きな土地であるが


そこの石にバラスに適している硬度があることが分かった。


そして、すでに石材会社が花雪山の大半を買ってしまったらしい。


そして、あと買い取っていないのは一番渋が下に近い西の端の、うちの部分だけ。


ここまでが、あじゅの話。


親父は酒を呑みながら 母は正座したまま黙って聞いている。


もうすぐ石材会社がこの話を持ってくるだろう。


これが田舎のいやらしいところで 直接は来ない。


親戚筋や、町内会長や、市会議員さんや、何やかやで


逃げられないようにされて有無を言わせず買い取られてしまうだろう。


なぜうちが最後かと言うと


おそらく親父が面倒くさい男だからである。



もうすでに親父は軽く接触されていたらしい。


「石除けを平らにするけ、上佐屋さんも土地を出してくれや。」


親父はこう言った。


「おらは牛がおるけ。これに乗って山を越えて日尾の田に行っちょうだ。

坂だろうが山だろうが平らだろうが関係ないわの。」


「いや、運動場を作るだ。皆が期待しちょうだ。」


「あがなごうげな(大きい)山を平らにするに何十年もかかるだ?儂らその頃幾つになる思うちょるだの。

うっかりしたら山が平らになる前に皆んな死んじょうわの。死んだあとで誰がそこで運動するだの?」


親父ナイスである。


しかし、だから今日の法事の際の、あの親戚たちの距離感だったんだ。と浩は思い出して理解した。


そして本題をあじゅが伝える。


『山を触ると渋が下の泉が枯れる。』


全員沈黙した。


ちゃぶ台の上の サイダーの氷が「カラン」と、音を立てた。


渋が下が枯れるということは、渋が下の泉の(かみ)である、あじゅが居なくなる。


そういうことである。


そして気に病んだあじゅは女子中学生まで、ちょっと縮んだわけだと。


あじゅは全精力で地区を洪水から守った。しかしそれは地区の人間は誰も知らない。


そもそも、どうやらあじゅが見えているのは、上佐屋の人間だけのようだ。


(あじゅ)(たすく)家である、上佐屋の存立の問題に関わる事態となっていることを家族全員が認識した。


翌日


二日目の法事が終わり、宴会を開き打ち上げる。


その席で


「上佐屋さんは、どがするだの?」


言いにくいことを言うための口火を切る係は、市会議員の岩山さんの真骨頂である。


どがもこがも(どうもこうも)


親父が答える。


今度は町内会長が言う。


「はぁ、もう、お宅だけだがな。」


親父が言う。


「うちはええわ。」


町内会長が畳み掛ける。


「上佐屋さんが決めてごさんと(くれないと)。」


親父が言う。


だけ(だから)決めちょう(きめている)のよ。」


ごうげに(とても)固い頭だのぉ。」


最後に捨てぜりふを残して町内会長は引き下がった。


市会議員の岩山さんがその後を引き取る。


「・・・お金になるだで?」


皆 見えない大きな うんうん をしている。


親父がぼそっ、と言う


「なんぼいるだら?」


「金は死んで持っていけるもんじゃないだで?」


親戚筋が凍ったのが分かった。


親父が続ける。


「金は普通に暮らすに困らんだけ、ちょんぼし(ちょっと)あればええ。」



そがだが(そうだけど)。」洪水で流れかけた分家のあんじょ(男性)が口をはさんだ。


「前の洪水のようなことがあったら、幾ら要るだら(だろうか)。」



親父が言う。


「家は流れただか?」「大きな金が要っただか?」


あじゅのおかげで家は流れずに済んだ。


分家のあんじょ(男性)が言葉に詰まる。



ここで話は切れて しばらく皆 黙り込んでいた。


法事を勤めて下さった 御院家(ごえんぎょ)さん、お坊さんが口を開いた。


「ここにもう一人来とるのが 皆、分かるかの?」


一同、何のことか理解できず、狐につままれたようになってしまう。


そがだわなぁ(そうだろうねぇ)。見えんわいな。だがな、ここに今、竜神が来とる。」



思わずあじゅを見る。


あじゅは顔を真赤にしてぶんぶん横に振っている。


「あたし、竜神じゃないし。」


-いやいや、十分に規格外ですけどね。



本家の大婆様など、数珠を激しく揉みながら経を唱え始めてしまった。


確かうちらの宗教は数珠を揉んじゃいけなかったはずだが。


御院家さんが続ける。


「地区の簡易水道は渋が下から引いとるわの。そこの龍神様が、山を触ると泉が枯れると言うとってだ。」



大婆様、数珠がうるさい。


えらい法事になってしまった。


御院家さん、見えるんですね。浩はそう思った。


どう見えているかは すごく気になるところであるが。


あじゅが怒鳴っている。


「あたし、あんな怖いドラゴンみたいな感じじゃないし。可愛い女の子だし!」


-ええ、ええ、大丈夫ですよ~。僕にはそう見えてますから。


「売ったとこはそれでええ。だがそがな(そういう)訳で、宿は山を売るわけにはいかんだ。渋が下が枯れてしまうけの。」


親父が締めた。



普通、法事の宴会は和気あいあいと楽しくやるものであるが


もう皆、言葉もなく、ホラーになって終わってしまった。


宿のせいじゃない。多分。


渋が下へ、あじゅを送りながら


ー良かったですね。僕も安心しました。


「お父さんによろしく言っておいてね。凄く助かりました、って。」


ーわかりました。あじゅ。


「あじゅ言うなっ!「あず」だし!」


途端、あずはしまった、という表情をして


「今の忘れて。すぐに忘れて!」


ー何を忘れたらいいんですか?


「真名よ、真名。伝えちゃいけないことだったのよ。」


ーああ、そうだったんですね?分かりました。あず。


「わかってないじゃんよぉ!」


真っ赤な顔してローキック入れてくるな。


「ほんと、忘れてよ?」


ーよく考えておきますね。


本当に、どう表現していいのかわからないけど、すごい顔である。


へぇ、女の子って困ったらこうなるのか?


とてもいい勉強になった浩であった。



最後までお読みくださって ありがとうございます。

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